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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第四章【結】決戦への旅立ちと、温泉神の真意、永遠の選択

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第四十四話 八十四か国目と温泉神の使者


 廊下の冷たさが、全身を包んだ。

 クラリスは膝を抱えたまま、壁に背を預けた。

 木の床が腰から熱を奪っていく。


 扉の向こうから聞こえる話し声は、いつの間にか途絶えていた。

 静寂が、廊下を満たす。


 彼女は目を閉じた。涙が、また頬を伝う。


(マックス……ごめんなさい)


 クラリスは唇を噛んだ。でも声は出さなかった。

 いつしか、意識が遠のいていく。

 疲労と、冷たさと、罪悪感が、彼女を眠りへと引きずり込んだ。


 ◇


 夜明け前。俺は部屋を出た。

 スヴィーナとパティはまだ眠っている。でも俺は眠れなかった。

 クラリスのことが、頭から離れない。


(何を隠してるんだ……)


 廊下に出ると、足が止まった。

 床に、誰かが座り込んでいる。

 金髪が、薄明かりに光っていた。


「クラリス……?」


 俺は駆け寄った。彼女は膝を抱えたまま、壁に背を預けて眠っていた。

 頬には、涙の跡が残っている。


「おい、クラリス」


 肩を揺すると、彼女は小さく呻いた。でも目を覚まさない。

 冷たい。手が、氷のように冷たい。


(俺が……あんなことを言ったから……)

 胸の奥に苦い後悔と罪悪感が込み上げてくるのを抑えながら、俺は彼女を抱き上げた。


 軽い。こんなに軽かったのか。


 部屋に戻ると、スヴィーナが目を覚ました。


「マックス……? それ、クラリス?」


「ああ。廊下で眠ってた」


「……なんで」


 スヴィーナの猫耳が、ピクリと動いた。

 俺はクラリスをベッドに寝かせた。パティも目を覚まし、クラリスの顔を覗き込む。


「すごく冷たい……」


 パティが毛布をかけた。三人で、クラリスを囲む。

 誰も、何も言わなかった。


 窓の外で、鳥が鳴いた。


 ◇


 六日間の旅を経て、俺たちは平原の国に着いた。


 見渡す限り、草原が続いている。風が草を撫で、緑の波が揺れる。

 空は青く、雲は白い。でも、誰も何も言わなかった。


 クラリスは一人で後ろを歩いている。

 スヴィーナは彼女を避けるように先頭を歩き、パティは二人の間で困った顔をしている。


 俺は、何も言えなかった。


(どうすればいい……)


 温泉は、平原の真ん中にあった。石造りの古い社が、ぽつんと立っている。

 中に入ると、枯れた温泉があった。


「儀式を始める」


 俺が言うと、四人が頷いた。クラリスは、まだ何も言わない。


 勾玉を握りしめ、呪文を唱える。光が温泉を包み、魔物が姿を現した。巨大な狼の姿をしている。


 戦いは、短かった。

 クラリスが弱点を指示し、俺は剣を抜いて斬りかかった。魔物は悲鳴を上げて消えた。


 俺は胸の青い勾玉を握りしめ、枯れた源泉の前に立った。

「温泉神よ、この地に眠る泉を、再び解き放て!」


 勾玉から青い光が溢れ、封印されていた源泉へと広がっていく。

 やがて、温泉が湯気を上げ始めた。


(八十四か国目……)


 残り、四か国。


 そのとき。温泉から、光が立ち上った。


「なんだ!?」


 俺は剣を構えた。でも、光は攻撃してこない。

 光が人の形を取る。白い衣をまとった、人影。


 顔は光に包まれて見えないが、威厳のある声が響いた。


「マックスよ」


 その声に、俺の勾玉が光った。


「お前は、よくやった」


「あなたは……」


「我は温泉神の使者。お前に告げに来た」


 使者が、俺を見つめる。


「試練の終わりが近い。残り四か国だ」


 四人が、息を呑んだ。


「あと四か国……」


 俺が呟くと、使者は頷いた。


「そうだ。だが、マックスよ。最後の試練は容易ではない」


「試練……?」


 そのとき。使者が、視線を動かした。クラリスを、見つめる。


「温泉神の眷属よ」


 クラリスの顔から、血の気が引いた。

挿絵(By みてみん)

「時は来た。お前の役目を果たせ」


「眷属……!?」


 スヴィーナが叫んだ。猫耳が、完全に逆立っている。


「クラリス、あんた……!」


「待ってください」

 パティが二人の間に立って、手を広げた。


「どういうことですか!?」


 俺は剣の柄を握りしめた。

「クラリス、お前は温泉神の眷属だったのか!?」


 クラリスは答えなかった。ただ、涙を流している。


「まだ……話せません」


「なんで!?」


 スヴィーナが叫んだ。

「ずっと、私たちを騙してたの!?」


「違います……」


「じゃあ何!?」


 使者が、手を上げた。


「最後の国で、すべてが明らかになる」


 光が、強くなる。


「そのときまで、待て」


 使者の姿が、光の粒子になって消えた。

 残された俺たちの間に、重い沈黙が流れた。


 ◇


 宿に戻っても、誰も何も言わなかった。

 クラリスは一人で部屋に閉じこもり、俺たちは別室に集まった。


「信じられない……」

 スヴィーナがテーブルを叩いた。ガンッ、という音が部屋に響く。

「温泉神の眷属だって? つまり、私たちを監視してたってこと?」


「分からない」

 俺は頭を抱えた。

「でも、あの使者はクラリスを『眷属』って呼んだ」


「じゃあ、やっぱり……」


「でも!」

 パティが涙を流した。

「クラリスは仲間だよ! ずっと一緒に戦ってきたじゃん!」


「それが演技だったら?」

 スヴィーナが言った。

「最初から、私たちを試すために近づいてきたとしたら?」


「そんな……」

 ディアナが窓の外を見つめた。

「彼女を、信じるべきです」


「信じろって言われても……」

 俺は立ち上がった。

「少し、考えさせてくれ」


 部屋を出る。廊下は、静かだった。


 クラリスの部屋の前に立つ。

 扉の向こうから、すすり泣く声が聞こえた。


 俺は拳を握りしめた。


(クラリス……)


 でも、扉を叩けなかった。俺は拳を震わせたまま、立ち尽くした。


 すすり泣く声が、続いている。


 俺は、立ち去った。

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