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38.御覚悟はよろしくて?



 バルコニーから真っ逆さまに落ちるアーベリアの姿を見て、国民の間から一斉に悲鳴が上げられる。


「――っ」


 イグニスは瞬時に腰を落とし、一気に足を伸ばして地面を蹴った。

 刹那、彼の背中から銀色の美しい翼が飛び出す。

 その翼を大きく羽ばたかせ、イグニスは空を舞い上がった。


 そして、落下するアーベリアの身体を両手でしっかりと抱き留める。


「大丈夫か」

「えぇ。ありがとうございます、イグニス」


 陽の光でキラキラと輝く銀色の翼を見て、アーベリアはエメラルド色に変わった瞳を細めた。


「相変わらずあなたの翼は美しいですわ」

「よしてくれ。翼を出さない『浮遊魔法』もあるが、それは安定性がなく少ししか飛べないからな」

「空から舞い下りた天使みたいで、わたくしは素敵だと思いますわよ?」

「勘弁してくれ……」


 その場にいた民衆もアーベリアと同じ感想を持ったようで、


「天使だ……」

「あぁ、綺麗だ……」


 と、あちこちから感嘆の息と呟きが漏れていた。


 イグニスはアーベリアを抱いたまま、バルコニーへと降り立つ。

 そこにいた者達全員が、口と目を真ん丸くさせて呆然と固まっていた。


 バルコニーに急いで駆けつけた城の重鎮達を見ると、イグニスの腕から降りたアーベリアは、ライラックに向けてニコリと微笑んだ。


「殿下、わたくしの背中を押してバルコニーから突き落としましたね? 王妃陛下の命令だと仰っていましたが」

「えっ、あ……ち、違うっ! 僕はそんなことしていないし、言ってないっ!」

「そうよ! アタクシの息子になんてこと言うの! アナタが勝手によろめいて落ちただけじゃない! そんなフザけたことを言うのなら、【侮辱罪】で処刑するわよ!」


 アタフタと否定するライラックを、ルマーサがヒステリックに援護の声を上げる。

 

「では、手すりが壊れた理由はどう御説明されるのですか? あの手すりはとても頑丈です。わたくし一人の身体の重みでそう簡単に壊れるはずがありませんわ」

「そ、それは……そう、劣化していたのよ! この城も古いから――」

「安全のため、巡回の騎士が定期的に確認しているはずですが。しかもその部分だけ壊れるなんておかしいですわよね?」

「……っ、じゃあアタクシの息子がアナタを押したって証拠があるの!? ないでしょ!? ないなら適当なこと言わないでちょうだい!」


 金切り声で言うルマーサを一瞥したアーベリアは、ライラックの方へ視線を変えた。


「殿下。御自分の両手を御覧くださいませ」

「え? 両手……?」


 ライラックは己の掌を自分に向け――絶句する。

 いつの間にか、彼の掌一面に白い粉が付いていたのだ。


「な……なんだこれはっ!?」


 素っ頓狂に声を上げるライラックに、アーベリアは笑顔で返す。


「それは『小麦粉』ですわ」

「はぁ? 小麦粉ぉ!?」

「はい、わたくしの背中に付いておりました」


 証拠とばかりに、イグニスがアーベリアの背中をそっと触り、その手を広げてみせる。

 そこには、ライラックと同じ白い粉が全体的に付いていた。


「な……っ!」

「あらかじめドレスの後ろに付けておきましたの。このドレスは粉が簡単に落ちない生地ですし、同じ白色ですからわからなかったでしょう? この粉が殿下の両手に付いているということは、わたくしの背中を触ったという証拠です。殿下がほかに小麦粉を触る機会は今までありませんでしたもの。これでよろしいでしょうか?」


 口元に笑みを湛えながら淡々と説明するアーベリアを、ライラックとルマーサは唖然として見つめた。


「な……なんでそんなことしてるのよっ! まるで押されることを最初からわかっていたみたいに――」

「王家の皆様に恥をかかせないよう生誕祭の予行演習をしようと、ある日バルコニーに出たのです。その時、手すりの一部が不自然にヒビが入っていることに気が付きました。少し押しただけで壊れるほどの大きなヒビが。それは間違いなく人為的に作られたものでした。それでわたくしは危惧の念を抱いたのです。もしかしたら、王妃陛下がわたくしを殺そうとしているのかもしれない、と」

「なっ……なんですってぇっ!?」

「その危惧は見事に当たってしまいました。殿下といえど、【殺人未遂】は立派な犯罪です。殿下に殺人を唆した王妃陛下も【教唆(きょうさ)罪】になり、同等の罪になります。御覚悟はよろしいでしょうか、お二人とも」


 アーベリアの説明に、ライラックは口をパクパクさせ間抜けな面を披露している。


「そんなことワシが赦さんぞっ! この国はワシのものだ、だから法律もワシが決める! 王族はどんな罪を犯そうとも無罪だっ!」


 センダンの無茶苦茶な言い分に、イグニスのこめかみがピクリと動く。


「どこまで腐った奴なんだ」

「えぇ、本当に」


 アーベリアは真顔でセンダンにエメラルド色の瞳を向けた。

 そこでようやくセンダンは、彼女の瞳の色に違和感を覚える。


「なんだ? その目の色は……。お前は確か翠ではなかったか? ……待て……その色、どこかで見たような――」

「それはそうでしょう。この瞳の色は、あなたが滅ぼしたセインウッド王国の、直系の王族のみが継承するもの。普段は翠ですが、陽の光に当たるとエメラルド色に変化するのです。今までお城の中でしかお会いしておりませんでしたので、まったくお気付きにならなかったでしょう?」

「は? セインウッド? 王族……?」


 困惑するセンダンに、アーベリアは凛と言葉を放った。



「わたくしは、セインウッド王国第二王女、アーベリア・セインウッド。醜悪なユグドール国王とその王族を断罪し、代わってこの国を統治いたします。もう一度言いましょう。――愚かな皆様へ。さぁ、御覚悟はよろしくて?」




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