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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第二章【承】広がる噂と絆の深まり、そして温泉国への到達

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第十七話 山岳国と頑固な村長


 三日間、俺たちは山道を登り続けた。足元の石が、踏むたびにゴリゴリと音を立てる。木々の間を抜ける風が、汗ばんだ首筋を冷やしていく。


 パティの息が、背後で少し荒くなっているのが聞こえた。


「もうすぐ……だよね?」


 パティが声をかけてくる。俺は頷いた。


「ああ。地図によれば、この先に村がある」


 スヴィーナが前方を指差した。木々の隙間から、石造りの建物が見えている。山の斜面に張り付くように、家々が並んでいた。ここが、ガルドラ山岳王国――通称「山岳国」の村らしい。


「着いたにゃ」


 ほっとした声だった。俺も同じ気持ちだ。三日間の登山は、想像以上に体力を削った。


 村の入口に、石造りの門が見えてきた。門の前に、槍を持った見張りが二人立っている。俺たちが近づくと、槍を交差させて道を塞いだ。


「止まれ。何の用だ」


 低い声だった。見張りの男は、俺たちを警戒した目で見ている。


「俺たちは旅の者だ。この村の温泉を解放しに来た」


 俺は勾玉を取り出して見せた。青い光が、午後の日差しを受けて鈍く輝く。見張りの男が、眉をひそめた。


「温泉? そんなもの、この村にはいらん」


「いや、待ってくれ。温泉は神の恵みで――」


「村長を呼んでくる。ここで待て」


 男は俺の言葉を遮って、門の奥へ消えていった。残された見張りが、無言で槍を構えたまま立っている。


 俺はスヴィーナとパティを振り返った。二人とも、疲れた顔をしている。スヴィーナの銀髪が、汗で額に張り付いていた。パティは犬耳を伏せて、足を引きずるように立っている。


「大丈夫か?」


「平気にゃ。ちょっと疲れただけ」


 スヴィーナが笑ってみせたが、その笑顔は少し弱々しかった。


 しばらくして、門の奥から足音が聞こえてきた。見張りの男が戻ってくる。その後ろに、白い髭を蓄えた老人が続いていた。


「お前たちが温泉を解放しに来たと?」


 老人が俺たちを見下ろした。腕を組んで、一歩も動かない。村長だろう。


「そうだ。俺たちは温泉神の使いで――」


「温泉など不要だ」


 村長が言い切った。その声には、揺るぎない確信があった。


「山の神を怒らせるわけにはいかん。お前たちは帰れ」


(え……?)


 俺は言葉に詰まった。これまで訪れた国では、温泉の解放を拒まれたことはなかった。みんな、温泉を待ち望んでいた。


「待ってくれ。温泉は神の恵みだ。人々を癒し、幸せにするものなんだ」


「山の神こそが我々の信仰だ。温泉神など知らん」


 村長は視線を逸らさなかった。俺の目をまっすぐ見据えて、一歩も引かない。


「だが、温泉は――」


「お前たちを村に入れるわけにはいかない。帰れ」


 村長が手を振った。見張りたちが、門を閉めようと動き出す。


(どうする……?)


 俺は言葉を探した。だが、何を言えばいいのか分からなかった。力で解決できる問題じゃない。説得するしかないのに、相手は聞く耳を持たない。


 その時、スヴィーナが一歩前に出た。


「待ってくださいにゃ」


 村長がスヴィーナを見た。彼女は深呼吸をして、落ち着いた声で続けた。


「温泉神と山の神は、対立しないはずです。どちらも自然の恵みを司る神様にゃ。もし、この村に古い記録があれば、見せていただけませんか?」


 村長が眉をひそめた。


「古い記録だと?」


「はい。温泉と山の神の関係について、何か書かれているかもしれません」


 スヴィーナの声は、穏やかだった。だが、そこには確かな説得力があった。村長は少し考えてから、見張りの一人に顎をしゃくった。


「古老を呼んでこい」


 見張りが走っていく。俺はスヴィーナを見た。彼女は小さく頷いて、微笑んだ。


(スヴィーナ……)


