第54話 大蛇の牙
無踏は大蛇に体を巻かれ、
もがいていたが
身動きが出来ず、
だんだん体に
力が入らなくなってきた。
全身の力を込めて
脱出を試みたが、
大蛇の力は
思いもよらず強かった。
大蛇の頭が
舌なめずりしながら
無踏に向かって
近づいて来る。
無踏は
何とか
脱出出来ないかと
知恵を働かせてみたが
打つ手が浮かばなかった。
大蛇の口が
見る見る迫って、
目の前に大きく広がった。
無踏は
もう
観念するしかないのかと思った。
大蛇は無踏の顔のそばまで
近づくと
しばらく
様子をうかがっていたが、
無踏に反撃する力が
すでに
無くなっていることを
確認すると、
安心したのか、
おもむろに
口をグワッと開けて
無踏を呑みにかかった。
とうとうおしまいか。
今度ばかりは無踏も、
もうダメだかと観念して、
腹をくくった。
とそのとき、
大蛇の目の前を
何かが横切った。
意表を突かれた大蛇は
弾かれたように
頭をはねのけた。
唸りを上げた青い火が
大蛇の眼前を横切って
楠の大木の幹に
突き立った。
見ると
青い燐火が
燃え上がっている
細い矢だった。
大蛇は一瞬、怯んだ。
「誰だ。」
全員が反射的に
飛んで来た方向を見た。
しかし
矢を射た者の姿は
見当たらなかった。
「おかしいな。
誰も見ていた者は
いなかったのか。」
魔界の者達が
口々に言い交わした。
その瞬間、
ズズーンと
無踏の意識の中心から
強烈な衝撃波が広がって、
意識が吹っ飛びそうになった。
あまりにも
その衝撃が激しかったので、
一瞬気が遠のいたが、
次の瞬間、
全身に
強烈なエネルギーが
充満したのを実感した。
体の隅々にまで
力がみなぎって、
意識の中心から
マグマのように
巨大なエネルギーが
噴出してきた。
無踏は思い切り深く
深呼吸すると、
念を集中して
体全体に力を込めた、
その途端、
気を取り直した大蛇の頭が
再び尖った鋭い牙を
剥き出しにして、
シュッと
槍のように突き出された。
一瞬無踏の姿がかき消えて、
牙が宙を泳いだと思った瞬間、
大蛇の頭が
巻きつけた胴体の方へ
引き込まれて
苦しそうにもがき出した。
何かが大蛇の首に
噛みついている。
他の大蛇が
仲間を助けようと
集まって来たが
牙で攻撃しようとすると
自分の仲間を
傷つけてしまうために、
なすすべもなく
傍観しているしか
ないようだった。
大蛇の頭を
くわえている者は
離そうとせずに
自分を巻き付けている
大蛇の胴体の間に
潜って、
大蛇の頭を
引きずり込んで行く。
魔界の者達は
蜂の巣をつついたような
騒ぎになった。
「おもしろくなって来たぞ。」
「大蛇がやられちまうぜ。」
興奮して狂った悦びに酔いしれ、
どちらが勝つか
死闘の成り行きを
楽しんでいる。
とうとうヘデルは発狂した。
何を言っているのか
わからないような言葉を
口走りながら
剣をブンブン振り回していたが
突如目が座って
「うーっ」と
呻いたかと思うと
剣をサッと鋭く突き出して、
大蛇が幾重にも巻いている
胴体の隙間に突き通した。
ズッと何かに突き刺さった。
「ギャー」
断末魔の悲鳴に、
その場が
凍りついたように
静かになって、
全員が固唾を飲んだ。
無踏を殺ったのか。
長い時間が経ったような気がした。
ポタポタッと
血が滴って、
大蛇の胴体の
締め付けが弛んだ。