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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
世界の果て
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世界の果て2

 直線はその後もしばらく続いた。


 橋の残骸がはるか後方になって、それから小さな、かつてはガソリンスタンドか何かだったのだろうボロボロに朽ち果てた建物が姿を見せる。

 当然ながら営業などしていないそこは、本来なら車で乗り入れられるようになっていたのだろう道路に面している部分全てが背の高いフェンスで防がれ、ただその向こうでボロボロの廃墟として滅びていくのを待っているように思えた。

 人間の営み、かつてこの地にも存在したのだろうそれの痕跡――なのだろうが、こうして朝日の下に見るとあまり悲壮感や寂しさを感じない。

 もうその役割を終えた人工物が、少しずつ朽ち果てて自然の中に消えていく。俺が歌人や俳人なら、ここで一句詠んだところだろう。


 廃墟マニアの気持ちが少しだけ分かったような気がしながら自転車を進めていくと、長く続いた直線も唐突に終わり、海に突き出した岬の外縁をぐるりと回るように道もまた曲がりくねり始めた。

 自然と胸が高鳴る。いよいよ俺の知らないこの世界がこの先に広がっているのだ。

「……よし」

 ペダルに載せた足に力を籠める。

 しっかりと踏み込んだそれが、しっかりと推進力に変わるのを味わいながら、定期的に並の打ち付ける岸壁のすぐ上を道沿いに進んでいく。

 カーブの先が見えなくなっている場所では少し警戒したが、この道に車の走っているのなど見たことがない。

 実際、この曲がりくねった道で何度カーブを曲がっても、対向車など一台も現れなかった。


 それでも道路の舗装はしっかりと行われているからには、この道はまだ使用している誰かがいるのだろう――多分、人ではなくバイオドールが。

「ご苦労様です」

 特に深い意味はなく、ただ体が動いたことによって軽くなった口から洩れただけの言葉。

 しかしそれは、最後のカーブを曲がったところで、決して見当はずれな認識から出た妄言ではなかったと知ることになった。


「あ……」

 最後のカーブを越えた先で再び現れた直線。護岸が整備され、テトラポットの積み上げられた海岸線がまっすぐ伸びている、車やバイクならスピードを出しそうな直線。丘の町の下にあるあの直線とよく似たそれには、橋の残骸のような分岐は存在しない。

 代わりに現れたのは、駐車場のような設備とその奥にある、ボロボロになった何かの施設。

 先程のガソリンスタンド程ではないにせよ、そう遠くない未来に見分けのつかないようになるだろうと分かる程には劣化の進んだ建物。

 そして、恐らくその辺りの地盤が道路や海岸線よりも低くなっているのだろう――元々なのか沈下したのかは分からないが――目の前に広がる駐車場の辺りから先は、波が打ち寄せるのに合わせて、海水がその表面を覆っていく。


 以前は気づかなかったが、もし潮が今以上に満ちていたら危なかったのかもしれない。

 ――そう、以前は気づかなかったが、だ。

 このアングルから見たのは初めてだが、それでも直感的に理解できる事実=この世界に転移してきた時、藤波コーポのエレベーターを降りた先にあったのがあの建物だ。

 どうやらあそこの前でコロニーレンジャーに回収された俺は、その経緯は結局分からないが、丘の町すら越えてあの場所に住むことになったのだ。


「……」

 徐々に近づいていく、例の建物。

 ぽっかりと口を開けたその入口の向こう側、荒れ果てたかつてのエレベーターホールは、この道からは中の様子を見ることは出来ない。

 俺がこちらに来て以降に今のように海面と同じぐらいまで沈下したのか、あの時にはなかったフェンスが駐車場の入口=がくんと低くなっているその敷地の手前に設けられ、それぞれのフェンスの隙間から手を突っ込むぐらいしか出来なくなっている。

 もっとも、それを残念がる気持ちはなかった。

 それどころか、このフェンスに少し感謝さえしていた――何となく、あそこにもう一度立ち入ったら、何かの拍子に元の世界へ、血迷ったあの雨の夜の藤波コーポへ戻ってしまうような気がした。


「……」

 しばしフェンスの前で足を止め、今や立ち入ることの出来ないその建物に、波が打ち寄せるのをぼうっと眺め続ける。

 もう戻ることは出来ない――そのことに後悔はないが、こうして物理的に隔てられると、改めてその事実を実感する。

「……行くか」

 誰にでもなく漏らして、ここまでの道のりで温まった体が冷えないうちに、再度サドルにまたがる。

「それじゃ」

 これまた誰にでもなく呟くと、俺はその廃墟に別れを告げて再び走り出した。


 それからしばらく一直線の道は続いていた。

 それまでと同様護岸が整備され、テトラポットが積み上げられた海岸線に沿って走る舗装道路。

 この世界に整備された道路が残っているという事は、つまりまだこの道を使う誰かがいて、この道の先にはそうした誰かがいるはずだ。

 その仮説に従って、何かが見えてくると信じながらペダルを踏み込む。

 丘の町の下の道よりも長い直線をひたすらに進み、これまでで最も長い間変わらない景色=右手に海と護岸、左手には土のむき出しの急な山肌の間を走り続ける。

 途中に唯一認められた変化は、そのむき出しの土に突然現れた、大型車両が出入りできるような大きなトンネル――を塞いでいる無機質なシャッターだけ。


 今は使われなくなった道なのか、或いはバイオドールやそれに類するコロニーのインフラ担当部門辺りが使用する場所なのか、進入禁止表示以外何もないため一切が不明だが、それ程長い時間放置されている訳ではないという事は、その表示自体がはっきりと読み取れることと、シャッターに錆や汚れが全くない事からなんとなく読み取れた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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