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拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
丘の町
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丘の町2

 灯台までの散歩の翌日、また同じように散歩して、同じように新川さんの練習を見て灯台までの道を往復した俺は、ふとその帰り道の途中で思い立って、家に帰るなりタブレットで注文可能な商品を探す。

 それがこの折り畳み自転車だ。

 理由は単純。活動範囲の拡大だ。

 灯台までの道のその先や、同じ海沿いの道で通じているという丘の町まで行かれるような乗り物――それも、乗ったことのない原チャリではなく、より手軽で慣れたもの。

 そうなれば選択肢などあってないようなものだ。


「あ、古賀さん」

 玄関の鍵を締めてから声に振り返ると、原チャリを押していた時と同じようないで立ちのカンナさんが家から出てくるところだった。

「あ、どうも」

「お出かけですか?」

「ええ。ちょっと……これを試運転に」

 答えながら、いつか彼女がしたようにポンとサドルを軽く叩く。

 風は穏やかで暑すぎも寒すぎもせず、雲は多いが太陽も出ている。サイクリングにはいい日和だろう。


「お気をつけて」

「行ってきます」

 笑顔で手を振って見送ってくれた彼女に一礼して、自転車を抱えて下の道へ。

 階段を降りた先のアスファルトの上で跨って地面を蹴る。

 すっと、滑るように動きだし、それに合わせてペダルを踏み込むと、これまた滑らかに加速していく。

「よしよし……」

 いい具合の走り出しだ。

 ふと視界の左端に道路に並走するような緩やかな登りスロープが見えて、それが先程降りてきた階段の辺りまで続いているという事が分かると同時に後ろに消えていった。どうやら階段を使えない場合はあれを使えばいいらしい。中々にバリアフリーな設計だ。

「自転車で降りてみてもいいかもな」

 いつまで経っても、男子小学生の部分は抜けないようだ――勿論、やってみる場合は交通量など今のところ皆無とはいえこの道の道路状況には細心の注意を払う必要があるだろうが。


 とにかく、灯台方面に背を向けるようにして、同じように海岸線にそって曲がりくねった道を走っていく。

 波の音と、時折吹く潮風が、心地よく俺に足を動かさせていた。

 道路の舗装状態はこちらも良く、ガタつくこともほとんどない。

「おっ!」

 快適に、滑るように進む自転車の上の俺の視界には、既に遠くに見える市街地の、密集した屋根が見えてきていた。

 あれがきっと丘の町なのだろう。俺の家の辺りからずっと続いている左手の丘陵地帯の更にもう一段高くなったような場所に密集するその建物群を見て、そこに通じているだろう道を探しつつ、そちらに向かってすいすいと自転車は進んでいく。


 それから少しして、それまで曲がりくねっていた道が突然まっすぐになった。

 いや道だけではない。道が海岸線に合わせて曲がりくねっていたそれまでと同じく、道路は海岸線に沿って進んでいる。その海岸線が、それまでの崖と異なり、2mぐらいの幅のあるコンクリート製の護岸に守られ、その向こうにテトラポットが積まれた、明らかに整備されたものに変わっている。

 その人工的な海岸と併せてみると、見える限り直線が続いているこの道路も、まるで滑走路のように思えてくる。

「うん?」

 と、その想像を現実に引き戻す姿=海に向かって伸びている分岐と、その先が崩落したかつての橋のようなものが見えてきて、ゆっくりと後ろに流れていく。

 その上に広がる、いつの間にか雲が流れてきて移り変わった鉛色の空が、なんともうすら寂しいような気持ちにさせる光景だ。


「まあ、使う人もいないのだろうしな……」

 この道路の整備状態から考えて、恐らくあの橋の向こうには人はいないのだろう。もしいるのなら修復されるなんなりしているはずだ。

 つまり、あれはあのままでも問題ないと判断された橋。しかし、それを頭で理解したところでその寂しさは紛れなかった。おかしな話だが、日本にいた頃毎日のように見ていた藤波コーポには何も感じなかったのに、こうして名も知らぬ橋の残骸はたった数秒のうちに俺の感情を揺り動かしていた――或いはこれが、心に余裕が出来たという事なのかもしれないが。


 その景色からすぐ、今度は左側に向かうスロープが姿を現す。

 斜面を登るようなそれはしかし、上り坂としてはかなり緩やかで、自転車でもなんとか登れそうな角度。加えて途中で平坦になってはしばらく先にまた坂という配置だ。

 そしてその角度の先に見えるのは、それまで遠くに見えていた建物の姿。

「もうすぐか……」

 たいして苦にならない坂でも、ラストスパートとなれば気持ちが入る。

 それまでより一層力を込めてペダルを踏み込み、自転車は坂道を登っていく。

 やがて到着したその頂上は、俺の考えていた通り町の目の前に飛び出す形になっていた。

 ――そう言えば、町の入口や端というのを見るのはこれが初めてかもしれない。


 日本にいた頃はくっきりと区切られた町の端というものは分からなかったし、都会であればそもそもそうした場所に普段行くことはない。

 田舎であっても徐々に田んぼや工場が増えて、それが荒れ地に変わったりすることで人のいる地域といない地域に分かれるため、今目の前にあるような、商店街の入口みたいなゲートが道路に設けられる形で表された明確な町とそれ以外の区分というものは新鮮な気がした。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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