第三十四話 四人娘の決意と対立の激化
三人は宿を出て、王宮への道を急いだ。
石畳を踏む足音が、静かな夜に響く。月明かりが通りを照らしているが、人の気配はない。温泉国の夜は早く、門限を過ぎれば誰も出歩かない。
パティが時折後ろを振り返る。マックスが追いかけてくるのではないかと、警戒しているのだろう。だが、宿の窓には明かりが灯ったままだ。彼はまだ、古文書館で何かを調べているのかもしれない。
「急ぎましょう」
クラリスが小声で言った。
王宮の門が見えてくる。衛兵が二人、槍を持って立っていた。スヴィーナが身を固くする。だが、衛兵の一人が手を上げて合図を送った。門が静かに開く。
「ディアナ様が、お待ちです」
衛兵の声が低く響いた。三人は顔を見合わせた。ディアナは、もう話を聞いているのか。
◇
謁見室に通された。
広い部屋の中央に、円卓が置かれている。蝋燭が数本、卓の上で揺れていた。窓のカーテンは閉められ、外の光は一切入ってこない。
ディアナが既に席についていた。彼女の前には、羊皮紙が数枚重ねて置かれている。
「お待ちしておりました」
ディアナが静かに言った。
三人は円卓を囲んで座る。スヴィーナが革装丁の書物を卓の中央に置いた。赤い文字が、蝋燭の明かりに照らされて浮かび上がる。
ディアナが羊皮紙を指で叩いた。トン、トン、トンと規則正しい音が響く。
「密偵からの報告です。マックス様は三日間、古文書館に通われていた。そこで、何かを見つけられたのでしょう?」
「それが、これにゃ」
スヴィーナが書物を指差す。
ディアナは書物を開いた。赤い文字を一瞥し、すぐに閉じる。彼女の指が、わずかに震えた。
「……命を代償にする強化儀式」
ディアナの声が、かすれていた。
「これを使えば、一時的に圧倒的な力を得られる。ですが、成功しても命の一部を削り取られる。失敗すれば……」
「死ぬにゃ」
スヴィーナが言った。猫耳が悲しげに伏せられている。
ディアナは羊皮紙を強く握りしめた。
「マックス様は、これを使うおつもりなのでしょうか……」
「多分……あたしたちを守るために」
パティが拳を握りしめる。
クラリスが窓の方へ歩み寄り、そっとカーテンを開いた。月が、雲に隠れようとしている。
「止めなければなりません」
クラリスが静かに言った。
「ですが、どうやって……」
ディアナが深く眉をひそめる。
「マックス様は、もう私たちの言葉を聞いてくださらない」
重い沈黙が続く。蝋燭の炎が、パチパチと音を立てていた。
やがて、ディアナが顔を上げた。
「彼を止めるには、あなた方が戦う覚悟を見せるしかありません」
三人が息を呑む。
「マックス様は、仲間を守るために一人で戦おうとしている。ならば、あなた方が『私達も戦える』と証明するしかないのです」
「でも……」
パティが言いかけて、口をつぐむ。
「私たちが戦うって言っても、マックスは聞かないにゃ。あの人は、あたしたちを危険にさらしたくないって……」
「ならば、覚悟を見せるのです」
ディアナの声が、強くなった。
「言葉ではなく、行動で。あなた方が本気で戦う意志があると、彼に示すのです」
スヴィーナが立ち上がった。猫耳がピンと立つ。
「……私たちが戦う。マックスを止めるにゃ! マックスが死ぬくらいなら、私たちが戦う!」
「あたしも!」
パティも勢いよく立ち上がる。
「あたしも戦う! マックスを守るために!」
クラリスが最後に立ち上がった。
「私も、同じ想いです」
ディアナが力強く頷いた。
「では、明朝。マックス様を会議室にお呼びします。私も同席しましょう」
それからも四人は、マックスを説得するために何度も話し合いを重ねた。どのように伝えれば彼の心に届くのか。誰も答えを出せないまま、時間だけが静かに過ぎていく。
