↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第四章【結】決戦への旅立ちと、温泉神の真意、永遠の選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/51

第三十九話 氷雪国の温泉と協力の試練


 五人は街道を進み続けた。森の木々が、徐々に疎らになっていく。葉が落ち、枝が細くなる。足元の土が、硬くなった。


「寒くなってきたわね」

 スヴィーナが両腕を抱えた。猫耳が、冷たい風に震える。


「次の国は、氷雪国だったよな」

 俺は地図を確認した。クラリスから渡された、古い羊皮紙の地図。


「ええ。正式にはフロスティア極北公国と呼ばれています。温泉国から北へ七日。氷と雪に覆われた国です」

 クラリスが答えた。杖を突きながら、淡々と歩く。


「七日かぁ。まだまだだね」

 パティが伸びをした。

「でも、あたしたち今なら何でも倒せる気がする!」


「油断は禁物ですよ」

 クラリスが諭すように言った。

「氷雪国の魔物は、これまでと違う性質を持っているかもしれません」


「違う性質?」

 俺は問い返した。


 クラリスは一瞬、言葉を選ぶように黙った。そして、小さく首を振る。

「……いえ。あくまで可能性です」


 その表情に、何か引っかかるものがあった。でも、追及する前にパティが声を上げる。


「あ、見て! 雪だ!」

 指差した先に、白い山々が見えた。遠くに聳える、雪を被った峰。空気が、一層冷たくなる。


「本当に雪国なのね……」

 スヴィーナが呟いた。猫耳が、不安そうに揺れる。

「寒いの、苦手なのよ」


「大丈夫だ。温泉があれば暖まれる」

 俺は勾玉を握った。青い光が、手の中で脈打つ。

(次の温泉も、必ず解放する)


