表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝啓、後夜祭より  作者: 九木圭人
丘の町
12/34

丘の町1

 新たな暮らしを始めて数日経った。

 そこで分かったことだが、どうやら人間はなんでも自由にしていいとなっても、己の中で決まった形とでもいうものが生まれてくるものらしい。


 結局、朝は日が高く昇るまで眠り、起きだして朝食の後は配達してもらったこの世界の漫画や小説なんかを読んだり、どうやら過去の映像を流しているらしいテレビをぼうっと眺めたりして過ごし、昼食を終えて昼過ぎにふらりと外に散歩しに出ていき、夕方に帰ってきて風呂と夕食。その後は映画専用チャンネルで適当な作品を選んで流し見だ。

 日本にいた頃には出来なかった暮らし。ただひたすらに怠惰に暮らすという幸せは、この程度ではとてもではないが飽きるものではない。

 特に取り寄せできる品に漫画や書籍があるのを見つけたのは大きかった。当然というべきか、扱っているのはこの世界の古い作品――新しい作品を作り出して書籍の形にして流通させるという発想自体がすでになくなっているようだ――ばかりだが、俺にとっては全て目新しい世界の話だ。


 加えて、それらを通じてこの世界の大まかな歴史を知ることが出来たのも意外な副産物と言えた。


 25世紀末か26世紀初頭――それがこの世界の、今では使う者の少なくなった西暦で表した場合の現在らしい。

 らしい、というのは様々な事件や世界情勢の変化により他の地域との交流が絶えて久しいため正確な暦というものも最早必要なく、コロニー設立から何年という、言うなればコロニー暦がスタンダードとなっているからで、そのコロニー暦を西暦に換算するとそれぐらいなのだそうだ。

 つまり、俺のいた時代からすると相当な未来という訳だ。

 そして、その長い歴史の中において、現在のような体制が生まれたのはほんのここ十数年とのことだった。


 21世紀末。世界は今とは全く違う姿をしていたそうだ。

 世界は三大国と呼ばれる三つの超大国と、それらの国々に植民地の様に支配される地域とに分かれていた。

 三大国の影響は世界中に及び、ごく一握りの中小国を除けば、世界中のほぼすべての地域がその支配下にあったという。

 そしてその世界で、実際に三大国の植民地での実務を下請けしていた、公社と呼ばれる組織があった。


 自前の軍隊を植民地に送り込むより遥かに安上がりな上に軍用バイオドール――当時は別の名称で呼ばれていたらしいが――によって構成される公社軍は反乱や腐敗のリスクもなく、仮に暴動や紛争で損害が出ても三大国の兵士=三大国の国民が死ぬ訳ではないため、それらの国の政治家も気兼ねなく投入できるとあって、世界中のほぼ全ての植民地に採用されていた。


 その公社が、突如として三大国に反旗を翻したのが2090年。

 完全に不意を突かれた三大国は一時は壊滅寸前までに至ったものの、最終的に――詳細は現在まで明らかにされていないながらも――公社の中枢が壊滅し公社軍は全軍の機能が停止。後に「公社動乱」と呼ばれた戦いは、僅か数日のうちに決着した。

 だが以降、動乱によって三大国の脆弱性が露呈したことと、公社という実働部隊を失ったことによる各植民地の抑え込まれていた不平不満の噴出、なにより公社軍が世界各地にばら撒いたという、総数さえ分からないほどの膨大な量の大量破壊兵器により、それまで世界を支配していたはずの三大国体制はあっけなく崩壊。無数の小国に分かれ、それすらも混乱の中に消えていった。


 悪しき支配者は倒され、世界中の植民地が解放されてめでたしめでたし――とはいかなかった。


 曲りなりにも力によって抑え込む存在がなくなってしまった世界に、無数の大量破壊兵器。そして当然ながら、一つの国の中が常に一枚岩とは限らない。

 40年以上にわたる戦乱の時代の果て、人類は一つの結論に達した。即ち「この世界を人間のコントロール下に置くことは不可能」という絶望的な結論に。


 人々はそれまで蓄積されてきた、そして三大国の崩壊によって流出した最先端技術によって全く新たな政治体制=AIによる管理社会を完成させた。

 言葉だけ聞けばSFというかディストピアのような雰囲気を漂わせているが、実態として生まれたのは「祝祭の時代」と呼ばれる、史上最も平和で安定した時代だ。


 祝祭の時代。その根幹にあるのは、人間を徹底して消費以外のあらゆる経済活動から切り離し、AIとその指示に従うバイオドールによって生産されたあらゆる物資及を配給によって生活を保障し、各種インフラについても同様に彼らが維持する。

 人類の快適に暮らしていける環境を機械が創り出して維持し、彼らが余剰分まで生産することで人類に欠乏からの闘争を起こさせない――当時の口さがない表現を借りるなら「人間の家畜化」による平和。

 しかしその実態は、それまでの戦乱や社会の不安定さとは一切無縁の、300年近く続く平和の時代だった。

 人々は祝祭の時代を生きた。あらゆる労働、苦役、戦乱や政情不安といった理由による苦難から解放され、生まれ落ちたその瞬間から最期の時を迎えるその瞬間まで、平和と繁栄を享受し続ける時代。


 導入期の多少の混乱を別にすれば、社会は安定の極みにあった。

 そして皮肉なことに、その平和の中で、人類は急速に数を減らした。

 急速な少子化。誰しもが精神的にも物的にも子孫を残す必要を失い、人口は加速度的に減少した。


 そして今から十数年前、生きていた中でも少数の学者たちは判断を下す――祝祭の時代は終わった、と。

 世界にかつてのような活気は最早ない。それまでごく僅かな頻度ながら存在していた、各コロニー間の交流も絶えた。

 今はただ、大きく数を減らした人間が、その緩やかな滅亡への道を静かに進むだけだ。

 祝祭は終わった。しかしAIとバイオドールによる「賢明で慈悲深い管理」により、その滅亡への道は豊かで優しい。


 後夜祭の時代。それが彼らの提唱し、誰も反対せずに受け入れられた、この時代の呼び名。


「さて……」

 その静かで穏やかな後夜祭の片隅。俺は真新しい折り畳み自転車と共に、与えられた家を出た。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