↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第一章【起】異世界転生と最初の仲間たち(スヴィーナ・パティとの出会い)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/51

第十話 新たな仲間パティ


 温泉から湯気が立ち上る。だが、俺の心は冷えたままだった。


 倒れている犬耳の少女を見下ろす。彼女は床に横たわったまま、浅い呼吸を繰り返していた。犬耳がぴくりと動く。


「……名前は?」


 俺が膝をついて尋ねると、少女は小さく身を縮め、怯えた瞳で俺を見上げた。


「……パ、ティ……」


 掠れた、消え入りそうな声。


「そうか。パティ、もう大丈夫だ」


 俺は静かに言い聞かせた。


「マックス……どうするの?」


 スヴィーナが俺の袖を引いた。彼女の声が震えている。


「……分からない」


 俺は正直に答えた。金貨五枚しかない。あと九十五枚、どうやって集めればいい?


(力だけじゃ、救えない……)


 その時だった。


「あ、あの……!」


 背後から声がした。振り返ると、住民たちが集まっていた。老人、若者、子供を抱いた女性。みんな、温泉の方を見ている。


「温泉が……温泉が戻った!」


 老人が叫んだ。目に涙を浮かべている。


「本当だ……透明な湯が湧いてる!」


 若者が温泉に手を浸した。湯気が顔に触れる。彼は目を閉じて、深く息を吸い込んだ。


「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます!」


 女性が俺に頭を下げた。他の住民たちも次々と頭を下げていく。


「いや、俺は……」


 言葉に詰まった。礼を言われる資格なんてない。パティ一人、救えないんだから。


「これ、受け取ってください」


 老人が布の包みを差し出した。中には硬貨が詰まっている。金貨が三枚、銀貨が十数枚。

「え……?」


「少ないですが、私たちの感謝の気持ちです」


 若者も財布を取り出した。金貨を二枚、俺の手に押し付ける。


「待ってくれ、そんな……」


 俺は戸惑った。だが、次々と住民たちが金貨を持ってくる。一枚、また一枚。銀貨も山になっていく。


「マックス」


 スヴィーナが俺の肩に手を置いた。温かい手のひら。


「……受け取って。これは、あなたが救った人たちの気持ちよ」


 彼女の青い瞳が俺を見つめている。猫耳が小さく揺れた。


 俺は硬貨を握りしめた。金属の冷たさが手のひらに沁みる。重い。こんなにも、重い。


「……ありがとうございます」


 やっと、そう言えた。住民たちは笑顔で頷いた。一人、また一人と温泉に入っていく。湯気が立ち上り、硫黄の匂いが濃くなる。笑い声が響いた。


 俺は硬貨を数えた。住民たちから集まった金貨は九十八枚。俺の手持ちと合わせれば百枚を超える。


(……これで、足りる)


 胸が熱くなった。力だけじゃない。人の善意が、俺を救ってくれた。


「パティを、助けに行こう」


 スヴィーナが言った。彼女の手が俺の手を握る。


「ああ」


 俺は頷いた。


 ◇


 奴隷商人の店は、市場の奥にあった。薄暗い路地。壁には鞭の痕が残っている。


 扉を開けると、奴隷商人が椅子に座っていた。太った体を揺らして、こちらを見る。


「よく来たな。金は用意できたか?」


「ああ」


 俺は袋を投げた。硬貨がぶつかり合う音。


 奴隷商人は袋を開けて、一枚ずつ数え始めた。カチン、カチン。金属音が響く。俺は拳を握りしめた。


 パティはスヴィーナに支えられながら、俺の後ろに立っている。スヴィーナが彼女の手を握っていた。パティはうつむいたまま、震えている。首輪の下から、焼印の痕が覗いていた。


「……ちょうど百枚だな」


 奴隷商人が袋を閉じた。にやりと笑う。


「よかろう。この奴隷の所有権を放棄する」


「パティは物じゃない」


 俺は低く言った。


「ふん。偽善者が」


 奴隷商人が鼻で笑った。椅子から立ち上がる。


「お前のような甘い考えは、いつか必ず後悔する。この世界では力こそが正義だ。金も、力も持たない者は、踏みにじられるだけだ」


「力だけが正義なら」


 俺は奴隷商人を睨んだ。


「お前はとっくに滅んでいる」


 奴隷商人の顔が歪んだ。だが、すぐに笑みを浮かべた。


「……いつか必ず、仕返しをする。覚えておけ」


 彼は俺の横を通り過ぎた。足音が遠ざかる。扉が閉まる音。俺は深く息を吐いた。


「……行こう」


 スヴィーナが言った。パティの手を引いて、店を出る。

挿絵(By みてみん)

 外に出ると、日差しが眩しかった。温かい風が吹く。だが、パティはまだ首輪をつけたままだった。


 ◇


 温泉の建物に戻った。湯気が立ち上り、硫黄の匂いが漂っている。住民たちは温泉を楽しんでいた。


 パティは床に座り込んでいる。首輪に手を当てて、じっと見つめていた。


「……外そう」


 俺はパティの前に膝をついた。彼女がびくりと身を引く。


「大丈夫」


 スヴィーナが優しく言った。パティの髪を撫でる。


「もう誰も、あなたを傷つけない」


 パティの目から涙がこぼれた。透明な雫が頬を伝う。


 俺は首輪に手をかけた。金属の留め具を外す。カチリ、と小さな音。首輪が外れた。パティの首に、赤い痕が残っている。焼印の痕。痛々しい。


「お前は自由だ」


 俺は首輪を握りしめた。


「もう誰の所有物でもない」


 パティは首に触れた。指先が震えている。


「じ、ゆう……?」


 彼女が小さく呟いた。涙が止まらない。


「あたし……ご主人様は……」


「俺はご主人様じゃない」


 俺は首輪を地面に叩きつけた。金属音が響く。


「お前は対等な仲間だ」


「な、かま……?」


 パティが俺を見上げた。琥珀色の瞳が揺れている。犬耳が小さく動いた。


「そう。仲間」


 スヴィーナが微笑んだ。


「自由の意味を、少しずつ教えてあげましょう」


 パティはまだ戸惑っている。だが、涙を拭って、小さく頷いた。


 俺は立ち上がった。窓の外を見る。青い空が広がっていた。


「次の国へ行こう」


 スヴィーナとパティが頷く。三人で、次の旅が始まる。


 だが、俺の胸には不安があった。奴隷商人の最後の言葉。


(いつか必ず、仕返しをする)


 その声が、耳に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。