第二十話 四人目の仲間と新たな旅路
湯の温もりが肌を包む。遺跡の温泉は静かに湯気を立て、星空を映していた。
スヴィーナの警戒は、湯に沈んでも消えない。彼女の青い瞳が、遺跡の影を見つめている。パティは隣で気持ちよさそうに伸びをしているが、俺の頭の中はクラリスのことでいっぱいだった。
(本当に、また会えるのか……?)
翌朝、霧が遺跡を包んでいた。
俺たちは野営の準備を終え、次の国へ向かう支度をしていた。
パティが荷物を背負い、スヴィーナが地図を広げている。遺跡の温泉からは、まだ湯気が立ち上っていた。
「マックス、こっちの道でいいにゃ?」
スヴィーナが地図を指差す。俺が頷こうとしたとき、霧の向こうから足音が聞こえた。
三人が同時に振り返る。
霧の中から、金髪のエルフが歩いてきた。青いローブが朝の光を受けて、柔らかく揺れている。クラリスだ。
「おはようございます」
彼女は穏やかに微笑んだ。その手には、小さな荷物が握られている。
「クラリス……」
俺は声を出した。彼女が立ち止まり、俺たちを見つめる。
「一晩考えました。お待たせしました。私も一緒に行きます」
静寂が落ちた。パティが最初に動いた。
「ほんと!? やった!」
パティが駆け寄り、クラリスの手を握る。クラリスは少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「よろしくお願いしますね」
「こっちこそ! あたし、パティ。よろしく!」
パティの尻尾が激しく揺れている。クラリスがその尻尾を見て、小さく笑った。
俺も近づき、手を差し出す。
「よく来てくれた」
クラリスが俺の手を取った。その手は、思ったより冷たい。
「マックス様。これからよろしくお願いします」
「マックスでいい。様もいらない」
「……では、マックス」
クラリスが微笑む。
だが、スヴィーナだけは動かなかった。彼女は地図を持ったまま、クラリスを見つめている。その視線は鋭く、値踏みするようだ。
「スヴィーナ……だったわね」
クラリスが彼女に声をかける。スヴィーナは無言で頷いた。
「よろしく」
短い言葉だけ。スヴィーナの警戒は、まだ解けていない。
クラリスはそれを気にした様子もなく、荷物を背負い直した。
「では、出発しましょうか」
俺たちは遺跡を後にした。
山道を歩きながら、パティが隣でぴょんぴょん跳ねている。
「ねえねえ、クラリスって魔法使えるの?」
「ええ、少しだけ」
「すごい! あたし、魔法見たことないんだ!」
「そのうちお見せしますね」
パティとクラリスの会話が、山道に響く。木漏れ日が二人を照らし、鳥の声が聞こえた。俺は後ろを歩きながら、前を歩く三人を眺めていた。
(これで、四人か……)
スヴィーナが俺の隣に並ぶ。彼女は小声で囁いた。
「マックス……本当に大丈夫にゃ?」
「何が?」
「あの人。まだ信用できないにゃ」
スヴィーナの声は低い。俺は前を歩くクラリスの背中を見た。
「確かに謎は多い。でも、悪い人じゃないと思う」
「……そうだといいけど」
スヴィーナは納得しない様子で、前を向いた。
昼過ぎ、俺たちは小さな川で休憩を取った。
パティが川の水を汲み、クラリスが火を起こす。魔法で火種を作る様子に、パティが目を輝かせていた。
「すごい! 魔法ってこんなに便利なんだ!」
「基本的な術ですよ」
クラリスが謙遜する。だが、その手つきは確かで、火はすぐに安定した。
スヴィーナは川辺に座り、ペンダントを握りしめていた。古い銀のペンダントで、何か刻印が彫られている。
「スヴィーナ、どうした?」
俺が声をかけると、彼女は慌ててペンダントを服の中に隠した。
「な、なんでもないにゃ」
「そうか……」
彼女の様子がおかしい。だが、それ以上は聞けなかった。
「家族みたいだね!」
パティが突然言った。俺たち三人が同時に彼女を見る。パティは無邪気に笑っている。
「だって、こうやってみんなで旅してるの、家族みたいじゃん!」
「家族……」
スヴィーナが小さく呟いた。その声は、どこか遠い。
「良い言葉ですね」
クラリスが微笑む。だが、その微笑みには影があった。
俺は黙っていた。
(家族か……)
元の世界の仲間たちを思い出す。俺が守れなかった、大切な仲間たち。
「マックス?」
パティが心配そうに覗き込む。俺は首を振った。
「いや、なんでもない」
「そっか」
パティは納得して、また火の世話を始めた。
四人それぞれが、「家族」という言葉に何かを感じている。だが、誰もそれを口にしなかった。
夜になり、俺たちは野営地の近くで小さな温泉を見つけた。封印された社のものではなく、山道にひっそりと湧き出ている天然の温泉のようだ。
「温泉だ!」
パティが喜んで駆け寄る。湯気が立ち上り、硫黄の匂いが鼻をつく。
「ここで休みましょう」
クラリスが提案し、俺たちは温泉に浸かることにした。
星空が広がり、湯の音だけが静かに響く。
四人で湯に浸かりながら、しばらく誰も口を開かなかった。
「……温泉神の試練は、これから厳しくなるでしょうね」
クラリスが突然言った。俺は彼女を見る。
「どうしてそう思う?」
「古い伝承に書かれていました。温泉を解放するほど、魔物は強くなると」
「伝承……?」
「ええ。温泉神についての、古い文献です」
クラリスの声は穏やかだが、その表情は一瞬曇った。
「お前も、温泉神のことを知っているのか?」
俺の問いに、クラリスは少し考えるような仕草を見せた。
「……古い伝承で読んだだけです。詳しいことは分かりません」
曖昧な答えだ。スヴィーナが身を乗り出す。
「あなた、本当は何者なの?」
スヴィーナの声は鋭い。クラリスはその視線を受け止め、穏やかに微笑んだ。
「ただの魔法使いですよ」
「嘘にゃ。普通の魔法使いが、あんなに詳しく魔物の弱点を知ってるわけない」
「……研究の成果です」
「研究だけで?」
スヴィーナは食い下がる。だが、クラリスは答えない。
沈黙が落ちた。
「まあまあ、仲良くしようよ!」
パティが間に入る。
「クラリスだって、悪い人じゃないでしょ? あたしたちを助けてくれたし!」
「それは……そうだけど」
スヴィーナは納得しない様子で、湯に沈んだ。
クラリスは静かに星空を見上げている。その横顔に、何か複雑な感情が浮かんでいた。
「四人で力を合わせれば、大丈夫だよ!」
パティが明るく言う。その言葉に、クラリスが小さく微笑んだ。
「そうですね。頼りにしています」
俺も頷く。
「ああ。これからよろしく頼む」
「はい」
クラリスが答える。だが、その声には何か、言葉にできない重さがあった。
湯に浸かりながら、俺は考えていた。
(クラリスは、何を隠している……?)
だが、今はそれを問い詰めるべきではない。彼女が話す時が来るまで、待つべきだ。
翌朝、俺たちは再び旅に出た。
四人で歩く道は、三人の時より賑やかだ。
パティの明るい声、スヴィーナの冷静な指示、クラリスの穏やかな助言。そして俺は、四人を見守りながら歩いている。
(これからどうなるんだろう……)
温泉神の試練は、まだ始まったばかりだ。だが、四人で力を合わせれば、きっと乗り越えられる。
そう信じて、俺たちは次の国へ向かった。




