⑤
朝。目が覚めると、枕元に食事が用意されていた。
水差しに、果物とパン。それと、書き置き。
うんうん、豪華なお食事もいいものだけれど、朝はこういうのがいいよね。
ありがたく頂戴する。
あの後、僕は行き倒れていたのもあってか、すぐに眠ってしまっていたみたいだ。
食事を摂りながら書き置きに目を通す。
『リットさん、おはようございます。
軽いお食事を用意しました。お口に合うといいのですが……。
それと、すいません。せっかくリットさんがいらっしゃるのに、子供たちとの約束がありまして、少し家を空けます。
きっと、川辺で読み聞かせをしていると思います。
リットさんはご自由になさってください。もし、家を出たくなったら玄関の植木鉢に鍵を隠してあるので、使った後は戻しておいてくだされば大丈夫です』
丁寧な字だった。マリーの性格がよく出ている。
マリーは僕とそう年も変わらないのに子供たちの世話を焼いてるのか……。大変だなぁ。
さて。
食事も終えたことだし、僕も活動を開始することにする。
……読み聞かせにでもお邪魔しようかな? 水辺にもちょっと用があるし。
それに、大人たちと喋ると接待されてしまうので、子供たちと一緒にいる方が気楽だ。
家を出て、書き置き通り鍵を見つけてしっかりと施錠する。
誰にも見られていないか左右を確認して──、うん、誰もいない。大丈夫そう。
植木鉢の下に鍵を戻しておいた。
一番最初に見かけた通りすがりの人に、子供たちが集まる川辺を尋ねると、快く教えてもらえた。
早速、僕もそこに向かうのだった。
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──
川辺では、切り株に座ったマリーが子供たちに読み聞かせをしていた。
読み聞かせを聞いている子供たちの後ろからコッソリと近づく。
そのうちにマリーは僕に気がついて『あっ』という顔をしたけれど、僕はそっと人差し指を立てて『シーっ』ってした。
読み聞かせを僕の登場で邪魔したくないからね。気づかれたら騒ぎになる。
マリーは僕の意図を察して読み聞かせを続けた。
それはたわいのない童話で、自分を大事にしてもらいたいと願ったロバが誰かを大事にしたいと願うようになるある種教訓めいた、そんな物語だった。
子供たちは食い入るようにマリーの読み聞かせに夢中だ。……一人以外。
すぐ後ろにいる僕に気づく気配はない。
さて。
子供たちがマリーの物語に夢中になってる間に、っと。
そそそと読み聞かせの後ろの方で退屈そうにしてるルキに忍足で近寄って、耳打ちする。
「(あのさ、ルキ)」
「(あ、ワニトカゲ。なんだ?)」
もうその呼び方で固定なのね。
僕は渋い顔をしつつ文句を飲み込んだ。頼み事があるんだ。
「(どっか水浴びできそうなとこ知らない? 流石にここは子供たちもいるし拓けてて……)」
そう、僕は水浴びをしたかったのだ。
ここにいるのは人の子たちだし別に竜である僕を性的な目で見てくることはないだろうけれど(ないよね??)、こちらもこちらで別に露出狂ではない。
それになにより、読み聞かせの邪魔をしたくない。
「(あー、森の方まで行けばちょうどいい深さの水浴びできそうなとこはあるから、連れてってやろうか?)」
「(うん、お願い)」
「(おしきた)」
ルキも読み聞かせを抜け出す口実が欲しかったのだろう。
パッと目をかがやかせた。
僕は読み聞かせを続けるマリーに一度頭を下げてから、コッソリルキを連れ出した。
川沿いを歩いて十分ほどだろうか。
鬱蒼と生い茂る森の中に僕とルキはいた。
森を通る小川のせせらぎ。
木々が天然のカーテンになっていて、近くまで来なければ覗かれないだろう。
水浴びにはぴったりのロケーションだ。
「ん、ここでいいか?」
「うん、ありがとう。ちょうどいいよ」
こういうのはやっぱり土地勘のある現地の人に頼るに限るね。
「んじゃ、俺も泳ごっかな」
そう言うや否や、ルキはあっという間にスッポンポンになって、川に飛び込んだ。
僕は少し逡巡する。
ルキも水浴びし出すとは思っていなかった。
用が済んだらてっきり帰るものかと。一人で水浴びをするつもりだったのだ。
……水着を持ち合わせていない。そんなもの旅の上では余計な荷物だ。
まあ僕は竜だし、同性だし、性器は体内に格納されて露出していないので別に一緒に水浴びをしても問題はないのだけれど……。
よく知りもしない子と裸の付き合い。
ちょっとだけ抵抗がある。
「ワニトカゲも早く来いよー!」
ルキが僕を急かしてる。そこに一切の照らいはない。
……性器が露出してる人間が平気でいるのに、竜である僕が気にするのも変か。
僕も服を脱いで水浴びに勤しむことにする、っと、その前に。
「ワニトカゲー、お前何やってんの?」
僕が川縁で魔力を込めた指先で地面に紋様を書いてるのを見て、ルキが泳ぎながら近づいてくる。
「一応、用心のためにねって、僕はワニじゃないってば!」
いつものルーティンをさっさと済ますと、僕も服を脱いで川に飛び込んだ。
「ふい〜、生き返る〜」
やっぱり浄化の魔法が使えるとはいえ、水浴びできるっていうのは格別だ。
そもそも水竜族は水の眷属。
水にいつだって浸かっていたいものなんだ。
毎日だってお風呂に入りたい!
そうこうして、リラックスしてすっかり気が抜けていると、油断し切った僕の顔に水飛沫。
犯人は勿論──。
「へっへー、水鉄砲!」
悪戯が成功した顔でニヤリと笑っているルキだ。
「やったなコイツ!」
僕も僕で手でバチャバチャと水をかけ返す。
それからはワーワーキャーキャー言いながら二人で水の掛け合いっこになった。
ルキは水竜族の僕に一切物怖じしない。
だから、僕もルキの前では素に戻ることができた。
『水竜様』じゃなくて、ただの十五歳のリットに。
いつの間にやら、自然と笑みが溢れていた。
この町に来て以来、やっと僕は本心から笑うことができたのだった。
その後。
水浴びから上がって僕の股間を無言で見つめるルキから「なんでお前男なのにちんこついてねーの?」と、危うい質問されてどう答えようかしどろもどろになったり……。
元の川辺に戻ったら読み聞かせは終わっていて、小っちゃい子たちに「ドラゴンさんの体ひんやりしててプ二プ二で気持ちいい」と、熱殺蜂球よろしくぴったりくっつかれてとても暑い思いをしたりもしたけれど、僕は元気です。




