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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第一章【起】異世界転生と最初の仲間たち(スヴィーナ・パティとの出会い)

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第九話 温泉魔物とパティの救出


 目が覚めると、窓の外が白み始めていた。部屋の中はまだ薄暗い。だが、手に伝わる温もりだけははっきりと感じられた。


 俺は視線を落とした。スヴィーナの手が、俺の手を握ったままだった。彼女の寝息が静かに響いている。銀髪が枕に広がり、猫耳がぴくりと動いた。


(……そうか、握ったままだったのか)


 俺は手を離そうとした。だが、スヴィーナの指が微かに動いて、俺の手を握り返す。


「……ん」


 彼女が小さく声を漏らした。青い瞳がゆっくりと開く。俺と目が合った。


 数秒の沈黙。


「……おはよう」


 俺が先に声をかけた。


「おはよう、マックス」


 スヴィーナが微笑む。だが、手は離さない。俺も離さなかった。


 窓の外から、荷車の音が聞こえてくる。鎖が擦れる音。誰かの怒鳴り声。市場の準備が始まったのだろう。


「……行こう」


 俺は手を離して立ち上がった。腰の剣を確認する。首にかけた勾玉が冷たい。


「温泉の場所、聞かないと」


「うん」


 スヴィーナも起き上がった。白い旅装束を整え、細い剣を腰に下げる。彼女の手が古いペンダントを握りしめた。


 二人で宿を出る。朝の冷たい空気が肌を刺す。通りには既に人の姿があった。荷物を運ぶ者、店の準備をする者、そして――鎖に繋がれた獣人たちを引く奴隷商人。


 俺は拳を握った。だが、足を止めなかった。


「すみません」


 俺は近くの露店の主人に声をかけた。中年の男が顔を上げる。疲れた目をしていた。


「封印された温泉は、どこにありますか?」


 男の顔が強張った。


「……温泉?」


「ええ。封印された温泉があると聞きました」


 男は周囲を見回した。誰も聞いていないことを確認してから、小声で言った。


「国の中心にある。古い石造りの建物だ。だが、近づくな。魔物がいる」


「魔物?」


「ああ。黒い瘴気が漂っていて、近づいた者は戻ってこない。十年前から封印されたままだ。反抗的な奴隷を生贄としてあの廃墟に縛り付け、見せしめにする悪徳商人までいるという噂だ」


 男の声が震えている。恐怖と諦めが混じった表情だった。


「……ありがとうございます」


 俺は頭を下げた。男は何も言わず、また作業に戻った。


「行くの?」


 スヴィーナが隣で囁いた。


「ああ」


 俺は勾玉を握りしめた。温かい光が手のひらに広がる。


「一緒に行く」


 スヴィーナが俺の腕を掴んだ。彼女の手が震えていない。青い瞳が真っ直ぐ俺を見つめている。


「……ああ」


 俺は頷いた。二人で国の中心へ向かう。


 ◇


 石造りの建物は、思っていたより大きかった。崩れかけた壁。割れた窓。そして、建物全体を覆う黒い瘴気。鼻を突く腐臭が漂っている。


「これが……温泉?」


 スヴィーナが顔をしかめた。


「ああ。封印されている」


 俺は勾玉を握った。光が強くなる。瘴気が微かに揺らいだ。


「中に入るぞ」


「うん」


 二人で建物の中に入った。足元に割れた石が転がっている。壁に這う蔦が枯れて黒く変色していた。


 そして、建物の奥――温泉があるはずの場所に、それはいた。


 黒い触手が蠢いている。人の背丈ほどもある塊から、無数の触手が伸びていた。

挿絵(By みてみん)

 そして、その触手に縛られた少女がいた。犬耳の少女。昨日、奴隷市場で見かけたあの子だった。


「あの子……!」


 俺は叫んだ。だが、彼女は反応しない。虚ろな目で宙を見つめている。首の焼印が鈍く光っていた。


「マックス、魔物が!」


 スヴィーナの声が響いた。触手が俺たちに向かって伸びてくる。俺は剣を抜いた。触手を切り払う。黒い液体が飛び散った。


「スヴィーナ、俺が解放の儀式を行う! その間、魔物を引きつけてくれ!」


「分かった!」


 スヴィーナが左から跳躍し、鋭い一閃を浴びせる。俺は勾玉に意識を集中させた。脳裏に映像と儀式の手順が流れ込んでくる。


「古き湯よ、封じられし命よ、今ここに解放を――!」


 詠唱とともに勾玉から青い光の筋が伸び、不気味な魔物を包み込んだ。解呪の光に触れ、魔物が悲鳴を上げる。触手の動きが鈍くなった。


「今だ、スヴィーナ!」


「任せて!」


 スヴィーナがしなやかに舞い上がり、細い剣で魔物の中心を深く貫いた。魔物が激しく爆ぜ、黒い液体となって床に崩れ落ちる。


 触手が力を失い、少女の拘束が解けた。彼女が床に倒れ込む。俺は駆け寄ろうとした。

 その時だった。


「待て」


 背後から声がした。冷たい、低い声。


 振り返ると、入口から奴隷商人が姿を現した。俺たちが魔物を倒し、瘴気が完全に消え去ったのを見計らって入ってきたらしい。太った体に高価な服。手には鞭を持っている。


「その奴隷は、俺の所有物だ」


「……何だと?」


 俺は剣を握りしめた。


「聞こえなかったか? その犬耳の奴隷は、俺が金を出して買った。正式な所有物だ」


 奴隷商人が鞭を地面に叩きつけた。乾いた音が響く。


「人を物として扱うな!」


 俺は叫んだ。だが、奴隷商人は鼻で笑った。


「このルーガリア公国では、借金を返せない者や罪人が奴隷になるのは合法だ。お前に何の権利もない」


「マックス……」


 スヴィーナが俺の腕を掴んだ。彼女の手が震えている。


「……お金で、買い取れないの?」


 スヴィーナが小さく言った。奴隷商人がにやりと笑った。


「買い取る? いいだろう。金貨百枚だ」


「百枚……!」


 俺のポケットには、金貨が五枚しかない。


「明日の朝までに金を用意しろ。さもなくば、この奴隷を連れ戻す」


 奴隷商人はそう言い残して、踵を返した。足音が遠ざかっていく。俺は拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込む。


 封印の紋様が砕け、温泉から、透明な湯が湧き出し始めていた。瘴気が消え、温かい湯気が立ち上る。だが、俺の心は冷たいままだった。


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