第四十八話 温泉国への帰還と秘宝の力
翌朝、俺たちは火山地帯を後にした。急いで温泉国へ向かう。
王宮から届いた魔法の伝令が頭から離れなかった。
最後の国の温泉が異常な力を放っている。温泉国の秘宝が反応している。
(秘宝……? 温泉神から授かったものなのか?)
九日間の旅は、これまででも特に厳しいものだった。
火山地帯から温泉国までの道は険しく、獣道を抜け、川を渡り、岩山を越える。
スヴィーナの猫耳が常に周囲を警戒し、パティの犬耳が遠くの音を拾っていた。
クラリスは無言で魔法の光を灯し続け、俺は地図を確認しながら先頭を歩いた。
「もうすぐだ」
九日目の夕暮れ、俺たちは温泉国の城門に到着した。
街全体が温泉の湯気に包まれている。温泉の匂いが鼻をくすぐる。硫黄と湯気の混じった、懐かしい匂いだった。石畳の道が夕日に照らされ、赤銅色に染まっていた。
城門をくぐり、王宮へ向かう。街の人々が窓から顔を出し、歓声を上げた。
王宮に到着すると、ディアナが衛兵に声をかけた。
「王家の秘宝に異変が起きたと聞きました。すぐに確認します」
衛兵が深々と頭を下げた。
「ディアナ王女殿下、お帰りなさいませ! こちらへどうぞ!」
衛兵が扉を開き、ディアナに一礼して脇へ下がる。
「皆さん、こちらへ」
ディアナに続いて、俺たちは謁見の間へ入った。
◇
謁見の間には、王家の紋章が刻まれた柱が並んでいた。
窓から夕日が差し込み、床の大理石を赤く染めている。
ディアナは部屋の奥から古い木箱を取り出し、俺たち四人の前に置いた。
「これを」
彼女が箱を開ける。中から青白い光が溢れた。
「……ペンダント?」
俺は呟いた。
青白く光る石が、銀の鎖に吊られている。
石の表面には細かな文様が刻まれ、光が脈打つように明滅していた。
「代々、温泉国の王家に伝わる秘宝です」
ディアナが静かに言った。
「温泉神様から授かった、最後の封印を解く鍵だと伝えられています」
「最後の封印……」
俺は秘宝を見つめた。
クラリスが前に出る。
「その秘宝は、温泉神様の力を宿しています。マックスの勾玉と共鳴するはずです」
「共鳴?」
俺は首に下げた青い勾玉に手を当てた。
ディアナが秘宝を持ち上げる。彼女の手が微かに震えていた。
「最後の温泉を解放するには、この秘宝とマックスの勾玉、そして……皆さんの絆が必要です」
「絆……」
スヴィーナが呟いた。
ディアナが俺に秘宝を差し出す。
「どうか、受け取ってください」
俺は手を伸ばした。
秘宝に触れた瞬間、勾玉が光を放った。
青白い光と青い光が混じり合い、部屋全体を照らす。温もりが胸に広がった。
「……共鳴してる」
俺は呟いた。
クラリスが頷く。
「はい。秘宝と勾玉は、温泉神様の力で繋がっています」
「じゃあ、これがあれば……」
「最後の温泉を解放できます」
ディアナが微笑んだ。だが、その笑顔には寂しさが混じっている。
俺は秘宝を握りしめた。
「ディアナ、お前も一緒に来てくれ」
「……え?」
彼女が目を見開いた。
「最後の戦いだ。お前の力も必要だ」
俺は真剣に言った。
ディアナは首を横に振った。
「私は……温泉国を守る役目があります」
「でも……」
「大丈夫です」
彼女は窓の外を見つめた。街の灯りが一つ一つ灯り始めている。温泉の湯気が夕闇に溶けていく。
「この国の人々が、あなたたちの帰りを待っています。私はここで、皆さんを信じて待ちます」
「……そうか」
俺は頷いた。
ディアナが俺の目を見る。
「でもこの秘宝に、私の想いを込めました。どうか、無事に戻ってきてください」
「ああ」
俺は秘宝を首に下げた。勾玉と秘宝が並び、二つの光が胸元で揺れている。
「約束する」
◇
夜、王宮の大温泉に五人が集まった。
月明かりが湯面を照らし、湯気が立ち上っている。静かだった。温泉の音だけが響いている。
「明日、最後の国へ向かうのね」
スヴィーナが呟いた。
「ああ……」
俺は湯面を見つめた。
「元の世界に帰れる。でも……」
言葉が途切れた。
(帰れる。でも、本当にそれでいいのか?)
スヴィーナが俺の顔を覗き込む。
「まだ迷ってるの?」
「……」
俺は答えられなかった。
パティが尻尾を揺らす。
「マックス……」
クラリスも静かに俺を見ている。湯気が月光を拡散させ、幻想的な光景を作り出していた。
「明日、出発しよう」
俺はそれだけ言った。
四人が無言で頷く。それぞれの想いを胸に、五人は湯に浸かった。
月が静かに空を渡っていく。
(元の世界……それとも、この世界……)
俺は胸元の秘宝と勾玉に手を当てた。二つの光が、心臓の鼓動に合わせて脈打っている。




