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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第四章【結】決戦への旅立ちと、温泉神の真意、永遠の選択

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第四十九話 八十八か国目と最後の温泉魔物


 俺たちは夜明け前に王宮を出た。

 ディアナと温泉国の民が見送ってくれた。


 朝焼けが東の空を染め始めている。

 王都の石畳が湿っていて、足音が静かに響いた。


「マックス様、どうか……」

 ディアナの声が背中に届く。


 俺は振り返らずに手を上げた。

(ああ、約束したからな。必ず帰ってくる)


 四人は無言で歩き続けた。


 ◇


 十一日間の旅は静かだった。


 岩だらけの荒野を越え、枯れた川を渡り、誰も住まない山道を登った。

 日が昇って沈んで、また昇る。


 靴の底が擦り切れて、服の裾がほつれた。

 日焼けで肌が黒くなり、手のひらには豆ができた。


「……あと少しね」

 スヴィーナが地図を畳んだ。


「ああ」

 俺は頷いた。


 パティの尻尾が疲れたように垂れている。

 クラリスは杖を突きながら黙々と歩いていた。


 誰も多くを語らなかった。


(これが最後だ)


 胸元の勾玉と秘宝が、歩くたびに揺れる。

 二つの光が鼓動に合わせて脈打っていた。


 十一日目の夕暮れ、俺たちは聖地の入口に辿り着いた。


 眼前に巨大な岩壁が立ちはだかっている。

 その中央に、黒く変色した扉が見えた。


 扉の周囲から黒い瘴気が漏れ出し、地面を這っている。


「……これが」

 パティが息を呑んだ。


「八十八か国目……」

 スヴィーナが呟く。


 俺は勾玉と秘宝を握りしめた。手が震えている。


(ここまで来た。あと一つだ)


 クラリスが静かに杖を構えた。

「マックス、準備はいいですか」


「……ああ」

 俺は深く息を吸った。

「みんな、頼む」


 言葉が自然に出た。


 三人が無言で頷く。

 スヴィーナが剣を抜き、パティが槍を構え、クラリスが杖を掲げた。


 俺は勾玉と秘宝を両手で掲げた。

 二つの光が激しく脈打ち始める。


 空気が震えた。

 扉から漏れる瘴気が渦を巻き、異様な圧力が押し寄せてくる。


「開け……!」


 俺の声に応じて、扉がゆっくりと開き始めた。

 金属が軋む音が響く。


 瘴気が一気に噴き出し、鼻を突く腐臭が広がった。

 扉の奥から、巨大な影が姿を現す。


 地面が揺れた。


 影が完全な姿を現した瞬間、俺は息を呑んだ。


(でかい……!)


 巨大な温泉魔物が、低い唸り声を上げている。

 今までの魔物とは比べ物にならない圧倒的な存在感だった。


 空気が重い。呼吸するたびに胸が痛む。


「いくぞ……!」


 俺は儀式の準備を始めた。

 勾玉と秘宝を胸元に当て、詠唱を始める。古い言葉が口から溢れた。


 三人が魔物の前に立ちはだかる。

 魔物が腕を振り上げた。


「散れ!」


 スヴィーナの叫びと共に、三人が散った。

 魔物の腕が地面を叩く。轟音と共に岩が砕け、破片が飛び散った。


 パティが槍を突き出し、クラリスが魔法を放つ。だが魔物は怯まない


「マックス、集中して!」

 スヴィーナが叫んだ。彼女は自ら魔物の前に飛び出し、剣を構える。


 魔物の攻撃が彼女に向かった。スヴィーナが身を翻し、間一髪で躱す。


(スヴィーナ……!)


「あたしたちに任せて!」

 パティが叫ぶ。彼女とクラリスが息を合わせて魔物の足を狙った。


 パティの槍が魔物の足首を貫き、クラリスの魔法が傷口を凍らせる。

 魔物の動きが一瞬鈍った。


 俺は詠唱を続けた。汗が額を伝い、唇が震える。

 勾玉と秘宝が激しく光り始めた。二つの光が共鳴し、一つになろうとしている。


「もう少し……!」

 スヴィーナの声が聞こえる。彼女の腕から血が流れていた。


 パティの服が裂け、クラリスの額に傷ができている。

 それでも三人は魔物を引きつけ続けた。

挿絵(By みてみん)

(みんな……!)


 詠唱が最後の一節に達した。

 勾玉と秘宝の光が一つになり、眩い輝きを放つ。光が魔物を包み込んだ。


 魔物が悲鳴を上げる。黒い瘴気が光に溶けていく。

 魔物の巨体が透明になり、やがて完全に消えた。


 封印が解ける音が響いた。

 岩壁の奥から、豊かな温泉の湯が湧き出してくる。

 清らかな湯気が立ち上り、腐臭を押し流していく。


「やった……」

 俺は膝をついた。

「ついに……八十八か国すべての温泉を……」


 スヴィーナが駆け寄ってきた。

「マックス!」


 パティとクラリスも傍に来る。

 四人が抱き合って喜んだ。涙が溢れてくる。


 長い旅が、ついに終わった。


(終わった……これで、元の世界に……)


 その時だった。

 湧き出した温泉の中央に、光の柱が立ち上った。


 光の中から、見覚えのある姿が現れる。


「温泉神……!」

 俺は立ち上がった。


 温泉神が静かに微笑んでいる。


「マックスよ、よくぞ試練を乗り越えた」


「試練は……終わったんですよね」

 俺は息を整えながら言った。

「八十八か国すべての温泉を解放しました。約束通り、俺を元の世界に……」


 温泉神が首を横に振った。

「いや」


「……え?」


「真の試練は、これからだ」


 温泉神の言葉に、俺は凍りついた。


「どういう……ことですか」


「我が社で待つ」

 温泉神は静かに告げた。

「そこですべてを語ろう。お前が選ばれた本当の理由を」


 光が消えた。温泉神の姿も消える。

 後には湧き出す温泉と、呆然と立ち尽くす俺たちだけが残された。


「真の試練……?」

 スヴィーナが呟く。


 俺は答えられなかった。

 胸元の勾玉と秘宝が、静かに光を失っていく。

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