↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
温泉神の試練 〜八十八か国を巡る魔物退治と混浴の旅〜  作者: サンサンマツリ
第一章【起】異世界転生と最初の仲間たち(スヴィーナ・パティとの出会い)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/51

第十二話 森の国と薬草師の依頼


 俺は窓から離れ、二人に振り返った。


「すぐに出る」


 スヴィーナが立ち上がった。パティの犬耳がぴくりと動く。


「追手……ですか?」


 パティが震える声で尋ねた。俺は頷いた。


「奴隷商人だ。大勢連れてる」


 スヴィーナは荷物をまとめ始めた。動きが素早い。パティは固まったまま、窓の外を見ている。松明の光が近づいてくる。蹄の音が大きくなった。


「パティ」


 俺が呼びかけると、彼女はびくりと肩を震わせた。


「あたし……どうすれば……」


 彼女の声が途切れる。犬耳が垂れ下がっていた。


「逃げるぞ」


 俺は言った。


「お前を渡すつもりはない」


 パティは俺を見つめた。琥珀色の瞳が揺れている。それから、彼女は小さく頷いた。


「あたし……」


 彼女が口を開く。声が震えていた。


「あたし……逃げたい」


 その言葉を聞いて、俺は息を呑んだ。パティが初めて、自分の意志を口にした。


「分かった」


 俺は彼女の肩に手を置いた。


「一緒に逃げよう」


 スヴィーナが荷物を背負い、俺たちの手を引いた。


「裏口から出ましょう」


 ◇


 夜の森は静かだった。木々の間を縫うように走る。足元の枯れ葉が音を立てた。

挿絵(By みてみん)

 後ろから、松明の光が揺れている。蹄の音が遠くで響いていた。


「こっち、にゃ!」


 スヴィーナが猫耳を立てて、茂みの奥を指差した。


 俺たちは身を屈めて、茂みの中に滑り込む。土の湿った匂いがした。虫の鳴き声が耳をつんざく。


 松明の光が近づいてくる。男たちの声が聞こえた。


「この辺りのはずだ」


「見つけ次第、捕まえろ」


 俺たちは息を殺した。パティが俺の袖を握っている。彼女の手が震えていた。


 松明の光が茂みの前を通り過ぎる。男たちの足音が遠ざかった。しばらくして、森が再び静かになった。


「……行ったみたいね」


 スヴィーナが小声で言った。俺は頷いた。


「まだ油断するな。夜明けまで動かない」


 ◇


 夜明け前、空が白み始めた。鳥の鳴き声が森に響く。冷たい空気が肌を刺した。


 パティは木の根元に座り込んでいた。犬耳が垂れ下がり、尻尾が動かない。彼女は膝を抱えて、小さく震えていた。


「パティ」


 俺が声をかけると、彼女は顔を上げた。目が赤い。泣いていたのか。


「あたし……言えた……」


 彼女が呟いた。


「逃げたいって……自分で言えた……」


 俺は彼女の隣に座った。


「よく頑張ったな」


 パティは俺を見つめた。それから、小さく笑った。涙が頬を伝う。


「ありがとう……マックス」


 スヴィーナが俺たちの隣に座り、パティの頭を撫でた。


「これからも、少しずつ進んでいきましょう」


 ◇


 五日間、森を抜けて歩き続けた。途中で何度か追手の気配を感じたが、森の奥深くに逃げ込むことで振り切った。


 パティの鋭い嗅覚と、スヴィーナの優れた聴覚が役に立った。


 六日目の朝、俺たちは再びシルヴァーナ公国――森の国へ入った。以前訪れた村とは離れた、森深くの小さな村で、家々の屋根は苔むしている。空気は湿っていて、薬草の匂いが漂っていた。


 村の中心に、薬草師の小屋があった。干された薬草が軒先に吊るされている。


 扉を開けると、さらに濃い薬草の匂いが鼻をついた。


「ようこそ」


 奥から老人が現れた。白髪で背中が丸まっている。薬草師だろう。


「あんたたちが、噂の温泉を解放している旅人か?」


 俺は頷いた。


「そうだ。この国の温泉はどこにある?」


 薬草師は目を細めた。


「温泉が復活すれば、薬草がよく育つ。それは助かる」


 彼は咳き込んだ。奥の部屋から、別の咳き込む音が聞こえる。病人がいるのか。


「だが、その前に頼みがある」


 薬草師が言った。


「森の奥に、希少な薬草が生えている。それを取ってきてほしい。病人がいるんだ」


 俺は眉をひそめた。


「温泉を先に解放すれば、病人の助けにもなるんじゃないのか?」


 薬草師は首を横に振った。


「病人が死んでからでは遅い。温泉はその後でいい」


 俺は拳を握りしめた。胸の中で何かが引っかかる。


(俺は温泉を解放するために来たんだ。それなのに……)


 だが、奥の部屋から再び咳き込む音が聞こえた。苦しそうな、か細い声。


 スヴィーナが俺の肩に手を置いた。


「マックス」


 彼女が小声で言う。


「その依頼を受けましょう。病人を見捨てるわけにはいかないわ」


 俺は黙り込んだ。彼女の言う通りだ。だが、なぜか素直に頷けない。


「あたしが!」


 パティが前に出た。犬耳が立っている。


「あたしが薬草を見つけます! 鼻が利くから!」


 彼女の尻尾が揺れていた。初めて、自分から動こうとしている。


 俺は深く息を吐いた。


「……分かった」


 ◇


 森の奥は暗かった。木漏れ日が地面に斑点を作る。湿った土の匂いと、腐葉土の匂いが混ざっていた。


 パティは鼻を利かせながら、周囲の匂いを探っている。犬耳がぴくぴく動いた。


「こっちです!」


 彼女が走り出す。俺たちは後を追った。


 しばらく進むと、パティが立ち止まった。彼女は茂みの中を指差す。


「あれです!」


 茂みの奥に、白い花が咲いていた。小さく、だが確かに光を放っている。希少な薬草だ。

 パティは誇らしげに尻尾を揺らした。


「見つけた!」


 俺は薬草を手に取った。柔らかくて、冷たい。


(これで……病人が助かる……)


 だが、胸の中のもやもやは消えなかった。


(俺は本当に、正しいことをしているのか……?)


 ◇


 村に戻り、薬草を薬草師に渡した。彼は深く頭を下げた。


「ありがとう。明日、温泉の場所を案内しよう」


 その夜、俺たちは村の宿で休んだ。窓の外から、森の夜の音が聞こえる。虫の鳴き声と、風が木々を揺らす音。


 スヴィーナが俺の隣に座った。


「マックス」


 彼女が囁く。


「あなたは優しすぎるのよ」


 俺は彼女を見た。


「優しい……?」


「自分を責めすぎてる」


 彼女が微笑んだ。


「病人を助けるのは、悪いことじゃないわ」


 俺は窓の外を見た。月明かりが森を照らしている。


「でも……俺は温泉を解放するために来たんだ。それなのに……」


「温泉も、病人も、どちらも大切」


 スヴィーナが言った。


「あなたはそれを分かってる。だから苦しんでるのよ」


 俺は黙った。彼女の言葉が胸に沁みる。


 その時、窓の外で何かが動いた。影が横切る。


 俺は立ち上がった。


「誰かいる」


 窓を開けると、森の奥から低い唸り声が聞こえた。獣の声。だが、普通の獣じゃない。魔物だ。


 そして、その唸り声は一つじゃなかった。複数の魔物が、森の奥で蠢いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。