②
目が覚めると、見慣れない木目模様の天井。
ここどこ? 天国? まさか、天国っていうのはもっとフワフワしたような雲の上だろう?
僕が寝ているこのベッドは布団が薄くて体の下に敷いてしまっていた翼が痛い。天国なワケない。
おずおずと掛布団を除けて体を起こし部屋の中をぐるりと首を回して見回すと、壁から床、それに家具までほとんどが木で作られている。
自然満載エコロジーって感じだね!
――そういう冗談はともかくとして、部屋の様子からしてこれは人の家だな。だって、竜だったらしないような家具配置だ。
と、いろいろ見ていてベッド脇のサイドチェストに水差しの盆が載っていることに気づく。一杯いただくことにする。
水差しからコップに水をコポコポと注いで、一息に煽る。
嚥下するたびにゴクリゴクリと喉が鳴った。久方ぶりの水だ。
新しい水分は僕のいろいろと枯渇した体に少しばかりの活力を取り戻させた。
お腹は空いたままだけど、これならちょっとだけ動けそう。
さて、ホントにここはどこかなーっと。
ベッドから降りてちょっと部屋の外まで行こうかと思ったその時、翼がベッドわきの机の上に立てられた写真立てを引っかけて机から落としてしまった。
「ああ、もう。これだから人の家っていうのは嫌なんだ」
翼や尻尾を引っかけてしまいそうなところにばっかり物があるんだから。
写真立てを拾ってきちんと元あった机に立てる。
仲睦まじそうな家族写真だった。
「よし、今度は落とさないぞ」
極力羽を広げないように細心の注意を払って、そろそろと机から離れた。
ふう、ミッション完了。僕は腕で額の汗をぬぐった。
よし、後は部屋を出るだけだ。
レッツゴーと喜び勇んでドアに手をかけると、――あれ、ちょっと開いてる?
おそるおそるドアの隙間に目をやると、こっちをまっすぐに見つめる黒い目と目があった。
え、ちょっと待って。この小説っていつホラー小説になったの。
タラタラと冷汗をかきながらこの得体のしれないものとドア越しに見詰め合うという妙な膠着状態を続けていると、耐え切れなくなったのか、先にこの膠着状態を破ったのは向こうだった。
「ワニトカゲ覚悟ー!」
それは僕に向かって飛びかかってきた! しかもよりによって急所の首に!
「グエッ」
気道を潰されながら急襲を受け止められるわけもなく、僕の体は床に押し倒される。
苦しい! 死ぬ! 死んじゃうから退け! ――この糞ジャリ!
僕の首に座り込んだそれを首根っこをつかんで持ち上げる。まるでイタズラが見つかった子猫みたいにブラーンと吊り上げられて、もうこうなってしまってはどうしようもない。
僕がつい笑ってしまうとそれが気に食わないみたいで、やいのやいの小うるさくじたばたし始めた。
……人間の年のころにして十もいかないんじゃないだろうか。
さっきも言ったけど、端的に言っちゃうと、――糞ジャリ。
そんな言葉がぴったりな、よく言えばやんちゃな、悪く言えばイタズラ好きそうな、男の子だ。
「えっと、ワニトカゲって僕のこと……だよね。いきなり初対面の竜に向かってそれはないんじゃないかな。いや、たしかにワニに若干ほんのちょっとだけ顔は似てるかもしれないけどさ。僕も竜として生まれたことには一応の誇りを持ってるわけで、――お兄さん怒っちゃうよ?」
「でも、顔ワニじゃん」
こ の 糞 ジ ャ リ。ワニじゃねえつってんだろ! ワニにこんな僕みたいな立派な角はないし、そもそも二足歩行もしないし! 翼もないし!
僕がジロリと睨めあげても、糞ジャリは物怖じもしないし、あろうことか舌を出しながらこっちに中指立ててくる始末。
こいつ、お灸をすえてやろうか。
そろそろ本気で怒りだそうかと思ったその時だ。
「ルキ!」
物音を聞きつけて駆けつけたのか、エプロンをつけた女の人――わー、べっぴんさん――がやってきて、僕と宙ぶらりんになっている糞ジャリを見て困惑してる。
どうしたもんかな。
僕も困ってしまって、ルキと呼ばれた男の子の首根っこを掴んでいた手をぱっと放してしまう。
解放されたルキはそそくさとベッピンさんの背に隠れると、こちらに向かって顔を突き出し目を剥いた。
どこまで糞ジャリなんだお前!!
「水竜様、ルキがすいません! この子には良く言い聞かせておきますので、どうか御慈悲を!」
僕の表情を見てベッピンさんは、ルキの首をひっつかんでこっちにペコペコと頭を下げる。
それはもう必死なもので、ともすれば勢い余って床におでこをぶつけに行くんじゃないかと心配にもなってしまう程のオーバーリアクション。
さっきまでの怒りはどこかへ行ってしまって、横で見ているルキも目を丸くしている。
——水竜様、どうかこの街をお護りください! 何卒、何卒!
その姿に苦い思い出を垣間見て顔を顰めると、ますます勢いが強まった。
これじゃ、こちらが悪者みたいだ。
「顔をあげてください」
努めて柔らかな声音を作る。
この旅を始めてからこうした処世術は自然と身についてしまった。
それがいいかどうかは分からない。ただ、間違いなく望んで手に入れたものではなかった。
「別に気にしてないですから」
べっぴんさんはおずおずと顔をあげて、ダメ押しににっこり笑いかければ、ホッとした様子で、僕も一安心だった。
「なんでそんな謝んだよ、変なの!」
「アンタはすこしは謝りなさい!」
「えー!」
一部始終を見ていて訳が分からなかったんだろう。空気を読めなかったルキはべっぴんさんにぴしゃりと言いつけられて不服そうだ。
そうだそうだー! お前は謝れ―! と思う反面、その子供の無邪気さは大人の慇懃無礼さよりかは、よほど救われる想いだった。




