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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第四章【結】決戦への旅立ちと、温泉神の真意、永遠の選択

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第五十話 温泉神の真実と究極の選択


 沈黙が続いた。湧き出す温泉の音だけが、静かに響いている。


 俺は膝をついたまま、消えた温泉神がいた場所を見つめていた。


「真の試練……」

 スヴィーナが呟く。その声が震えていた。


 パティが俺の肩に手を置いた。

「マックス、大丈夫か?」


「……ああ」

 俺は立ち上がった。足に力が入らない。勾玉を握りしめる。冷たい感触が手のひらに沁みる。


「とにかく、今夜はここで休もう」


 クラリスが静かに言った。

「明日、社へ向かいましょう。そこで……すべてが分かるはずです」


 俺は頷いた。それしかできなかった。


 ◇


 一晩、ほとんど眠れなかった。

 焚き火の傍で横になっても、温泉神の言葉が頭の中で繰り返される。


(真の試練は、これからだ……)

(お前が選ばれた本当の理由を……)


 約束は何だったんだ。八十八か国すべての温泉を解放すれば、元の世界に帰れる。そう言われたから、俺はここまで戦ってきた。


 それが嘘だったのか。いや、嘘ではないのかもしれない。

 ただ、それだけじゃなかったということなのか。


 焚き火の炎が揺れる。パチパチと爆ぜる音が聞こえる。


「マックス、眠れないの?」

 スヴィーナの声がした。振り向くと、彼女が起き上がっていた。

 銀髪が月明かりに輝いている。


「……ああ」


「私も」

 スヴィーナが俺の隣に座った。膝を抱えて、焚き火を見つめている。


「ねえ、マックス」


「ん?」


「あなたは……元の世界に、帰りたい?」


 俺は答えられなかった。

 帰りたいと思っていた。ずっと、そう思ってきた。でも今は……。


「分からない」

 俺は正直に言った。

「最初は、絶対に帰りたいと思ってた。でも今は……お前たちと離れるのが、怖い」


 スヴィーナが息を呑んだ。

「マックス……」


「だから、明日が怖いんだ」

 俺は拳を握りしめた。

「温泉神が何を言うのか。どんな選択を迫られるのか。それが……怖い」


 スヴィーナが俺の手の上に、自分の手を重ねた。温かい。


「大丈夫」

 彼女が囁いた。

「どんな答えでも、私はあなたの選択を尊重するから」


 俺は彼女を見た。青い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。


「ありがとう」

 それしか言えなかった。


 ◇


 翌朝、俺たちは温泉神の社へ向かった。


 それから四日間、誰も多くを語らず、ただ黙々と歩き続けた。

 五日目の朝、ついに社が見えてきた。


 石段が続いている。登り切った先に、白い社殿が建っていた。


「着いたな」

 パティが呟く。


 俺は石段を見上げた。心臓が早鐘を打っている。

 勾玉を握りしめる。温かい光が手のひらに広がった。


「行こう」


 俺は一歩を踏み出した。石段を登る。一段、また一段。

 足音だけが響く。誰も何も言わない。ただ登り続ける。


 息が上がってきた。それでも止まらない。

 頂上が近づく。社殿の扉が見えた。


 俺は扉の前に立った。手を伸ばす。指先が震えている。

 扉に触れた瞬間、軋む音が響いた。


 扉がゆっくりと開いていく。中から光が溢れてくる。


 温泉神が、そこにいた。


「よくぞ来た、マックスよ」

 静かな声が響く。


 俺は社殿の中に入った。仲間たちも続く。

 光の中に、温泉神の姿が浮かび上がる。俺たちは跪いた。


「真実を語る時が来た」

 温泉神が告げた。

「マックスよ、お前が選ばれた本当の理由を」


 俺は息を詰めた。


「八十八か国の温泉を解放する試練。それは確かに、この世界を救うために必要なことだった」

 温泉神の声が、社殿に響く。

「だが、それだけではない」


「……どういう、ことですか」

 俺は震える声で尋ねた。


「真の目的は、お前に弱さを認めさせること。仲間を信じる心を育てること」

 温泉神が静かに言った。

「そして……次代の温泉神となる資格を得ることだった」


「次代の……温泉神?」

 俺は呆然とした。勾玉が、胸元で激しく光を放った。


「私の役目は、もう終わる」

 温泉神が告げる。

「この世界には、新たな守護者が必要だ。お前には、二つの選択肢がある」


 俺の呼吸が止まった。


「元の世界に帰るか」

「この世界に残り、温泉神の後継者となるか」

挿絵(By みてみん)

 沈黙が落ちた。耳鳴りがする。


「元の世界に帰れば……」

 俺は呟いた。

「仲間と、離れ離れになる……」


 スヴィーナが息を呑む音が聞こえた。


「マックス」

 彼女の声が震えている。振り向くと、スヴィーナが涙を流していた。

「あなたの選択を……尊重する」


「スヴィーナ……」


「でも」

 パティが声を震わせた。

「あたしは、一緒にいたい」


「パティ……」


 クラリスが静かに言った。

「あなたの心に従ってください、マックス」


 俺は答えられなかった。喉が詰まる。言葉が出てこない。


「温泉神」

 俺はようやく声を絞り出した。

「一晩……考える時間を、ください」


 温泉神が静かに頷いた。

「明日の朝、答えを聞こう」


 ◇


 夜になった。俺は社の裏手に来ていた。

 一人で、夜空を見上げている。


 星が無数に輝いていた。風が吹く。頬を撫でていく。冷たい。

 勾玉が胸元で、静かに光っている。


(元の世界に帰る……)

(それとも、ここに残る……)


 元の世界で、俺は仲間を守れなかった。

 あの時の無力感を、今でも覚えている。


 だから強くなりたかった。一人で戦える力が欲しかった。

 でも今は……。


 スヴィーナの顔が浮かぶ。

 パティの笑顔が浮かぶ。

 クラリスの静かな微笑みが浮かぶ。


 俺は、もう一人じゃない。


 風が強くなった。社の鐘が、静かに鳴り響いた。


 俺は拳を握りしめた。

 答えは……まだ出せない。

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