 五人は歩き続けた。森を抜け、草原を越え、やがて雪原へ。七日間の旅路。

 足音が、雪を踏む音に変わった。


 ◇


「着いたわね……」

 スヴィーナが息を吐いた。白い息が、凍てついた空気に溶ける。


 氷雪国の村は、雪に埋もれていた。家々の屋根に雪が積もり、煙突から細い煙が立ち上る。でも、人の気配が薄い。


「静かすぎる」

 パティが警戒した。犬耳が、四方を探る。

「誰もいないのかな?」


「いえ、います」

 クラリスが杖で村の中心を示した。

「あそこに」


 俺たちは村の広場へ向かった。雪を踏みしめながら。冷たい風が、頬を刺す。


 広場には、人々が集まっていた。青白い顔で、震えながら。

 中央に、凍結した温泉があった。氷の結晶が、月光を反射して輝いている。湯気の代わりに、冷気が立ち上る。


「これは……」

 俺は息を呑んだ。温泉が、完全に凍っている。氷の下に、かすかに水が見える。でも、流れは止まっていた。


「あなたたちは……」

 老人が近づいてきた。村長らしい。白い髭が、凍りついている。


「旅の者です。温泉を解放するために」

 俺は答えた。


 村長の目に、希望の光が灯る。

「本当ですか! お願いです、どうか温泉を……」

 手が震えている。寒さだけではない。恐怖と、絶望。


「氷の魔物が、温泉を封じたのです」

 村長が続けた。

「私たちは、もう何日も温泉に入れない。このままでは、凍え死んでしまう」


「魔物はどこに?」


「温泉の奥に。誰も近づけません」

 村長が指差した先に、洞窟の入口が見えた。氷に覆われた、暗い穴。


「分かった。俺たちが何とかする」

 俺は頷いた。スヴィーナとパティも、頷く。


「すぐに倒してくるにゃ」

「任せて!」


 でも、クラリスだけが黙っていた。凍結した温泉を見つめて。何かを考え込むように。


「クラリス?」


「……ええ。行きましょう」

 彼女は杖を握り直した。でも、その表情には迷いがあった。


 ◇


 洞窟の中は、氷の世界だった。壁も、天井も、すべてが氷。青白い光が、内部を照らしている。足音が、氷に反響する。


「寒い……」

 スヴィーナが身を縮めた。俺は彼女の肩に手を置く。


「もう少しだ」


「うん……」


 洞窟の奥に、温泉の源泉があった。巨大な氷の塊が、それを覆っている。そして、その中に。


「あれが……魔物?」

 パティが呟いた。


 氷の塊の中心に、透明な人型の影が見えた。青い光が、その体の中で脈打っている。美しい、そして恐ろしい存在。


「行くぞ」

 俺は剣を抜いた。スヴィーナとパティも、構える。


 でも、その時。


「待ってください」

 クラリスが前に出た。杖を横に構えて、俺たちを制止する。


「クラリス?」


「まず、話を聞くべきです」


「話?」


「ええ。魔物を倒す前に」

 クラリスの目が、真剣だった。


「なぜそんな……」


 言いかけた時、氷の塊が震えた。青い光が、強くなる。そして、声が響いた。氷を震わせる、低い声。


「人間……また来たのか」


 魔物が、喋った。透明な体が、氷の中で動く。


「この温泉を守っていた。人間が汚すから、封じた」


「守って……いた?」

 俺は剣を握り直した。


「温泉は、生命の源。人間は、それを汚す。欲望のままに、穢す」

 魔物の声が、悲しみを帯びる。

「だから封じた。清らかなまま、守るために」


「でも、人々は温泉を必要としている」

 俺は言った。

「凍え死んでしまう」


「それは、人間の問題。私の知ったことではない」

 魔物は冷たく答えた。でも、攻撃はしてこない。ただ、氷の中で佇んでいる。


(これは……どうすれば)

 俺は戸惑った。今までの魔物は、問答無用で襲ってきた。でも、この魔物は違う。意志がある。理由がある。


「マックス」

 クラリスが静かに言った。

「倒すだけが、解決ではありません」


「でも……」


「聞いてください。この魔物の言葉を」

 クラリスが杖を下ろした。そして、魔物に向かって一礼する。


「私たちは、温泉を汚しません。大切にします」


「……信じられない」

 魔物が答えた。

「人間は、いつもそう言う。でも、結局は汚す」


「ならば、約束しましょう」

 クラリスが続けた。

「温泉を二つに分ける。一つはあなたの領域。もう一つは人間の領域」


「二つに……?」

 俺は驚いた。

「そんなことが可能なのか?」


「ええ。私の魔法で」

 クラリスが微笑んだ。

「温泉神の力を借りて」


 その言葉に、魔物が反応した。氷の中で、青い光が揺れる。


「温泉神……」


「ええ。この方たちは、温泉神に選ばれた者です」

 クラリスが俺たちを示した。

「温泉を解放し、守るために旅をしている」


 魔物は黙った。長い沈黙。そして、ゆっくりと答える。


「……約束を守るなら、認めよう」


「本当ですか!」

 パティが声を上げた。


「でも、汚したら。穢したら。私は再び封じる」

 魔物の声が、厳しくなる。

「それは覚悟しておけ」


「分かった」

 俺は剣を鞘に収めた。

「約束する。温泉を大切にする。村の人たちにも、この約束を必ず伝える」

挿絵(By みてみん)

「私たちも誓うにゃ」

 スヴィーナが前に出た。猫耳を立てて、魔物に頭を下げる。

「温泉は、みんなの宝物。絶対に汚さない」


「……良い」

 魔物が頷いた。


 氷が、ゆっくりと溶け始める。クラリスが杖を掲げた。

「温泉の守護者よ、力を貸してください」


 詠唱が響く。杖の先から、光の軌跡が放たれた。それは温泉を二つに分ける、境界線となる。


 氷が割れる音。水音。湯気が立ち上り始めた。

 一方には、魔物の青い光。もう一方には、透明な湯。


「これで……」

 クラリスが杖を下ろした。

「共存できます」


 魔物は氷の中で静かに脈打っている。もう、敵意はなかった。


「ありがとう」

 俺は魔物に向かって頭を下げた。


「力だけが、解決じゃないんだな」


 スヴィーナが俺の手を握った。

「成長したわね、マックス」


「……ああ」

 俺は微笑んだ。新しい道を、見つけた気がした。


 洞窟の外から、歓声が聞こえてくる。温泉が復活したことに、気づいたのだろう。


 俺たちは洞窟を出た。


 でも、クラリスだけが。

 北の空を見上げて。

 何かを、考え込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。