やがて、窓の外では東の空が白み始めていた。
◇
朝食の時間。マックスは会議室に呼ばれた。
ディアナからの伝言で、「温泉解放の作戦について相談したい」とのことだった。
会議室の扉を開ける。
スヴィーナ、パティ、クラリス、そしてディアナが、既に席についていた。
(……なんだ、この雰囲気は)
マックスは一歩を踏み入れた瞬間、異様な空気を感じ取った。四人が一斉にこちらを見る。その視線が、何かを切実 に訴えかけていた。
「マックス様、どうぞお座りください」
ディアナが椅子を示した。
マックスは黙って席につく。卓の中央には、何も置かれていない。だが、彼女たちの表情が何かを物語っていた。
スヴィーナが静かに立ち上がった。
「マックス」
彼女の声が、震えていた。
「私達は、知ってるにゃ」
「……何をだ」
マックスが低い声で尋ねる。
「あなたが古文書館で見つけたもの。命を代償にする強化儀式」
マックスの表情が瞬時に凍りついた。
「……どうして、それを」
「あたしが、尾行したにゃ。三日間、ずっと」
スヴィーナの猫耳が震えている。
「そして、あなたが去った後に古文書館へ行って、同じ書物を見つけた」
マックスは何も言わなかった。ただ、拳を固く握りしめる。
「マックス」
スヴィーナが一歩前に出た。
「あなたが死ぬくらいなら、私たちが戦う!」
「……何を言っている」
マックスの声が、低く危険に響いた。
「お前たちを危険にさらせない。俺が一人で――」
「違う!」
パティが叫んだ。大粒の涙が頬を伝っている。
「あたしたちは弱くない! あたしたちだって戦える!」
「お前たちには、分からない」
マックスが拳を卓に強く叩きつけた。
ドンッ!という音が激しく響く。
「俺は……俺は、お前たちを失いたくない!」
「ならば、なぜ自分の命を捨てようとするのですか!」
クラリスが静かに、だが激しく言った。その声には、珍しく感情が溢れている。
「あなたが死ねば、私たちはどうなると思っているのですか!」
マックスは答えなかった。ただ、冷たく視線を逸らす。
クラリスが指で卓を叩く音が止まった。
「マックス様」
彼女の声が、深く響く。
「あなたは、仲間を信じていない」
マックスがハッと顔を上げた。
「……何だと」
「あなたは、私たちが弱いと決めつけ、守られるだけの存在だと思っている」
「違う!」
マックスが叫んだ。勢いよく椅子を倒して立ち上がる。
「俺は……俺は、元の世界で仲間を守れなかった! 仲間が死んだんだ、俺の目の前で!」
四人が息を呑む。
「俺が弱かったから……俺が力不足だったから、仲間が死んだ!」
マックスの声が激しく割れていた。
「また同じ過ちは繰り返せない! お前たちを失うくらいなら、俺が死んだ方がマシだ!」
激しい沈黙が流れる。
スヴィーナが震える声で口を開いた。
「マックス……」
彼女の猫耳が、激しく震えている。
「私達は、元の世界の仲間じゃない。今のあなたの仲間よ!」
「だから、何だ!」
マックスが叫び返すように言い放つ。
「仲間は仲間だ! 俺はもう、誰も失いたくない!」
「それは、あたしたちを信じてないってことにゃ!」
スヴィーナの声が、さらに強くなった。
「あたしたちは、あなたと一緒に戦いたい! 守られるだけじゃなく、あなたを守りたい!」
「お前たちには、分からない」
マックスが冷たく扉に手をかけた。
「俺は……俺は、お前たちを失いたくない」
扉が開く。
「だから、俺が一人で戦う」
マックスは会議室を出て行った。
扉が重く閉まる音が響く。
四人は動けずに座ったままだった。窓から差し込む朝日が、彼女たちの影を長く長く伸ばしている。
ディアナが静かに尋ねた。
「……彼を、追いますか?」
誰も答えなかった。




