第116話 カマキリ男
「こっちへ連れてこーい。」
細身だが何を考えているのかわからない
カマキリのような無表情で冷酷な目をした男が大声で言った。
聞いているとガラついたイライラする嫌な声音だ。
凶暴さが滲み出ている。
手下達が近づいて行くと、
手足を縛られて吊されている飯山をまじまじと見た。
「さっきから気になっていたんだが、
こいつは俺の知っているやつによく似てるんだ。」
言いながら近づいてジロジロ見ていたが、手下に向かって
「こいつの足を解いて縦にぶら下げろ。」
カマキリ男が言った。
仰向けの状態ではよくわからなかったので、
縦にしてハッキリ確認したかったのだろう。
手下のひとりが刀を抜くと
足と足の間に突き入れて縄を切った。
飯山は縄を切られて、ぶらーん、ぶらーんと、
体が大きく左右に揺れて縛られている手でぶら下がった。
俺を知っている奴なのか。
誰だ。飯山は力なく頭を回して
カマキリ男の顔を見ながら思った。
「あっ、」飯山は凍りついた。
カマキリ男は飯山の顔を覗き込んで
穴のあくほど見ていたが、つぎの瞬間、
冷酷で光りを失った目がパッと喜びに輝いて
笑った口が耳元まで裂け、
前頭に生えた一本の長い角がキラリと光った。
「やっぱりこいつだ。
こっちから探す手間が省けたぞ。
てめえは飯山だなー。
こんなところで会えるとは思わなかったぜ。
久しぶりだな。
まさか忘れちゃいねえだろうな俺を。
俺の受けた借りはそっくりてめえに返してやるぜ。」
カマキリ男は勝ち誇って叫んだ。
当然、「あっ、しまった。許してくれ。俺が悪かった。」という
相手のうろたえて哀願する反応があるだろう。
そこですかさず
「そんなことで許されるなら警察はいらねえ。」
とか相手をいたぶれる。と思っていた。
しかし、飯山はまだ思い出せなかった。
「鬼だ。見たこともねえよ。」
頭に角が生えてるような奴は見たこともない。
記憶の中を捜したが、それらしい者は見当たらなかった。
「鬼と会ったことなんかねえぞ。」
飯山は恐怖におののきながら思った。
カマキリ男は
当然自分を覚えているだろうという前提で話しをしていたが、
相手が覚えていないということで、
迂闊にも自分が一人で浮かれてしまったことに、
自尊心を捻りつぶされた気分を味わわされていた。
この野郎は俺を惨めで情けない姿にさせやがった。
手下の前で俺は恥をかいた。
カマキリ男はますます許せない気持ちになって
「思い出せねえか。」
引っ込みがつかないイライラした想いが意識を支配した。
その様子を見て手下達がここぞとばかりに
カマキリ男の機嫌を取ろうと
「おらー。さっさと思いだすんだよ。」
悪山の髪の毛を乱暴に掴んで顔を上げさせた。
「思い出せねえなら思い出させてやるぜ。」
カマキリ男は相手を痛めつける暗い快感に
ウズウズと全身を震わせながら、
灼熱の深い池からはい上がって来る者達を
叩き落としていた六角棒で
自由を奪われている飯山の体を
狂ったようにところかまわず叩きまくった。
飯山の皮膚や肉は飛び散って
火がついたような激痛に身をよじらせながら、
加虐の快感に任せて
自分を叩き続けている精神異常のこの男を
やっと思い出した。
この異常な雰囲気はあいつだ。
昔の面影からあまりにも変わり果てた男の姿に、
その男と結びつかなかったのだ。
この世界で生き延びて行くためには
否応なく冷酷残忍な心を増強せざるを得ない。
そのために生前とは比べものにならないほど
顔の相が変わってしまっていた。
「形固岩平か。
くそ、こんな状況で出会うなんて。」
飯山は身動き出来ない自分の運のなさと
悔しさと屈辱感で歯ぎしりした。
このままではあいつのやりたい放題だ。
どのような残酷な辱めを
飯山に仕掛けてくるかわからない。
一番出会いたくない相手と出会ってしまったということだ。
縁があるということは
どうしても出会ってしまうということなのだろう。




