カウントダウン
民宿のおじさんは、思いも寄らなかったことを雪見に話し出した。
「雪見ちゃんたちが船に乗り遅れて、うちに泊まる事になった後、晩飯
食いに出掛けただろ?その後すぐに若い女の子が尋ねてきてさぁ。
斎藤健人と三ツ橋当麻のファンなんですぅ!ってね。二人がここに入るのを
見たらしくて、一目でいいから二人が泊まる部屋を見せてくれ!
って。」
で、おじさんはその子が東京からわざわざ二人を追いかけて来た、と
言うのでそのまま帰すのは可哀想かなと、部屋に案内したそうだ。
「その子、赤い花束持ってなかった?」
「あぁ、持ってたさぁ!こっそり部屋に飾って来たいんだけどいいか?
って言うから、花ぐらいはいいさって。棚の上に置いたら、ありがとうって
すぐに出て行ったよ。迷惑がられると悲しいから、私が来た事は
内緒にしておいて、って。やっぱり迷惑だったかい?」
おじさんは気まずそうに雪見に尋ねる。
「いや、いいの。ちょっとお花の事を思い出しただけだから…。
わかった、ありがとね!また行きます。じゃ!」
そう言って雪見は電話を切った。
「やっぱり、そう言うことか。若い女の子って、もしや…。」
それが判ったところでどうなるわけでもないが。
流出動画は、延々と続く三人のおしゃべりの途中で切れていた。
小型バッテリーが切れたのであろう。幸いなことに、雪見が眠った後の
健人と当麻の会話は入ってなかった。「結婚」という言葉が出て来る
会話がもしも流出していたなら、確実に事態は変っていただろう。
健人は取りあえず胸をなで下ろした。
「どうします?この後の対応。」マネージャーの今野が吉川に聞く。
今は所属事務所と編集部が、車の両輪となって進んでいるので、お互い
足並みを揃えて対応していかないと、前へ進めなくなる。
「もう、すべてを蹴散らす思いでひたすら突っ走るしかないだろうな。
多分この先もモグラ叩きのように、次々と同じような事が起きるはず。
一つずつ対応してたらきりがない。テレビや雑誌に取り上げられるのも
宣伝広告のうち!ぐらいに開き直って、ガンガン飛ばした方がいいと
思うがどうだろう。」吉川の意見に皆がうなずいた。
「よし!そうと決まれば、さっそく次の企画に移るぞ!」
企画会議が終わり、解散したのは夜の十時を回っていた。
さすがにみんなヘトヘトだ。早く帰って身体を休めたかった。
「じゃ、お疲れ様!健人くんも当麻くんも、今日は早く寝てね!」
雪見がそう言ってタクシーに乗ろうとすると、なぜか健人と当麻も車に
乗り込んで来るではないか!
「ち、ちょっと!なんで乗ってくんのよ!今日は真っ直ぐ帰らないと
ダメでしょ!私、飲みになんて行かないからね!帰るんだから。」
「俺たちだって飲みになんか行かないよな!ラッキーに会いに行くの!
真由子さんにもお礼を言わないと。三日間もうちの子をお世話してもらったんだから。」
健人が、ラッキー元気にしてるかなぁ!とニコニコしてる。
「俺も帰ったら見せてもらう約束してたから!猫飼いたいけど、家じゃどうしたって無理だし。
だからゆき姉んとこの猫で我慢する。」
当麻もラッキーに会うのが楽しみで仕方ない!って顔してる。
「もう!しょうがないなぁ、二人とも。ラッキー見たらすぐ帰ってね!
て言うか、この二人を連れ帰ったら真由子の大絶叫がまたマンションに
こだまするよ、きっと!」
案の定だった。玄関を二人が一歩入った途端響き渡る、黄色い声!
何度聞いても耳に悪い影響をあたえそうな、破壊音だ。
「ただいまぁ!ふーっ、疲れたぁ!めめとラッキーはいい子だった?」
「そ、それよりこの二人!早く私を紹介してよ!」
イケメンアイドルおたくの真由子の声が上ずるのも無理はない。
「真由子さん、お久しぶりです。三日間もラッキーを預かってくれて
ありがとう!お土産買ってきたからあとでゆき姉にもらってね。」
健人の言葉に真由子はうなずくのが精一杯だった。
「初めまして!三ツ橋当麻です。すいません、突然お邪魔しちゃって。
どうしても健人が拾った子猫を見たかったもんで、一緒に来ちゃいました!」
当麻の挨拶に至っては、もう真由子の耳には届いていなかった。
こんなに間近で見る、日本を代表するイケメン俳優二人組に、すでに
ノックダウン寸前である。
そんな真由子は構わずに、健人と当麻はさっさとラッキーの元へと駆け寄った。
「元気だったか?ラッキー!会いたかったよ!」
健人が子猫を抱き上げ、頬ずりする。ふわふわの赤ちゃんの毛だ。
当麻もラッキーの頭を撫で、「ちっちゃいねぇ!」とよしよしする。
「さぁさ!ラッキーも見たことだし、君たちは帰る時間だよ!
今度ゆっくり遊ばせてあげるから、今日はそろそろ帰らないと。
これ以上また変なもん流されたら、たまらんもんね!
マンション出る時は、よーく周りを確かめてからにしてね。。」
雪見は二人を玄関先に追いやった。
「じゃあ、また明日!」雪見に別れを告げ、二人はエレベーターを降りる。
「可愛かっただろ?ラッキー。」 「あぁ!めちゃ可愛かった!」
「竹富島で撮った猫の写真も、早くプリントして見て見なきゃ!
一番良く撮れたやつを引き延ばして、ゆき姉にプレゼントしよう!」
そんな呑気な事を言ってられるのも今日までだ。
明日からは怒濤の勢いで写真集の企画が押し寄せる。
手始めにファンミーティングに握手会、ラジオのイベントやらが続き、
あいだにドラマや映画の撮影、雑誌の取材、テレビ出演など通常の仕事
もこなしつつ、ゴールの写真集発売日クリスマスには、写真集を買った
人限定のコンサートが予定されている。
雪見が毎日健人に付いて歩き、撮影をするのもあと二十日あまり。
十月に入ったら、いよいよ編集作業に取りかからなくてはならない。
健人と雪見が一緒にいれる日も残りわずかとなった。
写真集が出てしまったら、また雪見は猫カメラマンへと戻ってしまう。
確実に始まってしまったカウントダウン。
出来ることならその時計を止めてしまいたかった。
楽しかった日々が多ければ多いほど、別れの時の悲しみも倍増する。
健人は、その日の悲しみをひとり思い、涙の色にも似た左手首の
青いブレスレットをぎゅっと握り締めた。
明日は『ヴィーナス』発売日。
雪見と健人の初めてのグラビアが世に出る日。