 俺は何も言えなかった。ただ、彼女の機転に感謝した。


 やがて、杖をついた老人が現れた。腰が曲がり、白い髭が胸まで伸びている。古老だろう。


「村長、何の用じゃ?」


「この娘が、古い記録を見たいと言っている。温泉と山の神の関係についてだ」


 古老が、俺たちをじっと見た。濁った目が、何かを見定めるように動く。


「……そうか。ならば、見せてやろう」


 古老が門の奥へ歩いていく。村長が渋々といった様子で、俺たちを手招きした。


「ついて来い。だが、変なことをすれば容赦せん」


 俺たちは門をくぐった。村の中は、思ったより広かった。石造りの家々が、斜面に沿って並んでいる。住民たちが、警戒した目で俺たちを見ていた。


 古老の家は、村の奥にあった。小さな石造りの建物で、中は薄暗かった。古老が棚から、古い巻物を取り出す。埃が舞い上がり、鼻をくすぐった。


「これじゃ」


 古老が巻物を広げた。黄ばんだ紙に、古い文字が書かれている。村長が身を乗り出して、文字を読み始めた。その表情が、みるみる変わっていく。


「……『温泉は山の神の恵み』……だと?」

挿絵(By みてみん)

 村長が呟いた。その声は、驚きに震えていた。


「そう書いてあるにゃ」


 スヴィーナが静かに言った。村長は巻物を見つめたまま、動かなかった。


「……本当に、山の神が認めるのか」


 村長が顔を上げた。その目には、まだ疑念が残っている。


「まだ完全に信じたわけではない。山の神を怒らせないという保証もないからな。だが……お前たちの話を聞いてみよう」


 村長の声には、葛藤が滲んでいた。だが、先ほどのような一方的な拒絶ではなかった。


「ああ。俺たちの真意を確かめてくれ」


 俺は答えた。村長が腕を組み、小さく息を吐いた。


「……滞在することは許す。だが、見張りはつける」


 俺たちは古老の家を出て、村の広場へ向かった。住民たちの視線が、まだ刺さってくる。だが、少なくとも追い出されることは免れた。


 パティが、村の広場で遊んでいる子供たちを見つけた。犬耳をぴくぴく動かして、嬉しそうに尻尾を振っている。


「ねえ、あたしちょっと子供たちと遊んでくる!」


 パティが駆け出していった。子供たちが、パティの犬耳を見て目を輝かせる。


「わあ、犬耳だ!」


「本物?」


 子供たちがパティを囲んだ。パティが笑いながら、耳を触らせている。その笑い声が、広場に響いた。


「温泉があればね、冬でもあったかいお風呂に入れるんだよ」


 パティが子供たちに話しかけている。子供たちが「本当?」と身を乗り出した。


「うん! あたしたち、いろんな国で温泉を解放してきたの。みんな喜んでくれたよ」


「すごい!」


「ねえ、お父さんにも教えてあげよう!」


 子供たちが親のもとへ走っていく。親たちが困ったように笑いながら、子供たちの話を聞いていた。


 その様子を、村長が遠くから見ていた。子供たちが村長のところへ走ってくる。


「村長! 温泉があれば暖かいんだって!」


「冬でもポカポカのお風呂に入れるの?」


 子供たちが村長の服を引っ張った。村長が、困ったように子供たちを見下ろす。


「……そうか」


 村長が小さく呟いた。その表情が、少しだけ緩んだ。


 村長が俺のところへ歩いてくる。


「……分かった。温泉の解放を認めよう」


 村長が言った。だが、その目は厳しいままだった。


「ただし、山の神を怒らせたらお前たちの責任だ。いいな」


「分かった」


 俺は答えた。村長が頷いて、去っていく。


 俺は勾玉を握りしめた。掌に、温かい感触が伝わってくる。


(信仰の違い……か)


 これまでとは違う重圧が、胸にのしかかっていた。だが、やるしかない。


 俺は山の方を見上げた。夕日が、山肌を赤く染めている。

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