第二十七話 仲間の言葉と立ち直りの兆し
森の静寂が、俺の耳を圧迫する。
パティの腕が俺の背中に回っている。温かい。だが、その温もりが余計に胸を締め付ける。
「マックスのせいじゃないよ。本当に……」
パティの声が震えている。俺は何も言えなかった。
スヴィーナが、数歩離れた場所に立ったまま動かない。猫耳を低く伏せ、その視線が俺を静かに貫いていた。
クラリスは杖を地面に突き、静かに息を整えている。先ほどの強力な魔法で消耗したのか、その肩には疲労が滲んでいた。
「……行きましょう」
クラリスが口を開いた。低く、静かな声。
「ここに留まっても意味がありません。宿場町まで戻り、休息を取るべきです」
俺は立ち上がった。パティの腕が離れる。足が重い。
スヴィーナは何も言わず、先に歩き出した。低く伏せられた尻尾が、わずかに揺れていた。
俺たちは無言で森を抜けた。
◇
宿場町の安宿に着いたのは、夜が更けてからだった。
部屋は狭い。二段ベッドが二つと、小さなテーブルが一つ。窓の外には、街灯に照らされた静かな夜道が広がっている。
誰も口を開かない。
パティとクラリスがテーブルで夕食の準備を始めた。パンと干し肉、それに水筒の水。質素な食事だ。だが、誰も文句を言わない。
スヴィーナは部屋の隅のベッドに腰を下ろし、俺に背を向けた。猫耳が伏せられたまま、じっと壁を見つめている。
俺は窓際に座り込んだ。膝を抱えて、暗い外を見つめる。
それから、二日が過ぎた。
必要最低限の言葉しか交わさない、重苦しい時間が続いた。
パティが時折、明るく振る舞おうとする。だが、その声はすぐに途切れる。クラリスは黙って本を読んでいる。スヴィーナは、俺の方を一度も見ようとしない。
食器の音だけが、部屋に空しく響く。フォークが皿に当たる音。水を注ぐ音。咀嚼する音。
それ以外は、冷たい沈黙。
俺は窓の外の夕焼けを見つめ続けた。茜色の空が、少しずつ闇に溶けていく。
(俺の判断ミスで、みんなを危険にさらした……)
胸の奥が、重く沈む。
(もう、二度と同じ過ちは繰り返さない)
拳を握る。爪が掌に強く食い込んだ。
「……このままじゃダメだよ!」
パティの声が、部屋に弾けた。
俺は顔を上げた。パティがテーブルを叩いている。食器が跳ねて音を立てた。その大きな目が、まっすぐに俺を見ていた。
「マックス! ずっと黙ってるなんて、おかしいよ!」
「パティ……」
俺は言葉を探した。だが、喉が詰まって何も出てこない。
(みんなの力が必要なのは分かっている。でも……また誰かを失うくらいなら)
「……お前たちを危険にさらすくらいなら」
声が震えた。
「俺は、一人で戦う」
ぴんと張り詰めた静寂が落ちた。
スヴィーナが立ち上がった。
ゆっくりと、俺に向き直る。その青い瞳が、怒りと深い悲しみで揺れていた。
「また一人で抱え込むつもり?」
低い声。だが、その奥に激しい感情が渦巻いている。
「わたしの警告を無視して、貴族を信じた。その結果がこれよ。そして今度は、わたしたちを置いて一人で戦うって?」
スヴィーナが一歩、俺に近づく。猫耳が逆立っていた。
「私たちを信じてないの?」
「信じている!」
俺は即座に答えた。
「信じているからこそ、二度と危険にさらしたくないんだ!」
「それは信頼じゃない!」
スヴィーナが俺の胸倉を掴んだ。
「支配よ! 守るという名目で自分の気持ちを押し付けて、私たちの覚悟を踏みにじっているのよ!」
鋭い言葉が胸を貫いた。
「わたしたちは、あなたの保護対象じゃない。仲間でしょう?」
スヴィーナの目から、一筋の涙が溢れ落ちた。
「わたしの言葉を信じてくれなかったのが……どれだけ悲しかったか……!」
俺は言葉を失った。視線が揺れる。何を言えばいいのか、分からない。
「あたしたちは弱くない!」
パティが叫んだ。小さな拳がテーブルを叩く。
「あたしだって、戦える! みんなの役に立てる! マックスを守れるよ!」
涙が頬を伝っている。だが、その目は真っ直ぐ俺を見ていた。
クラリスが静かに立ち上がった。
「仲間とは、弱さを分かち合う存在です」
穏やかな声。だが、揺るぎない響き。
「あなたが一人で背負うことだけが強いと思うなら、それは間違いです。真の強さは、自分の弱さを認め、仲間に助けを求められることにあります」
俺は床を見つめた。握りしめた拳が震える。
「……元の世界で、仲間を守れなかった」
声が途切れ途切れに漏れた。
「俺の判断ミスで、大切な仲間が死んだんだ。だから……また同じ過ちを繰り返したくなかったんだ」
パティとクラリスが息を呑んだ。スヴィーナは何も言わず、ただまっすぐに俺を見つめていた。
長い、静寂。
やがて、スヴィーナの手が胸倉から離れた。
「あなたの過去に何があったのか、詳しいことは知らない」
スヴィーナが、ゆっくりと手を差し出した。その手が、わずかに震えている。
「でも……今のあなたは一人じゃない。わたしたちがいる」
俺はその手を見つめた。涙で視界が滲む。
「……すまなかった」
声が枯れていた。
「お前たちを信じる。本当に、信じる」
俺はスヴィーナの手を固く握り返した。小さくて、とても温かい手だった。
パティが駆け寄り、俺の腰に勢いよく抱きついてきた。クラリスが、静かに微笑んでいる。
「次の温泉解放は、みんなで行こう」
俺は顔を上げた。
「俺一人じゃ、何もできない。お前たちの力が必要だ」
「うん!」
パティが元気に頷いた。スヴィーナの猫耳が、ピクッと立ち上がる。
「……それでいいのよ」
スヴィーナが小さく微笑んだ。
だが、その瞳の奥には、まだかすかな戸惑いと緊張が残っている。
(本当に、俺は変われるのか……?)
胸の奥の疑問を抱えながらも、俺たちは再び前を向いた。
窓の外で、静かな夜が深まっていく。




