⑥
遊び疲れた子供たちを連れて、町まで戻ると日が暮れ始めていた。
帰り道。
僕とマリーに挟まれて、ルキはかすがいのように僕たちと手を繋いでいた。
赤い夕焼けに一繋がりになった影が伸びる。
「姉ちゃん、今日のご飯なぁに?」
「今日、なにしよっか。リットさんもいるし……、お肉を使ったシチューにでもする?」
「やったぁ! ワニトカゲ! 姉ちゃんのシチューはメチャクチャ美味いんだ!」
「へぇ、シチューかぁ。いいね」
「こら、ルキ。あんまりハードル上げないで」
マリーは照らうように頬を赤くした。
……別に、マリーが作ってくれるならそれだけでいいのに。
なんて言ってしまうには、まだ関係性が足りないかな?
マリーのシチューを楽しみに帰り道を辿る。
けれど。
「アレ……、なんか騒がしい」
マリーが急に立ち止まる。連られて僕たちも立ち止まる。
「姉ちゃん?」
ルキは不思議そうに首を傾げた。
僕も気になって耳を澄ます。
……本当だ。町の方でガヤガヤ騒ぎが起きてる。
たくさんの人が言い合いをしてる?
「どうしたんだろう……。みんな、私の側を離れないでね」
マリーは顔を強張らせながらも、子供たちを連れ立って歩いた。
そして、僕たちは町の様子を目の当たりにする。
町の広間では、集団が二手に分かれていた。周りの建物の窓からも視線が広間に集中している。
広間には、剣呑な空気が迸っていた。
おそらく町中の男性たちが総じて表に出ていた。各々手に武器を持って。
「皆さん、落ち着いて、ここは穏便にですね……!」
「うるせえ、落ち着いてなんていられるか!」
「町の危機なんだぞ、アンタがそんなんでどうする!」
町長は片側の最前線に立って周りの大人たちを宥めているも、逆に言い返されて萎れている。
それもそのはず。
町の大人たちが対峙するのは、あからさまに素行が悪そうな薄汚い男たち。
上裸にボロボロのベストだけ羽織り、手にはナイフを握っている。
……盗賊だ。
様子をそのまま伺っていると、町の大人たちが僕たちが帰ってきたことに気がついた。
主に僕に視線が集中して、彼らの表情がパッと光が差すように明るくなる。
……嫌な予感。
そして、町の大人たちは僕を勢いよく指差した。
「この町にはいま水竜様がいるんだ!」
「そうだそうだ! お前らなんか水竜様がやっつけてくれる!」
ちょっと待ってーーーーーー!?
そりゃ当てにするよね!? でも、ちょっと心の準備がですね!
僕はテンパってしまう。
「ワニトカゲ……」
側にいるルキが縋るように僕のことを見てくる。
……ああもう仕方がない! ご飯も食べさせてもらったし、一宿一飯の礼だ!
僕は勢いよく彼らの前に躍り出た。
「こ、この町に手を出すなら僕が相手だ! 死にたくなかったらさっさと失せるんだな!」
精一杯、虚勢を張って口上を述べる。
別に、盗賊程度なら僕の相手にはならない。
けど、それでも他者へ悪意を平気で向ける輩と相対するっていうのは怖いんだ。
そんな僕が滑稽に見えたのか、盗賊はせせら笑う。
「なんだ、ただの子供じゃねえか」
「それでも僕は竜族だ。君たち人間じゃ敵わないよ」
怖がってることを悟られないように、ただ事実だけを述べる。
僕がその気になればいますぐにだって──。
「おい、姿を見せてやれよ! ──パドラス!」
けれど、そんな僕を無視して盗賊の頭領が後ろへ首をしゃくって呼びかけた。
パドラス……?
「フン」
現れたのは、岩石のような殻を全身に身に纏う筋骨隆々の竜人。
全身筋肉ダルマ。
身体中に傷跡がありながらも、それは痛々しさよりもある種の貫禄を醸し出していた。
「な、地竜様!?」町長がその姿を目の当たりにして目を剥いた。
そのリアクションを見て満足そうに盗賊の頭領はニヤリと笑う。
「お前らが【ガーディアン】を雇うんならな! こっちも雇えばいいだけだろうが!」
全身筋肉ダルマの地竜族の竜人──パドラスは、鋭い眼光でこちらを睨め上げる。
僕のなけなしの勇気はその視線に射殺される。
勝てっこない! 見るからに戦闘経験はあちらが上だ。
それに、水は土に弱い。
それは今も昔も変わらないこの世界の大原則。
「小僧、俺とやるのか」
パドラスは最後通告のように僕に尋ねた。
それが、トドメだった。
僕の心はポッキリと折れた。
「ワニトカゲ!?」
ルキの呆気に取られた声を振り切って、僕は一心不乱に翼を広げてその場から飛び去る。
逃げなきゃ! 殺される!
「逃げろ逃げろ! 尻尾巻いてどっか行っちまえ! ──よぉし、お前ら逆らうなよ! こっちには地竜がついてんだ! 金目の物かき集めて持ってこい!」
逃げる僕の背後で、盗賊たちの意気揚々とした声が上がる。
別に僕はあの町の竜じゃない!
あの町の人たちが盗賊たちに蹂躙されようと知ったこっちゃ──。
ああ、そうさ。本当に心からそう思えるのなら、わざわざ言葉にしない。
言葉にしてる時点で、これは自分自身への言い訳だ。
そんなことわかってる! わかってるよ! でも、向こうには地竜族の竜がいた! 僕よりずっとずっと年上の、傷だらけで歴戦の猛者っぽい雰囲気の地竜だった。
相性が悪い格上の竜と戦って勝てるわけがない!
だから、こうして僕が逃げるのだってしょうがないんだ!
他人のために命を賭けるなんて──……。
…………。
僕は思い出していた。
ルキのこと。
一緒に水浴びをして遊んだ。
マリーのこと。
【ガーディアン】になってくれと懇願されて辟易としてる僕に気を遣ってくれた。
他の子供たちのこと。
水浴びをした後、くっついてきて暑かったけれど、よく懐いてくれた。
彼らの人となりを知った。
知ってしまった。
彼らは、もう他人ではなかった。
他人を守るために命を賭けるなんてくだらない。
じゃあ、他人じゃなかったら?
「────っ」
答えなら、もうとっくに知っていた。




