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39.舞いおりた希望



「は……はぁっ!? 何をフザけたことを……!」

「ユグドール王国はセインウッド王国の従属国です。そして、セインウッドはユグドールの宗主国。セインウッドの王族が誰もいなくなればその関係は消滅いたしますが、一人でも残っていた場合、関係は持続いたします。ですので、わたくしがこの国の〝女王〟になることはまったく問題ございません」

「じょ……女王だとっ!? 馬鹿なことを言うな! この国はワシのものだ! 誰にも渡しはしないぞ!!」


 唾を飛ばしながら怒鳴るセンダンに、アーベリアは冷たい目線を送った。

 その冷酷な眼差しに、ビクリとセンダンの身体が震える。


「あなたがなんの罪も犯していない場合は、このまま王でいられたでしょう。ですが、あなたはたくさんの罪を犯しました。救いようがない大きな罪まで。あなたに王を名乗る資格はございません。本日をもって【廃位】です」

「なっ……わしがなんの罪を犯したというのだ! ワシは何にも悪いことなどやっておらん!!」


 センダンの言葉に、アーベリアは馬鹿にしたように声を立てて笑った。

 今まで見たことのない彼女の嘲笑に、周りにいた者は唖然とする。


「まったく……どの汚い口がそう言っているのかしら? あまりにも愚かで笑ってしまいましたわ」

「なっ……なんだとっ!?」

「まずはユグドール王。貴族との贈収賄や、気に食わない貴族への圧制、自分に歯向かった者に対し、何の罪もない者を処罰。国民に対して必要以上に高い納税の要求。そのお金で豪遊。国民が貧しい思いをして訴えてもまったく耳を傾けない。王とは名ばかりの、ただの愚者ですわ。バセロルト公爵家と、公爵家に賛同する貴族達の力がなければ、この国はとっくに潰れていたでしょうね」

「……っ!!」

「続いては、王太子と王妃」


 アーベリアから鋭い視線を向けられ、ライラックとルマーサは大きく肩を波打たせる。


「王の贈収賄や貴族の圧制を知っていながらも見て見ぬ振りをし、そのお金で豪遊。闇賭博にも手をつけている。そのうえ王妃は何人かの貴族と不倫。自分と夜を共にした貴族の要求に応え、国庫金を使いたい放題。そして殺人未遂と殺人教唆。どれも立派な犯罪ですわ」

「そんな……そんなことはしておらんっ! とんでもない法螺(ほら)を吹く〝悪女〟めがっ! 護衛ども、その悪女を斬ってしまえ!!」


 センダンの命令に、護衛騎士達は剣を抜きアーベリアに足を向けたが、その動きがビタッと止まった。


「姉上に手を出す奴は真っ先に消す。これは決して脅しじゃない。覚悟ができた者だけかかってこい」


 銀の瞳を光らせ、イグニスは腕を前に突き出す。

 その手が瞬時に紅色の業火に包まれ、騎士達は「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、腰を抜かして座り込んでしまった。


「証拠ならありますわよ? 不正金やそのやり取りの書類が、王太子の部屋の金庫に入っておりました。だらしのない王の代わりに、王太子が保管していたのでしょう。王妃の部屋の金庫にも、貴族との違法金の証拠がありました。それらはすべてわたくしが回収いたしましたので御安心を」

「はぁっ!? なんでアナタが金庫の鍵を持ってるのよ!? それにアタクシの部屋に勝手に入ったの!? アタクシがいない時は鍵がかかっていたはずよ!?」

「色々とございまして」


 ニッコリと笑うアーベリアに、ルマーサは湯気が噴出しそうなほどの真っ赤な顔でキーキー金切り声を上げた。


「あぁ、うるさいですわね。盛りのついた猿がいますわ。いい歳して本当みっともない」

「なっ……!」


 不快そうに顔をしかめたアーベリアの言葉に、ルマーサは言葉を失う。

 重鎮達の何人かが堪らず吹き出し、ルマーサは憤怒の表情で身体を震わせた。


 中庭でアーベリア達の会話を聞いていた国民から、戸惑うざわめきの声が聞こえてくる。


「極めつけは、十二年前のセインウッド王国への奇襲です。王弟殿下は〝毒〟で殺されておりません。王はただ自分が一番になりたいがために、事実を捏造してセインウッドに攻め込んだのです。なんの罪もないセインウッドの国民、そして王族を、王は傲慢に自分勝手な思いだけで鏖殺(おうさつ)したのです」

「……っ!」


 それを聞き、国民のざわめきが一層強くなった。


「……で……デタラメを言うなっ! 現にディーンは〝毒〟で殺されてここにはいないではないか! ふざけるのもいい加減に――」

「……私はここにいるよ、兄上」


 掠れた低い声が、バルコニーに響く。

 全員が声のした方へ顔を向けると、バルコニーの入り口に、灰青色の髪と澄んだ水色の瞳を持った男が立っていた。


「で、殿下っ!?」

「ディーン様っ! 生きていらしたのですかっ!?」


 事実を知らない重鎮達から、一斉に驚きの声が漏れる。


「ディ、ディーン!? どうしてここにっ!? 離れの鍵はどうした! それに何故喋れてるんだっ!?」

「……私は殺されていないよ。コノーテの……セインウッド第一王女のクッキーに〝毒〟をかけたのは、兄上の当時の侍女だ。残念ながら、その侍女は別の罪を被せられて処刑されてしまった……。証拠隠滅のためにね。その場にいた料理長や使用人達も同じくだ。私は、長い間離れに閉じ込められていたんだ。声を出せないように、喉を焼かれてね。兄上は自分以外の者を人と思わない外道だ。――この国にいらない存在なんだ」

「えっ!?」


 重鎮達と国民の驚きの声が重なる。


「なっ、何を言っている!? 〝毒〟はセインウッドの王女が自国の毒草で作ったものだ! セインウッドへの攻撃は『正当防衛』だ! 証拠もないのにふざけたことを抜かすな! 国民をこれ以上困惑させるな! さらに戯れ言をほざくのなら、お前も処刑するぞ!!」

「……証拠は……」

「ほーら、ないではないか! 今すぐワシと国民に土下座して謝れ! 嘘をついて申し訳ありませんとな!」


 センダンの不愉快な高笑いが辺りに響き渡る。

 ディーンが唇を嚙みながらアーベリアに目線を向けると、彼女は凛とした表情で頷いた。


 アーベリアは信じていた。


 ラハンは必ず、〝毒〟の判明をして戻ってきてくれると。



「――相変わらずフザけた嘘ばっかり吐くわね、このクソジジィは」



 不意にバルコニーの入り口の反対側から女性の声が聞こえ、その場にいた全員が一斉にそちらに振り向いた。



「証拠ならちゃーんとあるわよ。耳の穴をかっぽじってよく聞きなさい!」



 ――明るい茶色の髪と、陽の光で輝くエメラルドの瞳。

 女性の肩の上で、氷の鳥がディーンに向けて挨拶をするように目を細め、羽根をバサリと広げた。


 十二年の年月が経っても、勝気そうなその表情を、アーベリアとディーンは忘れるはずもなかった。



「お、お姉……さま……?」

「……コノーテ……?」



 二人の震える声音の呼びかけに、女性はニコリと笑うと、しっかりと頷いたのだった――




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