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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
出発と見送り
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出発と見送り7

 カンナさん=五百旗頭カンナ=いつも穏やかな笑みを浮かべた感じのいいお隣さんがバイオドール。

 その言葉を咀嚼し、頭が文章の意味を理解するのにかかった時間は、長かったのか短かったのか。

 だが納得できる点はある。彼女の個人的な部分だ。


 勿論ストーカーのようにあれこれ詮索したり邪推したりするつもりはないが、それでも彼女の人となりは今の今まで謎めいていた。

 例えば新川さんであれば毎日サックスの練習をしに行くとか、俺であれば自転車を転がして丘の町まで行くとか、そういう私生活の部分が、あの人には全く感じられなかった。


「彼女は優秀だよ。何の問題もない」

 他のバイオドールたちと同じくね、そう付け加える新川さん。

「私の具合が悪くなった時にも適切に対応してくれるし、いつも気立てよく居てくれる。でも、或いはそれだからこそ、時々思うのですよ。『彼女は人間ではない。人間に合わせてくれる機械だ』って。それが……どこか寂しいような気持ちにさせていたのかもしれない」

 そこまで言ってから、彼はまるで本人に聞かれているかのように付け加えた。

「勿論、顔を合わせる度にそんなことを思う訳ではないですよ。明るくて気立ての良い娘さんだと思って接している時がほとんどだ。でも……ある時ふとその事実に気が付くと、どうしてもここでの暮らしが、ままごとのように思えてね」

 だから俺が来た時には嬉しかった、と。話がもう一周する。


 それから少しして、俺は病室をお(いとま)した。

 一階にある待合室に戻り、病院を出て再度自転車にまたがると、先程来た道を逆に走り始めた。

「……」

 スロープを降りる前に一度病院の建物を振り返る。何もない岬に建つ、三階建ての白い建物。

 時折風が吹く他には、耳を済ませれば聞こえる眼下の海の波の音しかない、静かで殺風景な場所。

「……まあ、帰りたいだろうな」

 病院として考えるのなら、きっと悪くない立地だろう。

 だが、そこが終焉の地となるのだとしたら、きっと俺でも慣れ親しんだ家に戻りたいと考える。そんな寂しさのある場所。


「寂しさ、か……」

 自分の感想を反芻する。

 明日でも、明後日でも、新川さんは帰ってくるだろう。

 そしてそれがきっと、最後の帰宅となるのだろう。

 どうかその最後に帰り着いた自宅に、この世界での暮らしに、寂しさを感じないでいてくれるといい――これまでの俺の他人に対する認識としては驚くべきことに、そんな思いが確かに存在した。


 それから、自転車は来た道をまっすぐ戻る。以前訪れた灯台を越え、いつも新川さんが練習していた休憩所を越え、いつも丘の町に向かうために降りるスロープの前で自転車を降りると、それを押しながら一歩ずつ登っていく。

「あ、お帰りなさい」

 その坂を上り切ったところで、迎えてくれたその人は、いつもと変わらない穏やかな雰囲気を漂わせていた。

「どうも……」

 お帰りなさい、という言葉に対する適切な反応が咄嗟に思いつかず、それだけ言って小さく会釈する。

 そんなつまらない反応にも、彼女の表情は変わらない。

「新川さんの様子、どうでしたか?」

「ええ……元気そうでしたよ。明日か明後日には戻れるだろうと」

 隠したところで仕方がないし、本当の所を言っても仕方がない――多分、この人=バイオドールには分かっているのだろうし。

「そうでしたか。それならよかった」

 それならよかった、か。

 きっとこの回答も、彼女の中にあるAIが何百、何千通りの中から最適な選択をしているのだろう。人間の思考時間と変わらない速さで――或いはそうするためにいくらか減速して。


「……古賀さん?どうかされましたか?」

 じっと彼女を見ていた俺に、当の本人は小さく首をかしげながら訪ねる。

 別に不快感のある感じではなく、ただ単純に気になったといった様子で――つまり、そう聞かれた側が不愉快に思ったり警戒したりしないでいいように。

「あの……カンナさん」

「はい」

 その問いに意味があるとは思えない。恐らくはただのダメ押しに終わるだろう。

 だがそれでも、自分で確認しておきたかった。それがどうしてかは分からないが。


「カンナさんは……バイオドールですか?」

 勿論、この問いにも彼女は一切動揺を見せない。

「……ええ」

 何故そんなことを聞かれるのか、そう気にした様子もない。

「私の正式名称はE-500型包括的生活支援用バイオドール。五百旗頭カンナは、そのペットネームとなります」

 言うまでもなく、この答えも一切よどみなく、日常会話のように発せられた。


「びっくりされましたか?」

「あ、ええ……まあ」

 正直なところかどうかは自分自身でも分からない。

 多分驚きとしては新川さんからその話をされた時の方が大きいだろう。今の感情はきっと、納得に近いはずだ。

「そういう訳ですので、何かお困りでしたら遠慮なくお声がけください。勿論、今まで通りお隣さんとしてのお付き合いも、お友達としても」

 彼女はバイオドールだ。

 本人の認めたように、生活支援を目的としたバイオドールだ。


「お友達……ですか」

「ええ。古賀さんさえよろしかったら」

 きっとこの答えも、一瞬のうちに計算された結果なのだろう。

「はい。勿論です」

 彼女は優秀だよ――新川さんの発言は正しかった。

 その柔和な表情も、優しげな声色も、差し出された手の柔らかさも、どれもこれも、彼女の提案に対してノーと言えなくするに十分だった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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