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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
出発と見送り
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出発と見送り2

「新川さん、大丈夫でしょうか……」

 これ以上色々言われないうちに、とでもいうかのように足早に階段を降りていく彼の背を見送りながら、カンナさんは心細げにそう呟いた。


「そういえば、昨日は……」

「ちょうど私が居合わせたところで、新川さんが発作を起こしまして、それで病院まで付き添っていたのですが……。もうあの通り元気ですし、加えてナノマシンが常時モニターしていますし、本人がいいというのなら大丈夫なのだとは思いますけど……」

 まあ、頭では分かっていても気持ちの面ではそう割り切れるものでもないのだろう。

 だが、それから数秒後、彼女の中で「あれこれ考えるのはそこで終わりにする」という結論が下ったようだった。


 パチン、と乾いた音が僅かに響く。

「よしっ、なら私は私の用事を」

 音を立てた両頬をスイッチにしているかのように、彼女はそこで不安を切り替えた。

「私は主治医でもありませんし、新川さんだっていい大人です。その人が大丈夫という以上、周りがとやかく言う事ではないのかもしれません」

「まあ、それもそうですね」

 彼女の言葉に俺も同意して、それきりこの朝の一幕は打ち切られた。


 そういえば、新川さんの発作の原因が何だったのかは聞いていない。まあ、人の病気について野次馬根性であれこれ首を突っ込んで根掘り葉掘りするのもあまり褒められた姿ではないだろうし、何より正直なことを言えば、感染するものでなければそこまで気にしていない。

 これまでの人生で俺が学んだことは、他人に踏み込ませず、そして己も踏み込まないことだ。それなら、他人の病気にも当然踏み込むべきではないし、そのために一歩進んで興味すら持つべきではない。そして興味もない事にわざわざ首を突っ込むのは、野次馬根性以外の何物でもない。

 声をかけて心配する――それだけで俺のノルマは果たしたはずだ。

「……ふっ」

 相変わらず、我ながらひどい奴だ。だが、それ以外に生き方なんて知らない。

 そう結論付けて、俺もこの話に関しては打ち切りとし、本来の目的=空気入れを小脇に抱えて自転車の後輪の前に屈みこんだ。


 タイヤに空気を入れ、試運転も兼ねて今日も丘の町へ向かい、いつものように「ヒルトップ」へと足を運んでコーヒーを一杯。

 いつもの先客が机に向かってペンを走らせているのを視界の隅に収めながら、それすら含めた景色を眺めて時間を潰し、それからコーヒーを飲み干して店を出る。

 コーヒーと静かなBGMとペンの音と変わらない景色――ここには急病の隣人も、それへの対応であれこれ思い悩むこともない。

 その有難さを十分味わってから店を出て、いつも通り丘の町の中を通って、家の方へと向かう内陸の道を進んでいく。

 いつもの坂を駆け下りて家の前へ。


「おっ、今お帰りですか」

「あ、はい……」

 降り切ったところで、今日の朝と同じような遭遇=サックスを提げた新川さんとばったり出くわした。

「新川さんもお帰りですか?」

「ええ。……ああ、そうだ。古賀さん」

 不意の改まった調子に、思わず俺も背筋を伸ばす。

 予感:こういう時は大抵簡単にはすまない問題が起きる。


「今後、昨日みたいなことでご迷惑をかけてしまうかもしれない。そうなったら大変に申し訳ないが、どうか大目に見てやってください。……そう長い事にはならないでしょうから」

「あっ、いえ、そんな……」

 その後なんと続けたのかは、自分でもよく分からない。

 多分気にしないでくれとか昨日は大丈夫でしたかとか、何かそのような当たり障りのない事を言ったのだろう。

 何となく、自分の今朝の胸の内を見透かされていたようで、なんともばつの悪い思いだった。

 そしてその同様故か、結局なんの発作なのかは聞くことが出来なかった――そして、何故「そう長い事にはならない」のかも、また。


 いや、これに関してはきっと、聞くべきではないのだろう。

 自宅に戻っていく新川さんの背中を見る。

 目は口程に物を言うという言葉があるが、あの時の彼の表情は、まさしく言葉にしていない部分まで雄弁に物語っていると言えた。

 ただの世間話ですら身構えてしまう俺に、そこの部分を突っ込むような真似など、到底出来そうもない。


 幸いにも、その一件を最後に、新川さんの発作が起きることはなかった。

 いつものように朝にサックスを持って家を出て、あの海辺の休憩所で練習をして帰ってくる――これまでと変わらないその生活が、毎日毎日繰り返されていた。

 そんな日々が続いて、あの発作の日から一週間が経った。

 俺が日課となった丘の町との往復を終え、家のすぐ横の道の、最後の下り坂を降りてきた時、新川さんの姿が見えた。

 ただし今回はいつもとは違う。いつも一人で家とあの休憩所を往復している彼の元には、彼と同年代と思われる男性が一名、親し気に尋ねてきていた。


 俺はその人の事を知らないが、それでも恐らくは、彼もまた新川さんの同好の士なのだろうということは分かる。その手に持ったトランペットのケースが、何よりそのことを伝えていた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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