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「なぜだ」


 最初の第一声がそれだった。


「なぜ俺を殺さなかった」


 唯一氷塊から覗かせている顔から、パドラスは僕に疑問を投げかけた。

 それはごもっともな質問だ。

 あの時、僕はためらった。このまま殺してしまってもいいのか。

 だから、あくまで頭を除いた体表だけを凍結させるように魔法に指向性を与えた。

 パドラスと話がしたかったのだ。


「僕、実は『己が守るべきものを守り抜け』って竜神様の御言葉にずっと反感を持ってたんだ」


 それは僕の心の一番柔らかなところを曝け出す言葉だった。

 僕は続けて、ポツリポツリと心の内を漏らす。


「僕は何かに尽くして生きるのなんて嫌だ。僕は僕のために生きたいってずっと思ってた。だから、誰かを守ろうだなんてこれっぽちも考えていなかったんだ」


 そう、こんな風に命懸けで誰かのために戦うなんてガラじゃない。

 らしくない。らしくないって思ってたのにな。


「けど、このままこの町の人たちを見捨てるのは嫌だって思った。だって、ここにいたちょっとの時間は楽しかったから」


 ルキやマリー、町の子供たちは僕と仲良くしようとしてくれた。

 その子たちが害されるなんて真っ平ごめんだった。


「町の人を守りたいって思った。町の人たちに無事でいてほしくて、──誰のためでもない、僕のために君たちと戦ったんだ」


 それは確かに僕の願いだったから。

 だから、これは僕のためだ。


「で、俺にその話をして何が望みだ」


 顔以外氷漬けにされたままのパドラスは、話が見えないと訝しむ表情を露わにする。

 ……本題に入ることにする。


「僕は町の人を守りたいだけだ。殺しがやりたいわけじゃない。だから、僕に君を殺させないでほしい。君がこのまま町から立ち去ってくれるなら魔法を解く」

「――カッコ悪いな」


 パドラスは舌打ちをして、顔を憎々しげに歪めた。


「殺すのが怖くて手を下せない小僧も、そんな小僧に情けをかけられている俺も」


 彼の言うように、僕はカッコ悪いんだと思う。

 悪漢に情けをかけても、また別の知らないどこかで被害者が出るんだろうに。

 なら、いまここで僕が手を汚す方が世界はきっと幸福なのに。

 それでも、僕にはできそうもなかった。

 少しの間が空いた。

 

「わかった。敗者は勝者の意向に従うのが筋だ」


 どうやらパドラスは僕の要求を呑んでくれるみたいだ。

 観念したように長いため息を吐いた。

 僕はほっと胸を撫で下ろすけど、油断しちゃいけない。

 相手は歴戦の猛者だ。


「そんなこと言って、魔法解除した瞬間、襲い掛かったりしない?」

「しない、しない」


 パドラスは苦笑しながら唯一自由が利く首を振って否定した。

 ……その感じ的に、騙し討ちとかはなさそう、かな。


「なら、いいけど」


 魔法を解きつつ、一応身構える。

 僕の与えた指向性の通り、氷はパキパキとひび割れて瓦解した。

 辺りに崩れた氷のカケラが散乱する。

 パドラスは倒れ込むようにして解放された。


「はあ、散々な目に遭った」


 僕の警戒をよそにパドラスは体の霜をあらかた手で払うと、すぐに踵を返して去っていく。

 町とは、別の方向に。


「ねえ、どこ行くの? 仲間は──」

「豚箱にでもぶち込んでおけ。俺は雇われていただけだ。仲間じゃない」


 確かに、ずっとクライアントって言ってた。

 そっか、あくまで雇い雇われで思い入れとかがあるわけじゃないのか。

 じゃあ、村に帰ったら捕縛の準備をして一人一人術を解かないと。

 なんてことを頭の中で試算していると、パドラスが不意に立ち止まった。

 どうしたんだろう。

 不思議がりつつ警戒していると、パドラスは肩越しに首だけで振り返って僕を見た。


「俺は俺の真に【己が守るべきもの】だったものを守り抜けなかった。お前はそうはなるな」


 それは先達からの助言だった。

 僕には目の前の歴戦の猛者である地竜の戦士のことなんてなにもわからない。

 けど、きっと何かがあったんだろう。


「お前は、お前の【己が守るべきもの】を守り抜け。――じゃあな」


 それだけ言い残すと、今度こそ本当にパドラスは去っていった。

 その言葉の重さに僕は一瞬呆気に取られていた。

 けど、すぐに脳裏にルキやマリーの顔が思い浮かんだ。


「いっけない、町の様子を確認しなきゃ」


 逸る気持ちのまま、僕は翼を広げて飛び立った。

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