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温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第二章【承】広がる噂と絆の深まり、そして温泉国への到達

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第十六話 夢の中の仲間たち


 街道は東へ、山の方へと続いていた。俺たちは黙々と歩いた。


 太陽が昇り、影が短くなる。昼過ぎに小さな川のほとりで休憩を取り、パンと干し肉を食べた。


 パティが川で顔を洗い、スヴィーナは木陰で膝を抱えて座っていた。


 それから五日が過ぎた。


 街道は次第に山道へ変わり、木々が深くなっていった。村も宿場もない。俺たちは野営を繰り返しながら進んだ。


 五日目の夜、森の中に野営地を作った。


 焚き火を囲んで夕食を済ませ、俺たちは寝袋に入った。焚き火の薪が爆ぜる音が、静かな夜に響いている。


 パティはすぐに寝息を立て始めた。スヴィーナも目を閉じている。


 俺は空を見上げた。木々の隙間から星が見える。


(……疲れたな)


 目を閉じた。焚き火の温かさが、頬に届く。眠りに落ちた。


 だが、その眠りは浅かった。


 暗闇の中で、俺は走っていた。


 誰かの悲鳴が聞こえる。振り返ると、仲間が倒れていた。血が地面に広がっている。


「待ってくれ……!」


 俺は叫んだ。だが、声が出ない。足が動かない。


 仲間が俺を見た。その目が、何かを訴えている。


「すまない……守れなかった……!」


 俺は手を伸ばした。だが、届かない。指先が空を掴む。


 仲間の姿が消えた。暗闇だけが残った。


「……ッ!」


 飛び起きた。息が荒い。額に冷や汗が浮かんでいる。心臓が激しく打っていた。


 焚き火の残り火が、弱く明滅していた。薪が崩れて、灰が舞い上がる。


「……マックス?」


 スヴィーナの声が聞こえた。彼女が寝袋から上半身を起こしている。猫耳がこちらを向いていた。


 パティも目を覚ましたらしい。寝袋から這い出して、俺の方へ近づいてくる。


「大丈夫? うなされてたけど……」


 パティの琥珀色の瞳が、心配そうに俺を見つめている。犬耳が不安そうに揺れていた。

「……すまない、起こしてしまった」


 俺は首筋の汗を拭った。手が微かに震えている。


 スヴィーナが俺の隣に座った。青い瞳が、静かに俺を見つめている。


「……あなたにも、何か辛いことがあったのね」


 彼女の声は優しかった。だが、俺は答えられない。喉が詰まったように、言葉が出てこない。


 俺は焚き火に薪をくべた。乾いた木が火に触れ、炎が再び燃え上がる。パチパチと音を立てて、火の粉が舞い上がった。


 パティが俺の反対側に座った。三人で、焚き火を囲む形になる。


 沈黙が続いた。火が燃える音だけが、夜の森に響いている。遠くでフクロウが鳴いた。

「……マックスは、あたしたちを守ってくれてる」


 パティが口を開いた。彼女は拳を握りしめて、前を向いている。


「温泉の解放のときも、奴隷商人から逃げるときも……いつもあたしたちを守ってくれた。だから……今度はあたしたちがマックスを守る」


 彼女の声は力強かった。尻尾がぴんと立っている。


「そうね」


 スヴィーナが頷いた。彼女は俺の肩に手を置いた。その手は小さくて、温かかった。


「あなた一人に背負わせない。わたしたちは……仲間でしょう?」

挿絵(By みてみん)

 俺は二人の顔を見た。スヴィーナの青い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。パティの琥珀色の瞳も、同じように俺を見ていた。


 喉の奥が熱くなった。何か言おうとしたが、言葉がうまく出てこない。


「……お前たちが、いてくれて良かった」


 ようやく、そう言えた。


 スヴィーナが微笑んだ。パティが嬉しそうに尻尾を振った。


 焚き火の炎が、三人を照らしている。影が揺れて、木々に映っていた。


「もう少し寝ましょう。明日も歩くんだから」


 スヴィーナが言った。彼女は寝袋に戻る。パティも頷いて、自分の寝袋へ戻っていった。

 俺も寝袋に入った。焚き火の温かさが、再び頬に届く。


 目を閉じた。だが、すぐには眠れなかった。


(また……仲間を失うかもしれない)


 その恐怖が、胸の奥に残っている。爪のように、心を引っ掻いている。


 だが、スヴィーナとパティの言葉が、心に残っていた。


(……俺一人じゃない)


 そう思うと、少しだけ、恐怖が和らいだ気がした。


 ◇


 夜が明けた。


 朝もやが森を覆っている。草が露に濡れて、ひんやりとした空気が肌に触れる。


 俺たちは寝袋を片付けた。焚き火の跡に水をかけ、灰を埋める。


 パティが荷物を背負い、スヴィーナが鼻歌を歌いながら髪を結んでいた。


 東の空が明るくなってきた。山並みが、朝日を受けて輪郭を浮かび上がらせている。


 俺はその山並みを見つめた。勾玉を握りしめる。温かい感触が、掌に伝わってくる。


「次の温泉はどんなかな?」


 パティが明るく話しかけてきた。彼女の笑顔が、朝の光を浴びて輝いている。


「……さあな。だが、きっと解放できる」


 俺は答えた。スヴィーナが俺の方を見て、小さく頷いた。


 三人で野営地を後にした。


 山道が、東へと続いている。足元の土は柔らかく、木の根が這っていた。


 俺の足取りは、まだ少し重かった。だが、止まらなかった。


 前を向いて、歩き続けた。

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