42.遠い空の彼方へ
ラハンの問いかけに、アーベリアはしっかりと頷く。
「えぇ。バセロルト公爵家は、この国で一番の権力を持つ貴族です。お義父様がその場にいらしたら、全員お義父様の顔色を伺って、義娘であるわたくしに何も言えず従うでしょう。ただし、それは表面上――上辺だけです。それではこの国を良くしていけませんわ。お義父様のいない状態で、わたくしに真の忠誠を誓う貴族を、わたくし自身の力で作らなければいけません」
「うん、そうだね。でもキミならきっとできるよ。イグニス、ちゃんとアーベリアを護るんだよ」
「あぁ」
真剣な顔つきで頷いたイグニスに、ラハンはにこやかな笑みを向けると、バルコニーの手すりに手をかけた。
「じゃあ、ボクは行くよ。明日頑張ってね、二人とも」
「はい、お気を付けて。本当にありがとうございました、お義兄様」
「助かった、兄上」
ラハンは糸目のままヒラリと手を振ると、手すりを飛び越えバルコニーの反対側に出る。
そして華麗に地面に着地すると、軽やかな足取りで去っていった。
「地上からここまで結構な高さなのに……。すごいな、ラハン殿は……。ここに現れた時も、下から一気にジャンプしてきたとか……? いや……そんな、まさかな……」
「ディーン、それ半分合ってるわ。ラハンさんは私を抱えて、お城の壁を走ってバルコニーにあがったのよ。あの人、一体何者なの? 垂直な壁を走るなんて、とても人間業とは思えないわ。人の皮を被った仙人様かしら?」
コノーテの言葉に、イグニスとアーベリアは『言い得て妙』と納得したのだった。
「お姉様はこれからどうされるんですの? このお城に住んでくださるのなら大歓迎ですわ」
「お誘いは嬉しいけど、私がお世話になっている村に戻るわ。私の薬草を必要としてくれる人達がいてね。記憶喪失で不安だった私に、色々と親身になってくれた人達だから、少しでも恩返しがしたいの」
「そうですか……。寂しいですけれど、わかりましたわ」
眉尻を下げて微笑むアーベリアを、コノーテは優しく抱きしめる。
「大丈夫よ。ちょくちょく様子を見に来るから。それに、呼んでくれればすぐに駆けつけるわ。絶対にね」
「……はい。ありがとうございます、お姉様」
「コノーテ、私も君についていっていいか?」
ディーンの突然の申し出に、三人は彼の方を振り向いた。
「私が城に残ったら、私を使って君から王位を取り戻そうとする、ユグドール王族派の貴族が出てくるかもしれない。そんな危惧は最初から摘み取った方がいい。だから、私はこの城を離れるのが一番なんだよ」
「ディーン様……」
「もちろん、困ったことがあれば相談に乗るから、いつでも言っておくれ。同じ王族同士、力になれると思うよ」
優しく笑うディーンに、アーベリアも微笑んで返す。
コノーテが片目をパチリとつぶってディーンに言った。
「ディーンが一緒に来てくれるなら嬉しいわ。あの村、年配者ばかりで男手が少ないの。だから大歓迎よ」
「ありがとう、コノーテ。君の役に立てるよう頑張るよ」
「そんな気負わなくて大丈夫よ。空き家がないから私と一緒に住むことになると思うし、ついでに結婚しちゃう?」
日常会話なみにサラリと言ってのけたコノーテに、アーベリアとイグニスは軽く目を見張る。
「お、お姉様……。一生を決める大事なことを、そんな簡単に――」
「――結婚する! 君とぜひ結婚したい! 不束者だがよろしく頼む!!」
ディーンは顔を真っ赤にして勢いよく叫ぶと、コノーテの両手をギュッと握りしめた。
彼女の肩に乗る氷の鳥が、祝福するかのようにピィと甲高い声で鳴く。
「……こんな求婚の仕方もあるんだな」
「ふふっ。ディーン様は確実にお姉様の尻に敷かれますわね。けど、昔と全然変わっていないお二人で安心しましたわ」
嬉しそうに笑い合うコノーテとディーンを、目を細めながら見つめていたアーベリアは、ふと視線を感じて振り返った。
「……っ!」
振り向いた目線の先には、セインウッド王と王妃、そして護衛騎士二人の姿があった。
「……お父様、お母様……。護衛さん達……」
コノーテも気付き、薄く透けている彼らを呆然と見つめる。
セインウッド王と王妃は、ゆっくりと口の端を上げると、〝あの頃〟と同じ穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。
後ろにいる護衛騎士二人は、アーベリア達に向かって敬礼する。
――そして、四人の姿は風に溶けるように消えていった。
アーベリアとコノーテは、次々と零れ落ちる涙をそのままに、四人が向かったであろう大空の彼方を、いつまでも見上げていたのだった――




