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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第一章【起】異世界転生と最初の仲間たち(スヴィーナ・パティとの出会い)

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第七話 次の国への道と獣人の噂


 街道を歩き始めて四日目の夕刻、俺の足は限界を迎えていた。靴の中で親指が痛む。汗が背中を伝って、旅装束が肌に張りついていた。


 喉が渇く。水筒の水はもう半分以下だ。隣を歩くスヴィーナも、いつもより猫耳が垂れている。疲れているのは明らかだった。


「マックス、あそこ……」


 スヴィーナが前方を指差した。街道の先に、宿場町の輪郭が見える。木造の建物が並び、煙突から煙が上がっていた。夕飯の支度だろう。焼いた肉の匂いが風に乗って届く。腹が鳴った。


「助かった。今日はあそこで泊まろう」


「うん」


 スヴィーナが小さく頷く。猫耳が少しだけ立った。


 町の入口に差し掛かると、数人の町人が井戸端で話し込んでいた。彼らは俺たちを見て、目を丸くする。


「おや、旅の方ですか」


 中年の男が近づいてきた。日焼けした顔に、人の良さそうな笑みが浮かんでいる。


「ええ。宿を探しているんですが」


「宿なら町の中央にありますよ。それにしても……もしかして、あなたが噂の?」


「噂?」


 俺は首を傾げた。男は興奮した様子で続ける。


「美人国の温泉を解放した旅人だって! 隣町の商人から聞いたんです。黒髪の若い男と、猫耳の少女が一緒だったって」


(もう噂が広がってるのか……)


 美人国からここまで、徒歩で四日。隣町を経由したなら、商人が噂を運んだのだろう。俺は頷いた。


「ああ、それは俺たちだ」


「本当ですか! これはすごい。温泉が復活したんですね?」


「ああ。魔物を倒して、呪いを解いた」


 男は喜びの声を上げた。周囲の町人たちも集まってくる。


 だが、その中の何人かが、スヴィーナの猫耳を見て一瞬動きを止めた。視線が泳ぐ。口元が微かに歪む。


 スヴィーナの猫耳が、ぴくりと伏せた。


「……マックス」


 小さな声。俺は彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫だ」


 町人たちは何も言わなかった。だが、視線の温度が微妙に下がったのは分かった。男は気まずそうに咳払いをする。


「宿は、あの通りをまっすぐ行った先です。どうぞ、ゆっくりお休みください」


「ありがとう」


 俺たちは町の中へ入った。通りには露店が並び、野菜や布が売られている。子供たちが走り回り、犬が吠えていた。普通の、平和な町。


 だが、スヴィーナの猫耳を見るたび、人々の表情がわずかに変わる。スヴィーナは何も言わなかった。ただ、猫耳をいつもより伏せたまま、俺の後ろを歩いていた。


 宿屋は通りの突き当たりにあった。二階建ての木造建築で、看板には「旅人の宿」と書かれている。玄関の前に立つと、扉が開いた。


「いらっしゃい」


 太った中年の男が顔を出した。宿の主人だろう。彼は俺を見て、笑みを浮かべる。


「お泊まりですか? ちょうど部屋が空いてますよ」


「ああ、頼む」


 俺が答えると、主人はスヴィーナに視線を移した。猫耳が見える。その瞬間、主人の顔が変わった。笑顔が消える。眉間に皺が寄る。

挿絵(By みてみん)

「……獣人か」


 声のトーンが下がった。スヴィーナが一歩後ろに下がる。


「獣人は裏口から入れ。玄関は人間用だ」


「何だと?」


 俺は思わず声を荒げた。拳が勝手に握りしめられる。爪が掌に食い込んだ。


 主人は俺を見て、肩をすくめた。


「決まりなんでね。獣人は裏口。嫌なら他を当たってくれ」


「彼女は俺の大切な仲間だ。一緒に泊まらせてもらう」


「仲間? ……はあ」


 主人は面倒くさそうに溜息をついた。それから、じろじろとスヴィーナを眺める。


「まあ、金を払うなら泊めてやるよ。だが、獣人は部屋の隅で寝ろ。ベッドは使うな」


「ふざけるな!」


 俺は一歩前に出た。主人が顔をしかめる。


 スヴィーナが俺の袖を引いた。


「マックス、いいの」


「いいわけないだろ」


「慣れてるから。気にしないで」


 スヴィーナが笑った。だが、その笑顔は寂しそうだった。青い瞳が俺を見上げる。猫耳が垂れたまま、尻尾も力なく揺れている。


「……本当に、慣れてるから」


 俺は歯を食いしばった。怒りが喉の奥で燃える。だが、ここで暴れても何も変わらない。スヴィーナを守るには、まず宿を確保しなければ。


「……分かった」


 俺は主人を睨みつけた。


「金は払う。だが、部屋は一つだ。彼女をちゃんとベッドで寝かせる。文句はあるか」


「……好きにしろ」


 主人は鍵を投げてよこした。俺はそれを受け取り、スヴィーナの手を引いて階段を上がる。背中に主人の視線を感じた。


 部屋は二階の奥にあった。鍵を開けて中に入ると、小さなベッドと木の椅子、窓が一つ。質素だが、清潔だった。


 スヴィーナは窓辺に座り込んだ。外を見ている。夕日が彼女の銀髪を染めていた。猫耳が小刻みに震えている。


「スヴィーナ……」


 俺は彼女の隣に座った。何と言えばいいのか分からない。ただ、彼女の横顔を見つめる。

「……お前の過去を、聞いてもいいか」


 スヴィーナが振り向いた。青い瞳が俺を映す。それから、彼女は首を横に振った。


「いつか話す。でも、今じゃない」


「そうか」


 スヴィーナは胸元のペンダントを握りしめた。銀色の鎖が指の間から覗く。古びた、大切そうなペンダント。


「ごめんね、マックス。まだ、話せない」


「いや、無理に聞くつもりはない」


 俺は窓の外を見た。町の灯りが一つ、また一つと灯っていく。遠くで誰かが笑っている。平和な夜の音。


 だが、スヴィーナの隣にいると、その平和が嘘みたいに思えた。


「……俺は、お前を守りたい」


「マックス……」


「でも、今日みたいなことが起きると、何もできない自分が情けなくなる」


 スヴィーナが俺の手に触れた。柔らかい感触。


「マックスは、十分守ってくれてる。ありがとう」


 彼女は微笑んだ。今度は、少しだけ本当の笑顔に見えた。


 二人は沈黙の中で夜を過ごした。窓の外で風が吹く。遠くで犬が吠えた。


 部屋の中には、二人の呼吸の音だけが響いていた。

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