6.首振り令嬢は今日も首を振る
アーベリア達が城内を回っている途中、何人もの使用人とすれ違ったが、王妃に傾倒している者は不快な視線で、それ以外の者は憐憫の眼差しでこちらを見てきた。
「王太子の婚約者候補だった令嬢達は、よほど王妃に酷い目に遭わされたようだ。兄上の情報によると、令嬢達は嫌がらせをされたうえ、王妃が勝手に罪を作り上げ制裁を加えたらしい。それで皆泣きながら実家に帰ったという話だ」
「まぁ、それは怖いですわね」
「王妃には隙を見せない方がいい。奴は獲物を刈り取るため、いつでも目を光らせているだろうからな」
「えぇ」
頷くアーベリアの後ろで、侍女二人が顔を寄せ合いお喋りしている姿がイグニスの目に入ってきた。
侍女達は小声ではなく普通の声量で話しているので、アーベリアとイグニスの耳にも自然とその会話が入ってくる。
「え? あの離れから不気味な呻き声が聞こえてきたって?」
「そうなのよ! 急遽夜間の巡回を頼まれた兵士が聞いたみたいよ。あそこは随分前から使われてなくて、誰もいないはずなのに……」
「やだぁ、怖い! 魔物か野獣が住み着いちゃってるんじゃないの?」
「何言ってんの! 離れは普段鍵がかかってるはずだし、お城の厳重な警備に魔物や野獣が忍び込めるはずないじゃない。きっと幽霊よ! 離れに幽霊が住み着いているんだわ! ここで殺された罪人が怨霊となって、夜な夜な低い呻き声を上げながら――」
「キャーッ! やだっ、やめてよー!」
侍女の甲高い悲鳴を背中で聞きながら、イグニスは息をつき肩を竦めた。
「よくある怪談だな。母上達が喜びそうな話題だ。今度の土産話にでもするか」
「暗闇の中で、顔をロウソクで照らしながらお話ししたいですわね」
「そんなところは母上に似なくていい」
城の中をすべて見て回り、重鎮達への挨拶を済ませた二人は、アーベリアの部屋に戻ってきた。
「重鎮達の、姉上に対しての無作法な態度が目立ったな。奴らのほとんどが王妃派だろう。あの様子じゃ、王派は極僅かのようだ」
「ここには、王妃に逆らう者は誰もいないと見た方がいいですわね。少しでも歯向かえば、即刻このお城から追放されてしまうでしょう」
アーベリアはゆるりと首を縦に振ると、ソファに座りイグニスも隣に座るよう促した。
「――それでは、今後についての『作戦会議』をいたしましょうか」
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センダン王の提案で、一週間に一度アーベリアとライラックのお茶会が設けられ、二人は仲睦まじく談笑した。
「こうして殿下とお話しできること、大変光栄に存じますわ」
「そうか。君は僕のことをそんなにも好きだと思っていいのかな?」
「はい、以前からお慕い申しておりました」
「ははっ、それは嬉しいな。礼儀作法も申し分ないし、美人だし、君は僕の――王族の婚約者としてふさわしいよ。これからも仲良くしていこう」
「ありがとうございます。そう仰っていただけて、身に余る光栄ですわ」
少し離れた場所で待機しているイグニスは、腰に差してある剣の柄に手をかけ、歓談する二人を目を逸らさず見守っていた。
お茶会で語らうたび、アーベリアとライラックの距離は少しずつ縮まっていった。
しかしそれと比例して、二人の仲を良しとしない王妃派の者達の態度が、日に日に邪険になっていく。
「あぁ、そこの。この書類を執務室まで運んでくれ。今すぐ」
それは、大の男でも一度で運びきれないほどの、大量の書類だった。
「かしこまりました」
重鎮の頼みに、アーベリアはにこやかに頷いて返す。
「おい、そこの。机と床が汚れているじゃないか。さっさと綺麗にしろ、早急にだ!」
それは本来、城の使用人の役目だ。
「かしこまりました」
別の重鎮の理不尽な命令にも、アーベリアは嫌な顔ひとつせず頷く。
そんなことが連日続き、彼女は王妃派の者達から、頭を前後に振り続ける『首振り人形』から取り、『首振り令嬢』と揶揄を込めて呼ばれるようになったのだった――




