⑦
リットが町を去った後、町では盗賊たちの蛮行が繰り広げられていた。
家に押し入り、家財道具を接収し、抵抗すれば暴行を加えると脅しつける。
町民たちは、みな何もできずに俯いて肩を震わせていた。
そんな彼らの前で、本日の収穫物を盗賊たちは荷車に運び込んでいく。
盗賊の頭領は手下の働きぶりを眺めながら顎を摩っていた。
まだ足りない。
その目は略奪してなお飢えていた。
そして、視線は怯える町民たちを舐めるようになぞっていく。
やがて、ある一点で目が止まった。
まるでこの町の王様にでもなったかのように、大股で遠慮しらずにノッシノッシと歩いていく。
目当ての物の前で立ち止まった。
怯えながらも子供たちを庇い、その背に子供たちを隠しているうら若き乙女。
「ふぅん、コイツぁ上玉じゃねえか」
見目麗しい町娘。こんなチンケな町に置いとくにはもったいない。
俺が貰ってやろう。
盗賊の頭領が目をつけたのは、マリーだった。
頭領はマリーの顎を持ち上げる。
マリーはされるがまま、目を閉じて震えていた。
「…………っ」
嗜虐心が満たされて、頭領はニンマリと笑う。
そのままマリーの耳元で囁いた。
「今夜は可愛がってやるよ。──コイツも一緒に連れて行け!」
部下にバッと腕を横凪に振り、指示を出す。
マリーは青ざめたまま何もできずに連れ去られていく、かに思われた。
その前に声が上がった。
「姉ちゃんを放せ!」
「ルキ、ダメ!」
マリーの咄嗟の制止も間に合わず、ルキは盗賊の頭領に飛びかかっていた。
けれど、大人と子供。
飛びかかったルキの腹に思い切り蹴りが突き刺さる形で撃退される。
ルキは蹴り飛ばされ、尻餅をついて咳き込んだ。
「このガキ! パドラス、痛い目見せてやれ!」
盗賊の頭領はルキを血走った目で睨みつけながら指差した。
不快だった。
脅しつけてやったってのに、まさかまだ抵抗する馬鹿がいるなんて腹立たしい。
慌てて、マリーは声を上げた。
「ま、待ってください! その子はまだ子供で──」
「んなこたぁ知ってんだよ! やれ、パドラス!」
怒り冷めやらぬまま、なおも盗賊の頭領は命令を下す。
側で控えていたパドラスは命令に目を細めながらも、咳き込むルキの前に立った。
「……恨んでくれていい」
それだけ告げて、拳を握り、振り上げる。
地竜族の膂力の強さはこの世界の人間であれば常識だ。
その大木よりも太い腕が振り下ろされれば、ルキは原型もなく潰されることだろう。
町の者たちは、悲劇を予期して目を伏せた。
「ルキ! 逃げて──!」
マリーが悲鳴のような声で叫ぶ。
けれど、ルキは鳩尾に刺さった蹴りへの反射反応でえずいたまま動こうにも動けなかった。
次の瞬間。
「切り裂け! 水刃烈波!」
振り下ろしかかった腕に向かって、水の刃が降り注ぐ。
地竜族の剛腕は、何もせずともその全てを跳ね除けて無為にした。
その水の刃は何も成すことはなかったが、けれど、その場にいるすべての者の気を引いた。
「ワニトカゲ……」
蹴られた腹を抑えて、ルキは痛みに顔を歪めながらポツリと呟く。
ルキの視線の先。
そこにいたのは、さっき逃げたはずのリットだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
急いで引き返した僕が町に戻ると、パドラスがルキに手をあげようとしているところだった。
「させるもんか! 水よ!」
僕の声に呼応するようにして水の刃が空中に幾重にも浮かび上がる。
僕は刃を生成する際に地面の砂を巻き上げて、水の中に含ませた。
こうすることで少しでも殺傷力をあげる。切れ味をあげる。
魔法は知識だ。
学んで使えるものを注ぎ込む。
そうすることで足りない威力を底上げする。
だから、魔法っていうのはその人の全てだ。僕は竜だけど。
「切り裂け! 水刃烈波!」
僕の声に応じて宙に浮いた水の刃が標的へと殺到する。
けれど、僕の不意打ちの魔法はパドラスの厚い岩のような表皮に全て弾かれる。
水の刃はなにもなすことなく、おしなべて霧散した。
分かってる、地竜族とまともにやりあって僕の攻撃が通るわけなんかない。
けど、いまはルキからこちらに意識が向けばいい!
「……戻ってきたのか」
パドラスはゆっくりとこちらを振り向いた。そうだ、こっちを向け!
