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広い空にたゆたい長く垂れる白い雲、青々とした草原、遠くにはうっすらとおぼろげに見える山脈、風が頬を撫でていく感触が気持ちいい。
勾配の高い丘の上でこれまでに来た風景を望めばまるでピクニックにでも来たみたいだ。
……本当にピクニックだったらよかったのだけどね。
僕の名前はリット。水竜族の旅人だ。
そう、僕は旅をしている。
あ、ちなみに竜なのに旅「人」? とかいう、ツッコミはいらないですハイ。
めんどくさいからね。
ずっと空を飛び続けてここまで来たのだけれど、僕たち水竜族は空を飛ぶために鳥たちや他の飛ぶことが得意な竜族と違って基本的に魔力を使わなければいけないから、長く飛び続けているとヘトヘトだし汗だくにもなる。
かといって、徒歩が楽かというとそういうわけでもない。足はすでに棒のよう。
せめてこの丘を降りた先に見える森までは行こうと思うのだけれど、歩けど歩けど近づいている気がしない。
「これだから旅っていうのは嫌なんだ……」
つい独り言が出てしまう。旅を始めてからというもの、こんな独り言が増えた。
僕は実を言うと旅になんか出たくなかった。
ふるさと【竜の渓谷】で、ずっと皆と暮らしていたかった。
いいところなんだ、観光名所にもなってるぐらい。
水竜が生まれ落ちる竜の里ってね!
まあ、水竜族の大都市【ニュムパエア】と比べたら辺鄙なところなんだけれど……。
話を戻そう。
大人として皆から認められた十五歳の誕生日、僕は旅に出ることを余儀なくされた。
成竜となった者は旅に出なければならない。
これが竜のふるさと全域でのしきたり。嫌だって泣いても僕は旅に出るしかなかった。
なんでも大体この年の頃に大昔のすっごい大巫女様が旅に出たとかなんとか。
それというのもなにもかも竜神様のとある御言葉があるせいなんだ。
──己が守るべきものを守り抜け。
これが僕たち竜の間での《《強迫観念》》だ。
唯一にして無二の最大原則。
この教えを遵守するためならば、僕たち竜は同族でも殺しあう。──たとえ血を分けた兄弟であっても。
それはそう珍しい話じゃあない。
なにせ、そんな逸話は世界各地どこにでも腐るほどあると聞いているし、事実、僕はこの旅を始めてからというものそんな話のレパートリーが三つも増えた。
うん、全然まったく嬉しくない。
正直、ゲンナリ。
どうしてこの一度きりの生を誰かに尽くして終わらせなきゃいけないんだ。
そんなの馬鹿馬鹿しいじゃないか。僕は僕のために生きたい。
だから、この【己が守るべきもの】を探すための旅は不毛でしかない。
ちっとも楽しくやありゃしない。すぐにでもやめたいよ。
けど、きっと帰ったところで大爺様から大目玉食らわされて追い出されるのがオチさ。
竜神様の御心に逆らうつもりか! ってね。
だから、せめて旅の中で楽しいことがないかと探し回っているのだけれど、今のところは収穫はなし。こうして愚痴ってるってワケ。
旅っていうのはホントに辛いよ。
人間の山賊たちにドナドナの歌のなかにある牛みたいに売り飛ばされかけたこともあったし、今も実は困ってることが一つあるんだ。
それはっていうと、――獣がかすかに唸るように、ぐうと腹の虫が泣いた――こういうこと。
「お腹減ったなあ……」
最後に食べ物を口にしたのはいつだったろう? 三日も前だった気がする。
もうお腹と背中がくっついちゃうなんて悠長なことは言っていられない。
食料調達は目下緊急の大問題だ。
でも、僕は真に残念なことに狩りっていうものが得意じゃないし、食べていい草とそうじゃない草の見分けもつかない。
つまり、詰んでる。マジファッキン!
せめて近くに町や村があれば、竜という種族柄ごちそうをもてなしてもらえるのだけれど、……ただし、その後に待ち受けるのは、ここの【ガーディアン】になってはくれまいかと延々続く地獄の懇願ショーだ。
【ガーディアン】っていうのは、用心棒って言えばわかるかな? それのちょっとすごいやつ。
町の一番偉い人やお付きの人たちにまで一斉に土下座された時は本当に肝が冷えた。
勘弁してほしい。
でも、それもしょうがないことなんだ。いまこの世界は史上最低に治安が悪い。
どこの国や町、村だって【ガーディアン】を欲している。
細かい話は割愛するけれど、一部黒魔道士による【世界呪い疫病】、【獣の呪い】による奴隷制の蔓延、対策に乗り出した【白魔道士統治機構】の行き過ぎた黒魔道士への弾圧。
いろんな主義主張や立場が混在してしっちゃかめっちゃかで、どこも物騒な話をしている。
でも、それは人間社会のお話。僕ら竜には直接的には関係ない話だ。
もっと言うと、いまの僕にはもっと大事なことがある。
忘れてないかい? 《《僕がこうして歩きながら話している間にも、腹の虫は鳴きっぱなしってことをね》》!
一先ず、向かっている先の森の中にはきっと食べられるものがあるよねなんて、なんの裏づけもない希望に縋りつつふらふらと歩く。
ふと眩暈がするなと思ったら、急な浮遊感。
え、と思った次の瞬間、右半身を襲う緩慢な衝撃。
ふと気づくと地面に倒れこんでいた。
体を動かそうにも指先ひとつピクリとも動かせない。
おまけに意識が遠くなっていく。
あ、これマズイ。
僕、死んじゃうのかな。
こんなことになるんだったら、やっぱり旅なんてしたくなかった。
帰りたい。帰りたいよ。
脳裏を矢継ぎ早に想いが過ぎ去って、そうして僕の意識は闇に引きずり込まれた。
その直前、誰かが僕の顔を覗き込んでいる、そんな気がした。
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