第二十四話 砂漠の混浴と絆の深まり
砂漠の夜は、思いのほか冷える。街道を歩き続けていた俺たちは、やがて砂漠の民が用意してくれた野営地にたどり着いた。
焚火が赤々と燃え、その周りに天幕が張られている。
長老が火のそばで待っていた。
「よく来てくれた。今夜はここで休んでいってほしい」
長老は穏やかな笑みを浮かべていた。神官の拒絶とは対照的な、温かい歓迎だった。
「ありがとうございます」
俺はそう答えたが、声に力が入らなかった。
スヴィーナが俺の袖を引く。
「マックス、疲れてるにゃ。少し休もう?」
「……ああ」
天幕の中に案内され、敷かれた毛布の上に腰を下ろす。パティとクラリスも隣に座った。焚火の光が天幕の布を透かして、揺らめく影を作っている。
「明日、復活した温泉を見に来てほしい」
長老が言った。
「都市の民も、あなた方に感謝している。神官の言葉など気にしなくていい」
「……はい」
俺は頷いたが、胸の奥のわだかまりは消えなかった。
(認められなかった。正しいことをしたはずなのに……)
◇
夜が更けても、俺は眠れなかった。天幕の外に出ると、砂漠の夜空に無数の星が瞬いていた。冷たい風が頬を撫でる。砂の匂いと、焚火の煙の匂いが混ざり合っている。
「眠れないの?」
スヴィーナの声がした。振り返ると、彼女が毛布を肩に掛けて立っていた。猫耳が月光に透けて見える。
「……ああ」
俺は星空を見上げた。スヴィーナが隣に座る。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
「あのね」
スヴィーナが静かに言った。
「正しいかどうかなんて、誰にも分からないにゃ」
「……え?」
「神官は神官の正しさがあって、長老は長老の正しさがある。みんな違うの」
スヴィーナは膝を抱えた。尻尾が砂の上でゆっくりと揺れている。
「でも、あなたが信じる道を進めばいい。それが間違ってても、あたしたちがついてるから」
彼女の手が、俺の手を包んだ。小さくて、温かい手だった。
「……ありがとう」
俺はそう答えた。胸の重さが、少しだけ軽くなった気がした。
◇
翌日は野営地でゆっくりと体を休め、夕暮れになる頃、長老に案内されて復活した温泉へ向かった。
砂漠の中に、湯気が立ち上る泉があった。石で囲まれた湯船からは、硫黄の匂いが漂っている。周囲には椰子の木が植えられ、木陰が涼しい影を作っていた。
「どうぞ、ゆっくり浸かっていってください」
長老はそう言って去っていった。
四人で湯に浸かる。温かい湯が、旅の疲れを溶かしていく。肌を撫でる湯の感触が心地よい。空は夕焼けから夜の色へと変わり始めていた。
「ああ……生き返るにゃ……」
スヴィーナが湯に身を沈めて、幸せそうな声を出した。猫耳が湯気に濡れている。
「あったかいねー!」
パティが湯をすくって、顔にかけた。犬耳がぴょこぴょこと動いている。
クラリスは静かに湯に浸かり、星空を見上げていた。金髪が湯に浮かんで、月光を反射している。
「……気持ちいいな」
俺も湯に身を委ねた。砂漠の夜は冷たいが、温泉の温かさがそれを忘れさせてくれる。
湯気が立ち上り、星を隠したり見せたりする。
しばらく、誰も何も言わなかった。湯の音と、遠くで鳴く虫の声だけが聞こえる。
「……昨夜、スヴィーナに言われて少し分かった気がするんだ」
俺は星空を見上げながら、そう呟いた。
「それでも……これから先、また迷うことがあるんだろうな」
拳を握りしめる。湯の中で、その拳が微かに震えていた。
「迷った時は、何度でも思い出せばいいにゃ」
スヴィーナが優しく微笑む。
「あたしたちは信じてるよ。マックスがやってることは、正しいって!」
パティが力強く言った。
クラリスが静かに口を開いた。
「温泉神の試練は、あなた自身の心を試すものかもしれません」
「……心を?」
「ええ。正しさとは何か。力とは何か。それを問い続けることが、試練の本質なのかもしれません」
クラリスの緑の瞳が、月光を映して輝いていた。
俺は湯の中で、ゆっくりと拳を開いた。
「……お前たちがいてくれて、本当に良かった」
その言葉が、自然と口から出た。
「一人じゃ、もう折れてたかもしれない」
スヴィーナが微笑んだ。パティが俺の肩を叩いた。クラリスが静かに頷いた。
四人で星空を見上げる。湯気が星を隠し、また見せる。
温かい湯に身を委ねながら、静かな時間が流れていく。
◇
湯から上がり、砂漠の民が用意してくれた休憩所で休んでいると、壁に飾られた各国の旗や紋章が目に入った。
色とりどりの布に、それぞれの国の象徴が刺繍されている。
スヴィーナが壁に近づいた。そして、銀色の月と薔薇が描かれた紋章の前で動きを止めた。猫耳がピクリと動く。
「……スヴィーナ?」
俺が声をかけると、彼女はハッとして視線を逸らした。
「な、何でもないにゃ」
彼女は無意識に、首元のペンダントを触っていた。小さな銀の飾りが、月光を反射している。
「その紋章……美人国のだな」
クラリスが静かに言った。
「ええと……そう、だったにゃ。昔、見たことがあるだけ」
スヴィーナは早口でそう言って、話題を変えた。
「ね、ねえ、明日はどこに向かうの?」
俺は彼女の横顔を見つめた。何かある。だが、今は聞かない方がいい。そう思った。
「……次の国だ。まだ先は長い」
◇
翌朝、野営地を出発しようとしていると、砂漠の商人が駆け寄ってきた。
「旅の方! ちょっと待ってください!」
息を切らした商人が、俺たちの前で立ち止まった。
「テルマエストロ聖王国――通称『温泉国』の王女が、あなた方を探しているそうです!」
「温泉国……?」
俺は聞き返した。
「ええ! 八十八か国の中心にある、温泉の国です! 王女ディアナ様が、温泉を解放する旅人を探していると!」
商人は興奮した様子で言った。
「あなた方のことを聞いて、ぜひ会いたいと!」
温泉国――。その名に、俺の胸が高鳴った。
「……行こう」
俺は仲間たちを見た。
「温泉国。そこに、何かあるかもしれない」
スヴィーナ、パティ、クラリスが頷いた。
俺たちは砂漠を後にして、温泉国への道を歩き始めた。




