第十六話 夢の中の仲間たち
街道は東へ、山の方へと続いていた。俺たちは黙々と歩いた。
太陽が昇り、影が短くなる。昼過ぎに小さな川のほとりで休憩を取り、パンと干し肉を食べた。
パティが川で顔を洗い、スヴィーナは木陰で膝を抱えて座っていた。
それから五日が過ぎた。
街道は次第に山道へ変わり、木々が深くなっていった。村も宿場もない。俺たちは野営を繰り返しながら進んだ。
五日目の夜、森の中に野営地を作った。
焚き火を囲んで夕食を済ませ、俺たちは寝袋に入った。焚き火の薪が爆ぜる音が、静かな夜に響いている。
パティはすぐに寝息を立て始めた。スヴィーナも目を閉じている。
俺は空を見上げた。木々の隙間から星が見える。
(……疲れたな)
目を閉じた。焚き火の温かさが、頬に届く。眠りに落ちた。
だが、その眠りは浅かった。
暗闇の中で、俺は走っていた。
誰かの悲鳴が聞こえる。振り返ると、仲間が倒れていた。血が地面に広がっている。
「待ってくれ……!」
俺は叫んだ。だが、声が出ない。足が動かない。
仲間が俺を見た。その目が、何かを訴えている。
「すまない……守れなかった……!」
俺は手を伸ばした。だが、届かない。指先が空を掴む。
仲間の姿が消えた。暗闇だけが残った。
「……ッ!」
飛び起きた。息が荒い。額に冷や汗が浮かんでいる。心臓が激しく打っていた。
焚き火の残り火が、弱く明滅していた。薪が崩れて、灰が舞い上がる。
「……マックス?」
スヴィーナの声が聞こえた。彼女が寝袋から上半身を起こしている。猫耳がこちらを向いていた。
パティも目を覚ましたらしい。寝袋から這い出して、俺の方へ近づいてくる。
「大丈夫? うなされてたけど……」
パティの琥珀色の瞳が、心配そうに俺を見つめている。犬耳が不安そうに揺れていた。
「……すまない、起こしてしまった」
俺は首筋の汗を拭った。手が微かに震えている。
スヴィーナが俺の隣に座った。青い瞳が、静かに俺を見つめている。
「……あなたにも、何か辛いことがあったのね」
彼女の声は優しかった。だが、俺は答えられない。喉が詰まったように、言葉が出てこない。
俺は焚き火に薪をくべた。乾いた木が火に触れ、炎が再び燃え上がる。パチパチと音を立てて、火の粉が舞い上がった。
パティが俺の反対側に座った。三人で、焚き火を囲む形になる。
沈黙が続いた。火が燃える音だけが、夜の森に響いている。遠くでフクロウが鳴いた。
「……マックスは、あたしたちを守ってくれてる」
パティが口を開いた。彼女は拳を握りしめて、前を向いている。
「温泉の解放のときも、奴隷商人から逃げるときも……いつもあたしたちを守ってくれた。だから……今度はあたしたちがマックスを守る」
彼女の声は力強かった。尻尾がぴんと立っている。
「そうね」
スヴィーナが頷いた。彼女は俺の肩に手を置いた。その手は小さくて、温かかった。
「あなた一人に背負わせない。わたしたちは……仲間でしょう?」
俺は二人の顔を見た。スヴィーナの青い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。パティの琥珀色の瞳も、同じように俺を見ていた。
喉の奥が熱くなった。何か言おうとしたが、言葉がうまく出てこない。
「……お前たちが、いてくれて良かった」
ようやく、そう言えた。
スヴィーナが微笑んだ。パティが嬉しそうに尻尾を振った。
焚き火の炎が、三人を照らしている。影が揺れて、木々に映っていた。
「もう少し寝ましょう。明日も歩くんだから」
スヴィーナが言った。彼女は寝袋に戻る。パティも頷いて、自分の寝袋へ戻っていった。
俺も寝袋に入った。焚き火の温かさが、再び頬に届く。
目を閉じた。だが、すぐには眠れなかった。
(また……仲間を失うかもしれない)
その恐怖が、胸の奥に残っている。爪のように、心を引っ掻いている。
だが、スヴィーナとパティの言葉が、心に残っていた。
(……俺一人じゃない)
そう思うと、少しだけ、恐怖が和らいだ気がした。
◇
夜が明けた。
朝もやが森を覆っている。草が露に濡れて、ひんやりとした空気が肌に触れる。
俺たちは寝袋を片付けた。焚き火の跡に水をかけ、灰を埋める。
パティが荷物を背負い、スヴィーナが鼻歌を歌いながら髪を結んでいた。
東の空が明るくなってきた。山並みが、朝日を受けて輪郭を浮かび上がらせている。
俺はその山並みを見つめた。勾玉を握りしめる。温かい感触が、掌に伝わってくる。
「次の温泉はどんなかな?」
パティが明るく話しかけてきた。彼女の笑顔が、朝の光を浴びて輝いている。
「……さあな。だが、きっと解放できる」
俺は答えた。スヴィーナが俺の方を見て、小さく頷いた。
三人で野営地を後にした。
山道が、東へと続いている。足元の土は柔らかく、木の根が這っていた。
俺の足取りは、まだ少し重かった。だが、止まらなかった。
前を向いて、歩き続けた。




