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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
世界の果て
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世界の果て1

 ()伊庭18先生と話をしてから数日間、俺のすることは変わらなかった。

 いつも同じルートで丘の町に行き、いつも同じように『ヒルトップ』でコーヒーを一杯飲み、そしてこれまたいつも視界の隅で彼女が漫画を描いている店内で、ぼうっと斜面と海とを眺め続ける。

 海に伸びているのは新川さんがかつて向こうに渡ろうと画策したらしい橋の残骸。

 店の窓から見える範囲では対岸に何があるのかは分からず、かといってそれほどそちらに興味が沸くかと言われると必ずしもそうではない。

 俺にとっては、ただ単にそういう景色として認識されるような、そういう代物だった。


 そうしてコーヒーと景色とを楽しんだ後は家に戻り、適当に注文した本を読んだりひと眠りしたりして過ごし、夜になったらいつものように映画専門チャンネルでこちらの世界の映画を見たりして過ごす。

 何の変化もなく、何の生産性もない暮らし。

 しかし、それが苦痛かと言われれば全くそんなことはない。むしろ毎日毎日朝から仕事に向かい、夜遅くに疲れ果てて帰ってくる生活に比べればこれほどまでに満ち足りた暮らしはないと断言できる。


 結局、俺に一番向いているのは怠惰だという事だろう。

 怠惰=何もしないで日々を浪費する暮らし。そこに焦燥感や危機感を抱くような人間なら発狂してしまうだろうが、この日々があと百年続いてもきっと俺は平然としていると自信を持って言える。


 その日々をただ繰り返し続けるある日、変化は突然に起きた。

「……」

 最早日課である夜の映画。その日見たのは200年以上前のアニメ映画だった。

 遥か未来、謎の奇病が蔓延し文明が終わりを迎えつつある中で、一組の少年少女が食料供給の途絶えた避難所から脱出し、奇病を免れた「世界の果て」と呼ばれる場所を目指して旅をする、という話。

 結論を言うと、結局世界の果ては見つからないし、終盤で少年は病に侵され、それでも少女を「世界の果て」に連れて行こうとしながら力尽きる。

 残された少女は、世界の果てに続いているという道を逸れ、海の見える小さな公園のベンチに腰掛けて少年=いつか海が見たいと言っていた唯一無二の親友の亡骸を隣においてこれまでの思い出を楽しそうに語る――奇病の初期症状である発疹が出来始めた腕で彼を抱きしめて。

 物語はそこで終わる。

 最後まで描かれることはなく、ただ二人が最後に座っていたベンチの周囲にきれいな花が咲き乱れているカットが入って終わり。


 恐らくバッドエンドなのだろう。だが見終わった時に感じた気持ちはもの悲しさや、辛さではなく、なんとも言えない後味。上手く言語化出来ないが、少なくとも悲しさや寂しさだけではない、複雑に絡み合った感情だった。

 丘の町に向かう海沿いの道をずっとまっすぐに進んでいった先には何があるのだろう――俺がその考えにたどり着いたのは、映画が終わり布団の中に潜り込んで目を閉じてから。

 長らく使っていなかった目覚まし時計の出番だった。


 そして、数時間後。

 自分でやったにも関わらず、妙に苛立ちを覚える電子音に起こされた俺は、その一瞬の苛立ちをそもそもの目的を思い出すことで打ち消して体を起こす。

「さて……」

 アラームをかけたとはいえ、それでも日本にいた頃よりはいくらか余裕のある時間。布団から起き上がれば、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。

 既に届けられていた食事のうち、朝食を素早く詰め込んで支度を終えると、すぐさま家を出て自転車にまたがった。


 風はなく、雲は多いが日は差している。

 気温も涼しいぐらいで、自転車を漕ぐのも快適にできそうな気候。ここが地球上のどのあたりなのかは分からないが、随分と過ごしやすい場所もあったものだ。

 いつものヒップバッグに折り畳み傘と、今日は水筒も用意。念のためハンドタオルも一枚折りたたんで入れれば、ちょっとした遠足気分。


「それじゃ、行ってきます」

 まだ朝と呼べる時間に家を出た俺は、最早慣れ親しんだ海沿いの道へ、こちらも慣れた下りスロープで加速しながら合流する――なんとなく、子供の頃に見たロボットアニメの発進シーケンスを思い出す。

 そのままその加速を生かして加速し、軽快な音を立てて回るタイヤに任せて丘の町方面へ向けて自転車を走らせる。


 爽やかな朝だった。

 気持ちのいい朝だった。

 一体、朝というものがそういう風に感じられたのなど何年振りだろう。

 もし日本にいた頃、今日ぐらい自由な時間があったのなら、同じように感じることが出来たのだろうか――こちらに来てから何度も考えるその仮定も、勢いよく後ろに流れていく景色と共に消えていく。

 苦もなく回るペダルと、一定のペースで滑っていく自転車の上では細かな話など意味はない。


 いつもの海岸沿いの道を進み、いつもの最後の直線へ。

 これまたいつもの橋の残骸を越え、いつもなら最後の上り坂となる左への分岐=丘の町に通じる道を、今日は通り過ぎる。

「また今度」

 後ろに流れていく分岐にそう呟いて、俺は己に鞭を入れるように更にペダルを踏み込んだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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