さっきぶりに、その視線にまた気圧される。
けど、今度は踏みとどまった。
真っ直ぐ、視線を受け止めて胸を張って睨み返す。
「なんだぁ? やる気になったってか?」
盗賊の頭領っぽいやつが一度は逃げ出した僕を見て、小馬鹿にしたような表情を浮かべた。
手下たちも合わせるように笑い声を上げる。
僕は間髪入れずに魔法を唱える。
めんどくさいからね、有象無象には黙ってもらう。
「──標的指定! 体の芯までしばりつけ!」
魔法の範囲をこの町の全域に設定して、盗賊だけに標的を絞る。
町のあちこちに氷柱が立ち上る。
悲鳴はなかった。
瞬く間に、僕が与えた指向性の通り、町の人たちを無視して素通りする凝縮された冷気によって盗賊の一味は氷漬けの氷像になったのだ。
人間の魔力なんてたかが知れてる。レジストなんてできやしない。
──目の前に立ち塞がる地竜族を除いて。
「……やるな、小僧」
パドラスは感心したように目を見開いて、そのまま氷漬けになった盗賊の頭領をチラリと一瞥する。
背後で、盗賊の頭領は奇妙な氷漬けのモニュメントのようになっている。
冷気の余波で、空気が白んでいた。
「だが、これで俺はクライアントを救い出すためにお前と戦わなければいけなくなった」
「……なんでその盗賊の味方をするの。アンタには竜族の誇りはないの?」
雇われたって言ってたけど、竜族ならお金に困るなんてないはずだ。
どこでだって引く手数多なんだから。
わざわざ盗賊に雇われる必要なんてない。そんなことかつて天の御使だった竜族がすることじゃない。
「別に盗賊の味方をしたいわけではないが──……、強いて言うなら八つ当たりだな」
「八つ当たり?」
「この地獄みたいな世界のな!」
そう言うや否や、パドラスはその剛腕を振るう。
大木の幹よりも太いだろう腕が、縦凪に下から掬うように振るわれる。
「っ!」
間一髪、パドラスの剛腕の一撃を仰け反って避ける。
轟音。
地伝いに衝撃が走って腕の先にあるもの全てが吹き飛ばされた。
……その被害を見て僕は唖然とした。
膂力が違いすぎる! 腕の一振りで僕の背後にあった家屋が三棟ほど完全に倒壊していた。
これだから地竜族は! 脳筋バカ! ただの腕力で全て吹き飛ばしてみせるんだから!
一撃でも喰らってしまえば即死だ。攻撃は絶対に喰らえない。
僕は慌てて飛んで距離を取る。
だって言うのに。
「距離を取れば安心か? なら、こんなのはどうだ?」
パドラスは地面を思い切り踏み締める。
震脚。
その膂力に地面がひび割れ隆起する。隆起して浮かび上がった岩盤をあろうことか拳で殴りつけて吹き飛ばし、そしてその岩盤は細かく砕かれながらも凄まじい速度で僕へ殺到して──!
「くっ──」
咄嗟に横っ飛びで回避行動をこなす。さっきまでいた空間を岩の散弾が通り過ぎる。轟音が空を割いた。
人力(竜だけど!)ショットガン。
ふざけんな! ミンチになるわ!
やっぱりあからさまな格上だった。魔法を使わなくたってその身体能力さえあれば遠距離攻撃だって素手で行える。
それに、僕が飛んでいなかったら、あの震脚の地震で身動きを封じられて終わってた。
搦手からの即死攻撃は戦闘の基本の基。
白魔道士による回復魔法が発展したこの世界の常識だ。
「流水の加護よ!」
慌てて物理的な攻撃を受け流す防御魔法を自身に張る。
魔法で生み出された流水が僕の体表を覆った。気休めだけどないよりマシ!
そんなことよりも……!
パドラスが地面を踏み締めたせいで、整備されてならされていた町の通りはめちゃくちゃだ。
このまま町で戦うわけにはいかない! ここで戦ったら町に被害が出ちゃう!
戦うにしてもなんにしても、どこか他所へ連れて行かないと!
ただ、もう布石なら打ってある。
そう、パドラスはさっき僕が盗賊を氷漬けにした時に言っていた──
『だが、これで俺はクライアントを救い出すためにお前と戦わなければいけなくなった』
僕の凍結魔法は、黒魔法の手法も取り入れてるから永続する。
黒魔法は白魔法に対抗して確実に後遺症を残すことだけに特化した魔法だ。
そして、魔法を解くには術者である僕をどうにかするしかない。
そうと決まれば──。
僕はクルリと踵を返して翼に魔力を回すと、一目散に飛び立つ。
向かうは、森へ!
「小僧の策に乗ってやろう」
後ろ目でパドラスが僕のことを追ってくるのを確認しつつ。
僕は、二度目の逃走を開始した。




