③
案内されてやって来た広い食堂には町長だという恰幅のいい男がいた。
立派に髭を蓄えて、中年太りでお腹が出て服がパツンパツンに張っている。
僕はお腹が空いたとべっぴんさん──マリーという名前だと話の中で教えてもらった──に伝えたところ、町長が会食の用意をなさっているとお屋敷に連れてきてもらったのだ。
嫌な予感がしたけれど、好意を無下にすることもできずついていくと、案の定この上なくさっきの僕と同じ顔をしているであろう町長とやらがいた。
努めて柔和そうに微笑んでいる。
要するに。
これから僕は接待されるのだ。
「この度ははるばるお越しいただき──」
「町長、ちょっと。水竜様はお腹をすかせていらっしゃいます」
長々と挨拶から入られるかと思えば、連れてきてくれたマリーが小声ながら声を尖らせた。
「やや、それは失礼いたしました。ささっ、お席へどうぞ」
「ありがとうございます」
おかげさまですぐに席に通してもらえる。感謝。マジで感謝。
こちとらずっと食事抜きでお腹と背中がくっついちゃいそうなんだ。
「じゃあ、水竜様。後は町長と。うちで寝床の準備をしていますから、ごゆっくり」
「あ、はい……」
行っちゃうのと心細く思いつつも、僕はマリーを見送った。
そのまま長ーい机に用意されていた席に腰掛けて、目の前の皿に乗せられていたナプキンを首にかける。
そうして順々に運ばれてくる料理。
空腹のままにがっつきたくなるのを抑えて、しずしずとした所作を心がけて人間のテーブルマナーを遵守する。
うん、美味しい。
このメインディッシュだろうフィレ肉のソテー? 果実の甘酸っぱいソースがアクセントになってるのもそうだし、火入れもよくて、肉の断面が程よいロゼピンク!
口に運んで、ゆっくりと咀嚼すれば柔らかくて肉汁が口いっぱいにひろがる。
ほっぺがとろけちゃいそう。
思わず僕は目を細めて頬が綻んでしまう。ご満悦しちゃう。
いかんいかん、これは接待の料理なんだ。絆されてはいけない。
けどまあ、接待用の料理だけあって本気だ。
本気で僕を落としにかかっている。
……これで、町長さんがお人好しで行き倒れていた竜人を純粋な善意からもてなしてくれていたってなれば、最高なんだけどなぁ。
チラリと町長さんの表情を覗き見る。
おっかなびっくりハンカチでひたいの汗を拭いながらこちらの様子を伺っている。その眼差しにはどこか期待が籠っていた。
だよねえ。
ま、わかってはいたさ。
下心下心。その下心のおかげで僕はご馳走にありつけているんだし、ね?
悪くは言うまいよ。
そして、僕はあらかた食事を頂戴した。
首元のナプキンの内側で口を拭き拭き、食事を終えたので軽く畳んでっと。
「さすが水竜様。マナーもきちんと学んでいらっしゃるのですね」
分かりやすいおべっかを使われる。
僕がお腹を空かせてると知って挨拶もそこそこにさっさと食事を通してくれたし食事を終えるまで辛抱強く待ってくれていた分、話は聞いてあげようとは思うのだけど、ウンザリした気分が顔に出ちゃいそう。
努めて、平静を装う。
「旅に出ますと竜族ということもあってこういう機会も多いですから。此度の食事は大変美味しゅうございました」
「それはそれは、ご丁寧に」
ああ、まどろっこしい! 早く本題に入ってくれないかなあ!?
腹芸をしながら会話するのは好きじゃない。
「それで旅とのことですが……、水竜様はどこか目的地があったりするのでしょうか?」
「いえ、何分しきたりなものですから、今はまだ」
竜は【己が守るべきもの】を探す旅に出る。というのは、まあこの世界では常識で。
僕はまだ【己が守るべきもの】が見つけられてはいない。
その事を確認できた町長は鷹揚に何度も頷いた。
反面、僕は不安が募っていく。来るぞ。絶対に、来る。
「旅は大変でしょう」
「ええ、まあ」
僕は曖昧に頷く。
行き倒れてたしね! 旅はいますぐにだってやめたいんだけれどね。
「水竜様はどこかに腰を落ち着けたいと思うことはありませんかな?」
「と言いますと?」
「この町などはどうでしょう?」
「はぁ」
「この町はこの通り、ちっぽけな町ではあるのですがいいところもたくさんある町なのですよ。風竜宅急便も定期的にやってきてくださりますし──」
それから町長の演説は長々と続いた。
町の美辞麗句を、おおよそ町長の語り得る語彙の全て、贅を尽くして語られている。その言いようとあらば、たとえどんな安物の屑肉だって町長の弁舌にかかれば高級な霜降り肉のようにも錯覚させられるかもしれない。
申し訳ないけれど、興味がないので町長の演説は右から左に抜けて行った。
まともに取り合ってたらキリがないからね。ごめんだけど。
そうやって受け流していると、町長はいきなり机に手をバンと置いて立ち上がった。
目を白黒とさせている僕の前で、机に叩きつけんばかりの勢いで町長は頭を下げた。
「水竜様! どうかこの町の【ガーディアン】になっていただけないでしょうか!」
うん、やっぱりそうなるよね。予想できた展開にもはや安心感すら覚える。
とは言え、町長の勢いには驚かされたけれど。
再度、マリーにしたときと同じように僕は努めて平静を装った。
「顔をあげてください」
縋るようにこちらを上目で見つめる視線は刺さるようで、至極痛い。
……一飯の御恩は返すべきなのだけれど、でも、それで命懸けでここを守り続けてくださいっていうのは釣り合いが取れない。こちらとしても折れるわけにはいかない。
ただ、上手い切り抜け方が分からない。
こういう時は一先ず──、
「少し熟考するお時間を頂いてもよろしいでしょうか」
この一言に限るのだった。




