世界の果て3
「……」
一体どこまで続いているのだろう。
以前カンナさんは、俺たちの住んでいる場所がこのコロニーの西寄りの方だと言っていた。
だとすると、東の果てに行くまでにはどれぐらいかかるのだろうか。
「今何時なんだ?」
腕時計を用意しなかったのは失敗だった。
スマートフォンでの時刻確認に慣れていたが、自転車を漕ぎながら取り出すのは手間だし、なにより危ない。
どこかでそのうち足を止めて時刻を、つまりここまでどれぐらいの時間でたどり着いた=帰るのにどれぐらいの時間が必要かを確かめておかねばならない。
何しろ、こちらには日帰りの装備しかないのだ。漠然と日中に行って帰ってこられると思っていた――加えて、昨日の夜に突然思い立ったが故にほとんど何も用意などない、普段丘の町に行く時と大して変わらない装備でしかないのだ。
幸い、雨が降ってくる様子はない。空は相変わらず青く、所々に浮かぶ雲も全て白くて小さい。
「まあ……」
なんとかなるさ――そんな空を見ていると、そんな言葉が不意に口をついた。
明確な地形の変化が現れたのは、あの建物の廃墟を発ってから、一時間ぐらい経った頃だっただろうか。
「お?」
ずっと続いていた直線の護岸が終わり、唐突に入り江のような湾曲した海岸線に変わって、道路もまたそれに沿って緩やかに左へ曲がっていく。
入り江にはこれまでこちらでは見かけなかった砂浜が広がっていて、穏やかな波が定期的に打ち寄せては、ぶくぶくと白い泡を立てている。
人のいない、静かな砂浜。
海水浴が出来るのかどうかは分からないが、仮にできなくとも、気温の高い晴れた日にはビーチチェアでも置いてのんびりくつろげそうな静かな浜辺だった。
今はまだ涼しいし、この辺りの夏がどういったものなのかは分からないが、外に出るのも嫌になるような暑さでもなければ、そういう真似をしてみてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら砂浜をぐるりと回るように伸びる道を進んでいくと、入り江の出口辺りで道が分岐しているのに気づいた。
片方は今いる道。入り江を離れて、岩がちの海岸線に沿って進んでいくルート。
そしてもう片方は、その岩がちの海岸線を渡った海の上にある、小さな島へと続いている――より正確に言えば、その島の岸壁に設けられた厳めしい監視塔付きのゲートへと。
その監視塔の向こうに、コンクリート製の殺風景な建物がいくつか並び、ゲートのすぐ近くには、こちらにやって来てすぐの俺を回収したSUVが何台か停まっている。
まるで軍事施設のようなその場所がコロニーレンジャーの施設であると、その車両が雄弁に物語っていた。
となれば、俺の進むべき道は決まっている。別にコロニーレンジャーに用はない。
今いる道の通りに進んでいくと、その分岐から少し先で、初めて道路が海岸線から離れていくのが分かった。
正確に言えば海岸沿いの道路もあったのだが、そちらは例によってフェンスによって封鎖され、その錆びつき具合と、その向こうに見える道路――だったものの荒れ果て具合からして何かある訳でもなさそうだ。
故に、内陸に向かう道へ。
海岸を離れるのに合わせて緩やかな上り坂になっていくその道を進んでいくと、周囲はほどなくして松林に変わる。
そしてその枝のトンネルを抜けた先では、今度は右手側に切り立った断崖が現れ、反対に左側は背の高い草が生い茂った草原が、遠くまで続いている。
「えっ……」
その草原の中、あと少し草の背が高ければ見分けられなかったかもしれない、異質な存在が俺の足を止めさせた。
およそ人工物の気配のないその場所にあって、それは朽ち果てながらも異質な存在であることをしっかりと伝えていた。
「これって……人工衛星……?」
実際に声が出たのは、その異質な存在に歩み寄って、ぐるりと周囲を回ってみてからようやくだった。
円筒形――と言っていいのか分からない高さしか残っていない円盤状の部分から二対四枚の太陽光パネルのようなものの根元部分だけが辛うじて残っている。
かつてはもっと大々的に、それこそ俺のいた道を横断するほどのサイズでついていたのだろうと思わせるそれは、しかし今ではその破片すらも見当たらない。周囲の草原の中に沈んでいるのか、ここに落ちてくる前かその途中で失われたのか、恐らくもう永遠にそれが分かることはないだろう。
誰が何のために打ち上げた衛星で、いつからここにこうして転がっているのかは分からない。
ボロボロに朽ち果て、残骸と分かる程の形を残していられるのもあと僅かな時間だと何となく察するような有様のそれを見て、それからそれが落ちてきたと思われる空へと目を向ける。
白い雲がのんびり流れていく青い空。かつてその向こうにこれが浮かんでいた頃は、きっともっとたくさんの人間がいて、もっと世界は活気に満ちていたのだろう。
まるで浦島太郎――まだこれが宇宙にあった頃と今と、世界はきっと大きく変わっている。
「100年は昔のものだよ」
不意に背後から声を掛けられて反射的に振り返ると、そこにはまさしく浦島太郎そのものと思うような老人が一人、ぽつんと立っていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




