世界の果て4
「丘の町の人かい?」
「あ、いえ。その向こうからです」
俺の答えに何かを納得したように数度頷き、それからこちらへひょこひょこと歩いてくる老人。
「昔はこんなものが地球をぐるりと覆っていた。一体、何が目的なのかは……もう分からないが」
俺と同じものを見下ろしながら、老人はそう呟く。
これが何なのか分からない、というのはつまり、俺や新川さんのような他所からやってきた人間ではないのだろう。
「ずっとこちらに?」
「妙なことを聞くね。まあ、そうだよ」
言いながら、老人は視線を道に、そして俺の進行方向へ。
「この道を少し行ったところに子供のころからずっと住んでいるよ。今じゃ、私一人だけだが」
つまり、生まれてこの方このコロニーの住人という訳だ。
思えば奇妙な話だった。俺のコミュニケーションデバイスに入っている情報が事実なら、今は25世紀末から26世紀初頭の辺りで、という事はこの老人は25世紀生まれという事だ。どれほど元気な人物だとしても24世紀末辺りの生まれだろう。
つまり、本来なら俺より遥か未来の人間だ。それも、より発達した科学力を誇る世界の。
それが人工衛星を知らないというのは、直感とは異なる現実だった。
「子供の頃はこんなものでも近所の子らと遊び場にしていたものだが……」
「近所の子……って、この辺にも町が?」
「まあ、町というほどのものじゃない。小さな集落だがね。子供は三人だけ。今も生きているのは私一人だけだ」
彼の視線の先を見る。どうやら俺の当初の目的はあと少しで達せられそうだった。
老人の視線の先、俺が進んできた道は、ここから程なく大きなフェンスで塞がれていた――その手前の道路沿いに俺の家に似た民家が一軒=恐らくこの老人の家。
ここから見る限り、その家の周囲には他に道はない。
いや、その家の少し後ろにはスペースがあるように見えるが、それとて道が伸びている訳ではなさそうだ。
このコロニーの端。つまりここで暮らす人間にとっての、事実上の世界の果て。
最早かつてのような世界はなく、コロニーの外に人の暮らす世界はなくなり、他のコミュニティーとの行き来も途絶えた今、少なくとも世界の東の果てと呼ぶべき場所だ。
「……思えば、皮肉なものだね」
と、その東の果ての住人は、再び視線を足元の人工衛星の残骸に落としながらそう言った。
「皮肉……ですか?」
「こいつは遥か宇宙を飛んでいた。それが、こうしてコロニーの片隅に転がっていやがる。……どこまで遠くに行こうとしても、結局はここから離れられやしない」
その寂しそうな笑いと共に紡がれた言葉が思い出させたのは、つい昨日聞いたばかりの新川さんの言葉。
ここからはどこにも行けない――その昔丘の町の住民から聞いた言葉だそうだ。
この老人といい、その丘の町の住民といい、彼らにとってはこの世界は退屈な場所なのだろうか。
まあ、そうかもしれない。他所からやってきた――そしてここの暮らしが気に入っている俺と、生まれた時からこの何もない場所で、しかし人類の繁栄していた時代を情報だけでは知っている彼らとでは、感じるものは違うのだろう。
「……まあ、この歳になれば諦めもつくがね」
老人はそう言って笑い、それから自分の家=この世界で最も東にあるそれに向かって歩いて行った。
彼を見送り、それからこの世界の東端を見届ける。
他のフェンスよりいくらか厳重な鉄製の門が固く閉ざされ、門といってもいつか開くことは初めから想定されていないのだろうと一目でわかる、錆びつき、周囲の蔦が下から伸びて絡みつき始めているそれの向こうを見ることは出来ない。
「……よし」
その門の、冷たい鉄の感触を手のひらに感じてから、俺は自転車を180度回頭させ、これまで来た道を戻ることにした。
――再度漕ぎだす直前にあの老人の家の方に目をやる。住人同様に年季の入ったコンクリートの平屋建て。その奥には、既に住む人のいなくなって久しいと遠めからでも分かる同じような家が数軒集まった空間があった。
きっと、あそこが彼の言っていた集落なのだろう。かつてはそこに家庭があって、子供もいたのだ。
今は雑草が生い茂り――と言っても所々刈り取った跡がみられるので、バイオドールの管理は行われているようだが――残された家々も自然の中に消えつつある。
その姿は、かつて祝祭の時代を迎えた人類の今の姿=静かに消えゆく後夜祭の時代を表しているように思えた。
それを視界の端に収めたままペダルを踏み込むと、老人の家と共にゆっくりとそれが後ろへ流れていく。
再び松のトンネルをくぐり、緩やかな下り坂を走っていく。
コロニーレンジャーの施設を通り過ぎ、静かな砂浜もまた通過。自転車はぐんぐんスピードを上げ、やがて、沈みかけたあの施設の前に再び差し掛かった。
「……」
行きと同様、ふと足を止めてそちらに目をやる。
潮が満ちてきたのか、先程までよりしっかりと水に覆われた駐車場の向こうで、先程よりも大きな波が打ち寄せている。
どこまで遠くに行こうとしても、結局はここから離れられやしない――先程の老人の言葉が脳裏をよぎる。
あの老人の言った「ここ」というのは、恐らくこのコロニー、即ち老人にとっての生まれ故郷にして一度も外に出たことのない世界だろう。
その理屈でいえば、俺は元の世界から離れたと思っていても、いずれは戻らなければならない可能性だってある――宇宙を飛んでいた人工衛星が、地上に落ちて草むらで朽ちているように。
「……何の根拠もないな」
空恐ろしい想像に対してのその批評は、しかしその言葉とは裏腹に少しだけ震えた声だった。
「……」
再びペダルを踏み込み、一気に加速する――そこから逃げるように。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




