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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第一章【起】異世界転生と最初の仲間たち(スヴィーナ・パティとの出会い)

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第四話 村人の再評価と次の国へ


 俺が湯だまりの縁に座り込んだまま、どれくらいの時間が経ったのか分からない。痛む肩を押さえながら、湧き出す湯を見つめていた。温かい。それだけが、今の俺にとって唯一の救いだった。


 足音が近づいてくる。今度は複数だ。顔を上げると、木々の間から十数名の人影が見えた。先頭を歩くのは、村で見た老人――村長だ。その後ろに、村人たちが続いている。誰もが息を切らせ、俺と湯だまりを交互に見ていた。


 村長が湯だまりの前で立ち止まった。腰をかがめ、ゆっくりと手を伸ばす。指先が湯面に触れた瞬間、村長の目が大きく見開かれた。


「……温かい」


 呟きが、静かに響いた。村長は目を閉じ、両手で湯をすくった。湯が指の間からこぼれ落ちる。湯気が立ち上り、村長の顔を包み込んだ。


 他の村人たちも、次々に湯に触れ始めた。ある者は手を浸し、ある者は顔を近づけて湯気を吸い込んだ。誰もが無言で、ただ湯の温もりを確かめている。


 やがて、一人の若い男が声を上げた。


「本当に戻ったんだ……温泉が……!」


 歓声が上がった。村人たちが顔を見合わせ、互いに肩を叩き合っている。笑顔が広がり、涙を流す者もいた。


 村長が俺の方を向いた。深く腰を折り、頭を下げる。


「……疑って、悪かった」


 その言葉に、他の村人たちも次々と頭を下げた。俺は何も言えず、ただ座ったまま彼らを見ていた。


 村長が顔を上げた。


「食料を用意する。地図も渡そう。あんたが必要なものは、できる限り提供する」


「……ありがとうございます」


 ようやく絞り出した声は、かすれていた。村長は頷き、再び湯だまりを見つめた。


「だが、これで終わりじゃないんだろう?」


 俺は息を呑んだ。村長の目が、俺を見据えている。他の村人たちも、期待の眼差しを向けてきた。


「完全に、解放してくれるんだろう? 昔みたいに、豊かに湧き出る温泉に」


 胸が詰まった。期待。それが重くのしかかってくる。俺は湯に浸した手を引き上げ、ゆっくりと立ち上がった。肩が痛む。足が震える。それでも、村人たちと向き合わなければならない。


「……今の俺には、無理だ」


 村人たちの表情が、一瞬で変わった。期待が失望に変わる瞬間を、俺は目の当たりにした。


「一人では、儀式と戦闘を同時にこなせない。仲間が、必要なんだ」


 村長が一拍置いてから、ゆっくりと頷いた。


「そうか……」


「でも、必ず戻ってくる。仲間を見つけて、完全に解放する。約束する」


 俺は勾玉を握りしめた。青い光が、指の間から漏れ出る。村長は俺の手を見つめ、小さく息を吐いた。


「……それでも、湯が戻ったのは事実だ。あんたを信じよう」


 村人たちの間から、ざわめきが起きた。不安と期待が入り混じった空気が、俺を包み込む。


「村へ戻ろう。傷の手当てをしないと」


 村長の言葉に、俺は頷いた。


 ◇


 村長の家は、村の中心にあった。質素な木造の建物だが、中は清潔に保たれている。俺は椅子に座らされ、村の女性たちに傷の手当てを受けた。焼け焦げた服を脱がされ、肩に薬草を塗られる。ひりひりとした痛みが走ったが、我慢した。


 村長が地図を広げた。羊皮紙に描かれた粗い線が、国々の境界を示している。村長の指が、地図の一点を指した。


「ここがベルフィーネ王国――通称『美人国』だ。昔は温泉が有名で、多くの旅人が訪れた。だが今は封じられている」


 美人国。俺は地図を見つめた。この村からは、徒歩で三日ほどの距離だろうか。


「商人に、温泉解放の話を伝えておく。噂が広がれば、仲間が見つかるかもしれん」


 村長の言葉に、俺は顔を上げた。


「……助かります」


 村長は地図を畳み、俺に手渡した。それから、布に包まれた食料の包みを差し出した。ずっしりとした重みが、手に伝わってくる。


「これで、しばらくは食いつなげるはずだ」


「本当に、ありがとうございます」


 村長の手が、一瞬だけ俺の肩に触れた。そして、すぐに離れる。


「仲間が見つかることを、祈っている」


 ◇


 村を出たのは、昼過ぎだった。村人たちが見送りに立っている。俺は振り返らずに歩き続けた。振り返れば、また期待の眼差しに押しつぶされそうになる。

挿絵(By みてみん)

 街道は緩やかに下っていた。木々の間から、時折村の方角が見える。遠くに、温泉から立ち上る湯気が見えた。薄く、細く、それでも確かに立ち上っている。


 俺は立ち止まり、湯気を見つめた。


(半分しか解放できなかった)


 その事実が、胸に刺さったまま抜けない。だが、それでも湯は戻った。村人たちは喜んでくれた。


(仲間を見つける。必ず)


 勾玉を握りしめる。手に力が入る。青い光が、掌の中で脈打った。


 風が吹き抜ける。木々が揺れ、葉擦れの音が響いた。街道の先に、地平線が広がっている。美人国は、あの先だ。


 俺は再び歩き始めた。一人で。だが、今度は目的地がある。希望がある。そして、約束がある。


 街道を進む足音だけが、静かに響いていた。

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