↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第一章【起】異世界転生と最初の仲間たち(スヴィーナ・パティとの出会い)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/51

第六話 混浴と絆の始まり


 住民たちは俺たちを囲んで歩き出した。松明の明かりが揺れる。町の明かりが遠くに見えた。


「本当にありがとうございます!」


 若い女性が何度も頭を下げる。子供たちは俺の周りをはしゃぎながら回った。


「温泉が戻るなんて、夢みたい……」


 老人の一人が呟く。だが、その視線は時折スヴィーナに向いた。


 スヴィーナは笑顔を作っている。だが、猫耳が時折伏せる。俺は彼女の横顔を見た。月明かりの中、銀髪が風に揺れる。首元のペンダントが光を反射した。


(何かあるんだろうか……)


 だが、聞けなかった。住民たちの声が途切れない。感謝の言葉。温泉の思い出話。賑やかな声が夜の道を満たしている。


 町に着いた時、広場には人が集まっていた。


「温泉が戻ったぞ!」


「この二人が魔物を倒したんだ!」


 歓声が上がる。即席の宴が始まった。料理が運ばれてくる。焼いた肉の匂い。果物の甘い香り。酒の入った杯が俺の前に置かれた。


 町長らしき男が前に出た。白髭を蓄えた老人。彼は深々と頭を下げる。


「感謝の言葉もございません。明日、復活した温泉に、どうかお二人をお招きしたい。我が国の混浴で、疲れを癒していただきたいのです」


「ああ、ありがとうございます」


 俺は頷いた。混浴。温泉に入るのか。それなら助かる。体中が痛い。


(温泉か……久しぶりだな)


 スヴィーナを見た。彼女は一瞬、表情を曇らせた。だが、すぐに笑顔を作る。


「……ありがとうございます」


 小さな声。猫耳が伏せたまま、元に戻らない。


 宴は夜遅くまで続いた。住民たちは次々に話しかけてくる。俺は応じたが、スヴィーナの様子が気になった。彼女は控えめに笑い、短く答えるだけ。


 宴が終わり、俺たちは宿屋に案内された。木造の建物。階段を上がり、廊下を歩く。町長が二つの部屋の前で立ち止まった。


「どうぞ、ごゆっくり」


 町長は去っていく。廊下に二人だけが残された。


 スヴィーナは自分の部屋の扉に手をかけた。それから、俺を見る。


「……おやすみ、マックス」


 短い言葉。扉が閉まる音。廊下に静寂が戻った。


 俺は自分の部屋に入った。ベッドに倒れ込む。体が沈む。天井を見上げた。


(スヴィーナ、何かあるんだろうな……)


 だが、考える余裕もなく、眠りに落ちた。


 ◇


 朝、宿屋の前で町長と住民たちが待っていた。


「おはようございます! さあ、温泉へご案内しましょう」


 俺は頷いた。スヴィーナは隣に立っている。普段通りの様子。猫耳がぴんと立っていた。

(昨夜の様子は……気のせいだったのか?)


 温泉へ向かう道を歩く。住民の一人が話し始めた。


「混浴は我が美人国の伝統なんです。男女が一緒に湯に浸かり、心を開く。それが美の源だと言われています」


「へえ……」


 俺は相槌を打った。それから、言葉の意味が理解できた。


(……え? 男女が一緒に?)


 顔が熱くなる。スヴィーナを見た。彼女は涼しい顔をしている。


「この国では普通だよ、マックス」


「そ、そうなのか……」


「うん。温泉は神聖な場所だから」


 スヴィーナは当たり前のように答えた。俺は視線を逸らす。


(落ち着け……文化の違いだ。文化の……)


 だが、心臓の音が大きい。


 温泉に着いた。昨夜とは違う。朝日の中、湯気が立ち上っている。透明な湯が静かに揺れていた。


 脱衣場に案内された。木の香りがする。湯気が流れ込んでくる。湯気の温かさが肌に触れた。住民たちは先に入っていく。笑い声が聞こえる。


 俺とスヴィーナだけが残された。


 スヴィーナは自然に服を脱ぎ始めた。白い旅装束が床に置かれる。銀髪が背中に流れた。

 俺は視線を逸らした。壁を見る。木目を数える。


「マックス、大丈夫?」


「あ、ああ……」


「じゃあ、先に入ってるね」


 足音が遠ざかる。湯に入る音。それから、小さな吐息。


(……行くしかないか)


 俺も服を脱いだ。勾玉だけは首に残す。深呼吸して、温泉に向かった。


 湯に足を入れる。熱い。だが、心地よい熱さ。体がゆっくりと沈む。


 スヴィーナは少し離れた場所に座っていた。湯気が彼女を包んでいる。銀髪が湯に浮かんだ。


 住民たちは別の場所で談笑している。俺たちの周りには、誰もいない。


 しばらく、沈黙が続いた。湯の音だけが響く。


 スヴィーナが湯面を見つめている。青い瞳が揺れる水面を追っていた。

挿絵(By みてみん)

「……ずっと一人で戦ってきた」


 小さな声。俺は彼女を見た。


「誰も信じられなかった。裏切られるのが怖くて」


 スヴィーナの猫耳が伏せる。湯気の中、彼女の横顔が寂しそうに見えた。


「でも、昨日……マックスと一緒に戦えた。初めて、誰かを信じられた気がした」


 俺は湯面を見た。自分の顔が映っている。歪んだ顔。


「……俺も、一人だった」


 言葉が口から出た。自分でも驚く。


「元の世界で、仲間を守れなかった。だから、もう誰も頼れないと思ってた」


 スヴィーナが俺を見た。青い瞳が真っ直ぐに向いている。


「でも、お前と戦って……少しだけ、変わった気がする」


「マックス……」


 スヴィーナが微笑んだ。それから、少しだけ近づいてくる。猫耳が俺の肩に触れた。柔らかい感触。


「今度は一緒に守り合おう。一人じゃない」


「……ああ」


 俺は頷いた。肩の力が抜ける。湯の温かさが体に沁みた。


 二人は沈黙の中で湯に浸かり続けた。話す必要はなかった。ただ、隣に誰かがいる。それだけで、何かが違う。


(……心が、軽い)


 湯から上がる時、スヴィーナのペンダントが湯気の中で光った。銀色の鎖。だが、刻印は見えない。


 彼女は何も言わなかった。俺も聞かなかった。


 宿屋に戻る道を歩く。スヴィーナは隣を歩いていた。猫耳が風に揺れる。


「次は、どこへ行くの?」


「次の国だ。まだ八十七か国残ってる」


「……一緒に行ってもいい?」


 スヴィーナが俺を見上げた。青い瞳が真っ直ぐに向いている。


「もちろんだ」


 俺は答えた。スヴィーナが笑う。今度は、寂しそうじゃない笑顔だった。


 宿屋の前で、町長が待っていた。彼は地図を広げる。


「次の国はルーガリア公国――通称『獣人の国』です。ですが……」


 町長の表情が曇った。


「最近、奴隷商人が出没しているという噂があります。どうか、お気をつけて」


 奴隷商人。俺は眉をひそめた。スヴィーナの猫耳が伏せる。


「……気をつけよう、マックス」


「ああ」


 翌朝、俺たちは美人国を出発した。次の国へ向かう道。ルーガリア公国――獣人の国。


 だが、奴隷商人の噂が頭から離れなかった。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。