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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第四章【結】決戦への旅立ちと、温泉神の真意、永遠の選択

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第四十三話 八十三か国目と仲間への疑念


 俺は宿に戻り、寝床に横たわった。でも、眠れなかった。

 クラリスの涙が、脳裏に焼き付いている。


「ごめんなさい」


 彼女は何を謝ろうとしたんだ?

 そして、何を隠している?


(考えても、答えは出ない……)


 俺は寝返りを打つ。隣の寝床では、スヴィーナが寝息を立てていた。パティも、ディアナも、穏やかな顔で眠っている。

 でも、クラリスの寝床だけは。まだ、空のままだった。


 ◇


 翌朝。俺たちは山岳地帯の国を発った。次の目的地は、湖畔の国。八十三か国目だ。残りは、あと六つ。


「マックス、大丈夫?」

 スヴィーナが心配そうに俺を見上げる。


「ああ。平気だ」


「眠れてなかったでしょ? 目の下に隈ができてるにゃ」


「……少し、考え事をしてただけだ」


 スヴィーナは俺の顔をじっと見つめてから、小さく頷いた。

「クラリスのこと?」


「……ああ」


「わたしも、気になってる」

 スヴィーナが前を歩くクラリスの背中を見た。彼女はいつもと変わらない様子で、杖を突きながら歩いている。


「前から、おかしかったにゃ。魔物のこと、知りすぎてる」


「そうだな……」

 俺も、同じことを考えていた。


 クラリスは温泉魔物の弱点を、いつも的確に指示してくる。まるで、最初から知っていたかのように。

 でも、どうして?

 古文書で学んだだけで、あんなに詳しくなれるものなのか?


(いや、そもそも……)

 クラリスは、いつも温泉神のことを口にするとき、一瞬だけ表情が曇る。まるで、何かを思い出しているように。


 ◇


 八日間の旅を経て、俺たちは湖畔の国に着いた。


 夕暮れ時。湖面が、赤銅色に染まっていた。

 水の匂いが濃い。魚の匂いと、少し冷たい風が混じっている。


「綺麗……」

 ディアナが感嘆の声を上げた。


「でも、温泉はどこ?」

 パティが首を傾げる。


「あそこです」

 クラリスが湖の奥を指差した。


 湖畔に、小さな社が見える。その周りに、白い湯気が立ち上っていた。


「あれが、封印された温泉……」

 俺が呟くと、クラリスは頷いた。


 でも、彼女の表情は。どこか、遠くを見ているようだった。


「クラリス?」

 俺が声をかけても、彼女は答えない。ただ、湖を見つめたまま、動かなかった。


 スヴィーナの猫耳が、警戒で伏せる。

「……ねえ、クラリス」


「はい?」

 ようやく、彼女が振り返った。


「大丈夫? なんか、ぼーっとしてたけど」


「大丈夫です。少し、疲れていただけですから」

 クラリスは微笑んだ。でも、その笑顔は。どこか、無理をしているように見えた。


 ◇


 翌朝。俺たちは湖畔の温泉に向かった。社の前に立つと、勾玉が青く光り始める。


「行くぞ」

 俺が勾玉を掲げると、社の扉がゆっくりと開いた。


 中から、黒い霧が溢れ出す。そして、温泉魔物が姿を現した。巨大な触手を持つ、タコのような魔物だ。

 触手が地面を叩くたび、ドンッという振動が足元に伝わる。


「マックス、気をつけて!」

 スヴィーナが叫ぶ。俺は剣を構えた。


 でも、その時。


「マックス、左の触手を狙ってください。核があります」

 クラリスの声が、背後から聞こえた。


(左の触手……?)

 俺は言われた通り、左の触手に斬りかかった。剣が触手を切り裂くと、中から光る核が露出する。


「今です!」


 俺は核に剣を突き立てた。魔物が、悲鳴を上げる。そして、黒い霧となって消えていった。


 俺は温泉の前に立ち、胸の青い勾玉を握りしめた。

「温泉神よ、この地に眠る泉を、再び解き放て!」


 勾玉から青い光が溢れ、封印されていた源泉へと広がっていく。

 硫黄の匂いが鼻を突く。温泉から、透明な湯が湧き出し始めた。


「やった!」

 パティが歓声を上げる。湖畔の国の民が、社の周りに集まってきて喜びの声を上げた。


 でも、俺は。喜べなかった。


(信じて待つと決めたはずなのに……)

(それでも、あまりにも不自然だ。クラリスは、どうしてここまで魔物のことを知っているんだ?)


 信じたい気持ちと、疑いを拭えない気持ちが、胸の中で深くぶつかり合っていた。


 ◇


 宿に戻ってから、俺はクラリスを呼び止めた。


「クラリス。話がある」


「……何でしょうか?」

 彼女の緑の瞳が、俺を見つめる。スヴィーナとパティも、黙って俺たちを見ていた。


「お前、魔物のことを知りすぎている。どうしてだ?」


 俺が問い詰めると、クラリスは視線を床に落とした。

「古文書で学んだだけです」


「それだけで、あんなに的確に弱点が分かるのか?」


「……はい」


「嘘だ」

 俺は剣の柄を握りしめた。


「前から気になってた。あなた、何か隠してる」

 スヴィーナが言った。猫耳が、逆立っている。


「私は……」

 クラリスが口ごもる。


「何を隠してるの? 教えてよ」

 パティが二人の間に立って、手を広げた。

「みんな、仲間でしょ?」


「仲間なら、隠し事はするな」

 俺が言うと、クラリスは顔を上げた。その瞳に、涙が浮かんでいた。


「……今は、話せません」

挿絵(By みてみん)

「なんで?」


「話せないんです。まだ……」

 クラリスは背を向けた。

「ごめんなさい」


 彼女は部屋を出て行った。扉が、バタンと閉まる。

 残された俺たちの間に、重い沈黙が流れた。


 ◇


 深夜。クラリスは一人で、湖畔を歩いていた。

 月明かりが湖面を照らし、波の音だけが聞こえる。


 彼女は湖面に映る自分の顔を見つめた。月と、自分の顔が、揺れる波紋に歪む。


「もうすぐ、すべてを話さなければならない……」

 クラリスは呟いた。涙が、頬を伝う。


 彼女は手で涙を拭った。湖水が足元を舐め、冷たさが骨まで沁みる。


「マックス……ごめんなさい」


 クラリスは宿に戻った。でも、部屋の前で立ち止まる。

 扉の向こうから、マックスたちの話し声が聞こえた。内容は聞き取れない。でも、きっと。自分のことを話しているんだろう。


 クラリスは扉を開けなかった。

 廊下の木の床に座り込み、膝を抱える。


 冷たさが、全身を包んだ。

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