第53話 窮地
私の意識に
ミヤナとバドグという
名前が浮かび上がって来た。
その名前が
言葉を交わしている
女と男の名前であることが
自然にわかった。
無踏はヘデルの剣を
必死でよけている。
無踏が剣をかわすたびに
地獄集団から
けたたましい罵声が
ドッと
沸き上がる。
味方は一人もいない。
そこにいるすべての者が
無踏を大蛇に呑み込ませて、
残忍なショーに
酔いしれたがっていた。
すると
無踏の手のまわりに
靄のようなものが
かかったかと思うと
光りを放って輝く
見事な長剣が現れた。
無踏は驚いた様子だったが、
考えているゆとりはない。
すぐさまその剣を構えて
応戦し始めた。
地獄集団からドッと
驚愕のどよめきが上がった。
ヘデルの勢いは強烈で
グイグイ押されて
無踏は剣を交えながら、
ジリジリと
後ずさりせざるを得なかった。
何かに躓いたら最後だ。
大蛇も不意に襲って来る。
足元を探りながら
慎重に足を出して行く。
緊張が続いて、
ひどく長い時間が
経ったような気がした。
すでにあたりは真っ暗で、
おまけに霧が巻いて
視界が悪くなってきた。
ヘデルは執拗に
攻撃を仕掛けて来る。
おまけに
大蛇も入れ替わり立ちかわり
牙を剥いて襲って来た。
突然
背中が壁のような物に
突き当たって、
動けなくなってしまった。
「あっ、下がれない」
無踏に
「しまった。どうしよう」という想いが
表情にあらわれた。
ヘデルはオッという顔をして、
次の瞬間狂喜の表情に変わった。
「ウヒャヒャヒャヒャ。お前はもう終わりだ。
それ以上は下がれまい。
また蛇に呑み込ませてくれるわい。
今度こそ覚悟せい。」
ヘデルは残忍な喜びを浮かべて、
ゆっくりと体を沈めると、
蛇も鎌首を無踏のほうへ
一斉に向けて
集中攻撃の構えを見せた。
無踏は絶体絶命の
窮地に
立たされてしまった。
蛇達は爬虫類の冷酷な目で
間合いを計って、
今にも飛び掛かろうと
隙を狙っている。
無踏は脂汗を
滲ませながら、
剣を中段に構えて
油断なく相手の動きを探っていた。
「姐御、
とうとうやつも
大蛇に呑まれちまうようだぜ。
意地を張ったって
大蛇に呑み込まれりゃ
意識が胃液で穴だらけになって、
人格が変わっちまうんだ。
とんでもねえことだ。
ひでえもんだぜ。」
バドグは言葉とは裏腹に
加虐的興奮で
ワクワクしていた。
ミヤナは
ちらっと
バドグを一瞥すると
「ふん」
と鼻で笑って、
また無踏とヘデルのほうに
顔を向けたが
ミヤナの眼も狂喜の光りで
爛々(らんらん)と光っていた。
無踏は岩の壁に阻まれて
後ろへ下がることが
出来ないでいる。
地獄集団の期待は高まった。
罵声が益々狂気を帯びてくる。
「早く呑み込めー。」
「息の根を止めろー。」
「生きて返すなー。」
「ぶっ殺せー。」
ヒステリックに発した言葉が
また一段と
狂気に拍車をかけた。
大蛇が体をくねらせながら、
無踏を呑み込む機会を狙って
チロリ、チロリと
舌を出しながら
九匹の大蛇の頭が
複雑に動き回っている。
その内、
真ん中の大蛇がジワジワと
体を後ろへ
反り返えらせた
次の瞬間、
勢いよく無踏に襲いかかり、
ゴーッと
火炎を放射した。
「熱っ」と
叫んで
無踏はバランスを崩しながらも
かろうじてかわすと、
またつぎの大蛇が口を開けて
肩口をかすめた。
火炎は無踏の顔にかかって、
髪の毛と眉毛を
チリチリっと
焦がし
煙りが上がった。
予想もしていなかった事態に動転して、
火炎をかわすように
右回りに体を回転させた瞬間、
ヘデルの剣が
無踏を袈裟に切り付けた。
体に衝撃を感じて、
無踏の意識が一瞬遠退いた。
体がふらついて
「ハッ、」
と気付くと
大蛇の胴体に
無踏の体が巻き付かれ、
グーッと
絞められていた。
「あーっ」
無踏は思わず声が出ていた。
剣で大蛇を斬ろうと
腕を振り上げようとしたが、
まったく腕に力が入らないのだ。
先程、体を回したとき
ヘデルの袈裟斬りで
腕をやられたようだ。
血を見た地獄集団のボルテージは
極限まで上がり、
興奮の坩堝と化した。
「ギャーヒャヒャヒャヒャー、
お前はわしの奴隷になるのだ。
わしの力を思い知ったか。」
ヘデルは
あたりを睥睨するように
睨め回して
肩を怒らせ、
おれを嘗めんじゃねえぞと
いうように、
虚勢を張った。
大蛇は勝ち誇った目をして、
ゆっくりと
頭を無踏のほうに向けた。




