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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第三章 【転】裏切り、最大の失敗、そして仲間の許しと真の結束

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第二十七話 仲間の言葉と立ち直りの兆し


 森の静寂が、俺の耳を圧迫する。


 パティの腕が俺の背中に回っている。温かい。だが、その温もりが余計に胸を締め付ける。


「マックスのせいじゃないよ。本当に……」


 パティの声が震えている。俺は何も言えなかった。


 スヴィーナが、数歩離れた場所に立ったまま動かない。猫耳を低く伏せ、その視線が俺を静かに貫いていた。


 クラリスは杖を地面に突き、静かに息を整えている。先ほどの強力な魔法で消耗したのか、その肩には疲労が滲んでいた。


「……行きましょう」


 クラリスが口を開いた。低く、静かな声。


「ここに留まっても意味がありません。宿場町まで戻り、休息を取るべきです」


 俺は立ち上がった。パティの腕が離れる。足が重い。


 スヴィーナは何も言わず、先に歩き出した。低く伏せられた尻尾が、わずかに揺れていた。


 俺たちは無言で森を抜けた。


 ◇


 宿場町の安宿に着いたのは、夜が更けてからだった。


 部屋は狭い。二段ベッドが二つと、小さなテーブルが一つ。窓の外には、街灯に照らされた静かな夜道が広がっている。


 誰も口を開かない。


 パティとクラリスがテーブルで夕食の準備を始めた。パンと干し肉、それに水筒の水。質素な食事だ。だが、誰も文句を言わない。


 スヴィーナは部屋の隅のベッドに腰を下ろし、俺に背を向けた。猫耳が伏せられたまま、じっと壁を見つめている。


 俺は窓際に座り込んだ。膝を抱えて、暗い外を見つめる。


 それから、二日が過ぎた。


 必要最低限の言葉しか交わさない、重苦しい時間が続いた。


 パティが時折、明るく振る舞おうとする。だが、その声はすぐに途切れる。クラリスは黙って本を読んでいる。スヴィーナは、俺の方を一度も見ようとしない。


 食器の音だけが、部屋に空しく響く。フォークが皿に当たる音。水を注ぐ音。咀嚼する音。


 それ以外は、冷たい沈黙。


 俺は窓の外の夕焼けを見つめ続けた。茜色の空が、少しずつ闇に溶けていく。


(俺の判断ミスで、みんなを危険にさらした……)


 胸の奥が、重く沈む。


(もう、二度と同じ過ちは繰り返さない)


 拳を握る。爪が掌に強く食い込んだ。


「……このままじゃダメだよ!」


 パティの声が、部屋に弾けた。


 俺は顔を上げた。パティがテーブルを叩いている。食器が跳ねて音を立てた。その大きな目が、まっすぐに俺を見ていた。


「マックス! ずっと黙ってるなんて、おかしいよ!」


「パティ……」


 俺は言葉を探した。だが、喉が詰まって何も出てこない。


(みんなの力が必要なのは分かっている。でも……また誰かを失うくらいなら)


「……お前たちを危険にさらすくらいなら」


 声が震えた。


「俺は、一人で戦う」


 ぴんと張り詰めた静寂が落ちた。


 スヴィーナが立ち上がった。


 ゆっくりと、俺に向き直る。その青い瞳が、怒りと深い悲しみで揺れていた。


「また一人で抱え込むつもり?」


 低い声。だが、その奥に激しい感情が渦巻いている。


「わたしの警告を無視して、貴族を信じた。その結果がこれよ。そして今度は、わたしたちを置いて一人で戦うって?」


 スヴィーナが一歩、俺に近づく。猫耳が逆立っていた。


「私たちを信じてないの?」


「信じている!」


 俺は即座に答えた。


「信じているからこそ、二度と危険にさらしたくないんだ!」


「それは信頼じゃない!」


 スヴィーナが俺の胸倉を掴んだ。


「支配よ! 守るという名目で自分の気持ちを押し付けて、私たちの覚悟を踏みにじっているのよ!」


 鋭い言葉が胸を貫いた。


「わたしたちは、あなたの保護対象じゃない。仲間でしょう?」


 スヴィーナの目から、一筋の涙が溢れ落ちた。


「わたしの言葉を信じてくれなかったのが……どれだけ悲しかったか……!」

挿絵(By みてみん)

 俺は言葉を失った。視線が揺れる。何を言えばいいのか、分からない。


「あたしたちは弱くない!」


 パティが叫んだ。小さな拳がテーブルを叩く。


「あたしだって、戦える! みんなの役に立てる! マックスを守れるよ!」


 涙が頬を伝っている。だが、その目は真っ直ぐ俺を見ていた。


 クラリスが静かに立ち上がった。


「仲間とは、弱さを分かち合う存在です」


 穏やかな声。だが、揺るぎない響き。


「あなたが一人で背負うことだけが強いと思うなら、それは間違いです。真の強さは、自分の弱さを認め、仲間に助けを求められることにあります」


 俺は床を見つめた。握りしめた拳が震える。


「……元の世界で、仲間を守れなかった」


 声が途切れ途切れに漏れた。


「俺の判断ミスで、大切な仲間が死んだんだ。だから……また同じ過ちを繰り返したくなかったんだ」


 パティとクラリスが息を呑んだ。スヴィーナは何も言わず、ただまっすぐに俺を見つめていた。


 長い、静寂。


 やがて、スヴィーナの手が胸倉から離れた。


「あなたの過去に何があったのか、詳しいことは知らない」


 スヴィーナが、ゆっくりと手を差し出した。その手が、わずかに震えている。


「でも……今のあなたは一人じゃない。わたしたちがいる」


 俺はその手を見つめた。涙で視界が滲む。


「……すまなかった」


 声が枯れていた。


「お前たちを信じる。本当に、信じる」


 俺はスヴィーナの手を固く握り返した。小さくて、とても温かい手だった。


 パティが駆け寄り、俺の腰に勢いよく抱きついてきた。クラリスが、静かに微笑んでいる。


「次の温泉解放は、みんなで行こう」


 俺は顔を上げた。


「俺一人じゃ、何もできない。お前たちの力が必要だ」


「うん!」


 パティが元気に頷いた。スヴィーナの猫耳が、ピクッと立ち上がる。


「……それでいいのよ」


 スヴィーナが小さく微笑んだ。


 だが、その瞳の奥には、まだかすかな戸惑いと緊張が残っている。


(本当に、俺は変われるのか……?)


 胸の奥の疑問を抱えながらも、俺たちは再び前を向いた。


 窓の外で、静かな夜が深まっていく。

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