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 町外れの森にて僕とパドラスは逃走劇、もしくは追走劇を繰り広げていた。

 夕陽はすっかり沈み、宵闇が迫る。


「逃げるだけか? 逃げるだけなら獣でもできるぞ!」


 パドラスは、木々を薙ぎ倒しながら飛び回る僕を追いかけてくる。

 まるで地震の擬人化のように、通りすぎるだけで地形を一変させている。


(これが地竜族の膂力……!)


 それを一身に向けられて、僕は戦慄していた。

 しかも、環境破壊だけに飽き足らず、こちらに向けて岩の散弾を飛ばしてくるのだ。

 対して僕は木々の間を縫うようにどうにか射線を避けて飛び続けた。

 飛び道具に対しては必ず晒す面積を小さくしてジグザグに動き続けるしかない。


「はぁ……っ、ぜぇはぁ……」


 けど、水竜族は飛ぶのがあまり得意じゃない。息が上がる。肺が爆発しそう。

 攻撃に捉えられるのは、時間の問題だった。

 水の回廊って移動魔法を使うって手段もあるけど……、相手は手練だ。

 単純な思考をする魔物や自動防衛装置相手ならともかく、進路が丸わかりの水の回廊に偏差で先回りして攻撃を撃ち込まれたらそれだけで終わる。

 格上の猛者相手に使える手段じゃない。

 だから、目的の場所まで気張って飛ぶしかない。


(あともう少し……!)


 そう思った次の瞬間だ。

 突如、脇腹に鋭い痛みが走る。


「ガァッ」


 痛みに呼吸が詰まる。そのまま僕は墜落した。

 撃ち落とされたのだと、気づいたのは地面に体が叩きつけられてから。

 ズキズキと脇腹が痛む。見れば、脇腹が抉られて出血していた。

 ジワリジワリ血が滲んで滴っている。

 流水の加護のおかげで直撃は免れているけれど、重症だ。

 けれど、いまは治療してる暇なんてない。

 木々が薙ぎ倒される音がすぐ側までやって来ていた。


「クソぅ……、もうなんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないかなあ……」


 泣き言を言いつつも、僕は這々の体で足を引きずるようにして歩を進めた。

 幸い、目的の場所までは近い。だって、川のせせらぎが聞こえている。

 それだけを頼りに必死で歩き続ける。

 そして、視界が開けた。

 森の小川だ。

 僕はルキと一緒に水浴びをした川縁にまでやってきていた。

 ここが僕の終着点。

 辺りを見渡して確認する。空も暗くなって来ていた。

 僕は川に着水する。抉られた脇腹に水が沁みて痛むけれど、僕は水の眷属でもある。

 徐々に水が僕の体を癒してくれていた。

 そうして、息を詰めているとザッザッと足音がした。

 現れる、筋骨隆々な体。

 その持ち主は僕に問いかけた。


「なぜ抗う?」

「……なぜって?」


 問の意味がわからず、聞き返す。


「お前はあのまま逃げていればよかった。どうせ【ガーディアン】になって欲しいと懇願されただけなのだろう? なぜ死にに戻ってきた」


 二人きりになったからか、パドラスはさっきよりも饒舌だった。

 僕に向けて憐れむような視線を向ける。

 そうだよね、理屈の上では多分そうなんだと思う。

 僕だって、頭ではそう思ってる。

 けど、さ。


「……人間でも竜でもさ。自分が戦わなきゃいけない時ってあると思うんだ。僕には今がその時だったってだけだよ」

「……そうか。そうだな」


 それ以上なにも言わずに、パドラスは静かに構えを取った。

 会話は終わりってことね。

 なら、早速、僕は先手を打たせてもらう!


「水よ! 貫く槍となれ!」


 触れている川の水に指向性を与えて、形を与える。

 鋭利な穂先を模った流水が一斉にパドラスへと群がった。

 大気中の水分や魔力だけじゃない、実際の川の水を操作することで、これまで以上の規模の質量を叩き込む。

 できるだけ派手に。

 挟み込むように両翼から水の槍を大挙させる。

 

「川の水を操れば、俺に勝てるとでも?」


 呆れるように目を細めると、パドラスは大地を思い切り踏み締めた。

 震脚。

 衝撃波に押し寄せる水は与えられた形を失い、指向性を一撃で消し去られる。

 

「頑張ったようだが、やはり、土と水。相性差は覆せなかったな」


 降り注ぐ水飛沫の中、パドラスはゆっくりと僕を追い詰めるようにこちらに向かってくる。


「悪いが、終わらせてもらう!」


 そして、その身体能力で持ってまっすぐにこちらに肉薄して──、踏み抜いた。

 パドラスのその足元で、僕がルキと水浴びした時に描いた紋様が強く光り輝く。


「な……!?」


 パドラスもやっと気がついて、足元を見た後に僕を見た。

 僕はニヤリと笑ってみせる。


「──これまでの攻撃は、全部陽動だよ!」


 ……実はここにきた時点で、この戦いはほぼ勝敗を決している。

 お風呂や水浴びをする時、僕は必ず紋様を設置してから服を脱ぐことにしている。

 旅の上では睡眠やおトイレ、お風呂に入る時というのが一番無防備になる。

 だから、防犯を必ず意識しなきゃいけない。

 そして、僕が描く文様というのはスクロールの役目を果たし、瞬時に魔法を発動できる。

 つまり、紋様があれば、普段より強い魔法をノーモーションでぶち込めるってワケ!


「くっ──」


 マズイと悟ったのかパドラスは仰け反って、紋様から距離を取ろうとする。

 けど、もう遅い!


 ──標的指定ロックオン


 もう彼の命は僕の手の中にあるも同然だった。


「穿て、水蛇! 閉じろ、水牢!」


 連続詠唱。

 僕が紋様に与えていた魔法は捕縛と封印の魔法だ。


「ぬあっ」


 地中から這い出した水の蛇が逃げる間もなくパドラスの足に絡みつく。体を絡めとった水の蛇が肥大化してパドラスの筋骨逞しい全身をすっぽり覆って、球を成していく。


「流石の地竜族のアンタでも呼吸ができなければいずれは死ぬだろ!」


 たとえ他の追従を許さない頑強な体でも、魔法の刃すら通さない分厚い皮膚を持っていても、呼吸している以上、酸素は必要なはずだ。

 僕が地竜族の竜を倒す方法があるとすれば、溺れさせること。

 他に道はなかった。


「────っ」


 水牢の中で咽喉を掻き毟る地竜のその表情は苦悶に歪んでいた。

 必死にもがく手足はなにも掴むものはなく、ただただ水を切るばかり。


「あ……」


 僕は気づいてしまった。

 このままだと彼は窒息して苦しみ抜きながら死ぬしかない。

 彼は敵だ。だから、殺さないわけにはいかない。

 けど、だからって無駄に苦しめたくない。

 なら、これはせめてもの情けなんだと自分に強く言い聞かせる。

 彼は既に僕が操る大量の水を飲みこんでる。

 ……まさか、内臓までその体のように頑強じゃないだろう。

 このまま溺死するまで苦しませるぐらいなら、いっそ一思いに──

 そして、僕は目を閉じて魔法を唱えた。


「体の芯までしばりつけ」


 数瞬遅れて、冷気の余波が僕の全身を包んだ。

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