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15.さぁ、始めましょう。……怪談話を



 ユグドール王国にあるバセロルト公爵領の、公爵家の屋敷内にて。

 窓にかかるカーテンがきっちりと閉められ、月光の一筋も入ってこない、闇に覆われた部屋があった。

 そんな一寸先も見えない真っ黒な空間に、突如指先ほどの小さな灯火が現れた。

 微かにユラユラと揺らめく橙色のそれは、ロウソクの火だ。


 その光に灯され、ボゥッと妙齢の女性の顔が浮かび上がる。


「さぁ、始めましょう……『千物語』を」


 わざと低く悠然とした声音で、その女性が言葉を発した。

 続いて、彼女の右隣の空間にもポッとロウソクの火が現れ、ボワッと壮年の男性の顔が浮き彫りになる。


 鼻の下に形の良い髭を生やしているその男性は、ゆっくりと口を開いた。


「三人で『千』の怪談話は多いですね……。せめて『百』にしませんか? 一話ごとに消すロウソクもまったく足りないですし」


 次に、男性の右隣の暗闇にも橙色の光がボッと灯され、スゥッと糸目な青年の顔が現れ出た。


「『百』でも十分多いと思うよ? けどまぁ、情報通のボクならば『千』でも『万』でもドンとこいだけどねぇ。ロウソク一万本用意しておけば良かったよ」


 自信ありげに、口元に微笑を(たた)えている青年はそう口にする。

 三人とも顎の下からロウソクを照らしているので、暗闇の中ロウソクの仄暗い明かりに映る彼らの顔は……非常に怖い。


 もしも今、誰かが部屋に入ってきたら、盛大な叫び声を上げ腰を抜かしつつ一目散に逃げ出すこと間違いなしだ。


「ロウソク一万本……それは圧巻だわぁ。でもこの部屋に入るかしら~?」

「確かに、ボク達の入る隙間がなくなりそうだねぇ。それじゃあ怪談話ができないよ~」

「二人とも、その前に火事の心配がありますよ」

「ヒューガ、違うわ。心配じゃなくて、確実に火事になるわよぉ」

「あぁ、それは少し困りますね」

「いやいや、少しどころじゃないと思うよ~?」


 三人が仲良く会話をしていると、ノックもなくガチャリと扉が開かれた。


「どこにもいないと思ったら、やっぱりここにいたか。飽きずによくやるものだ」


 叫び声がなかった代わりに、これみよがしに溜め息が聞こえてくる。

 扉から姿を見せたのは、壁に寄りかかって腕を組む、無表情のイグニスだった。


「あら? イグニスじゃない~。こんな夜中にどうしたの? アーベリアは?」

「もちろん城の自室で寝ている。『防御魔法』の(たぐい)を何重にもかけてきたから、少しの間なら離れても大丈夫だろう」


 イグニスは部屋のランプを点けると、数か月ぶりの再会である家族の顔を見回した。



「怪談話は後にしてくれ。相談がある。姉上の手助けをしてほしい」



✛†✛†✛†✛†✛†✛



「……なるほど、そうですか……。アーベリアの周りは、その三人の侍女以外、全員敵みたいなものなのですね。ラハンの情報でわかってはいたことですが、そこまでとは……」


 イグニスから話を聞いたヒューガは、「ふむ」と真顔で頷くと、おもむろにソファから席を立つ。


「待って父さん、ボクもお供するよ。二人なら早いし、簡単に済ませられるでしょ?」


 父の意図に瞬時に気付き、にこやかに笑いながら立ち上がるラハンを、イグニスは声を出して止めた。


「待て、二人とも。城に忍び込むのは禁止だ。何を簡単に済ませられるのかは敢えて聞かないが、姉上は俺達の家と王族の仲が悪くなるのを望んでいない。自分でどうにかしようと思い行動をしている。姉上の気持ちを尊重してやってほしい」

「わかっていますよ、イグニス」

「やだなぁもう。冗談だよ、ジョーダン」

「兄上のは冗談に聞こえないな」

「本当にもう、あの子ったら……。もっとわたし達を頼っていいのに。けれどわたし達に少しでも迷惑をかけたくないと思っているのよね。まったく健気よねぇ……」


 カロリナは頬に手を添えて、ほぅ……と溜め息を漏らす。


「えっと……ジューンメリーとかいったかしら? その小娘、王太子と結婚して玉の輿でも狙っているのかしらね?」

「あぁ、その可能性は十分にあるよ~。リアンジュ伯爵家は、とある事業に失敗して結構な負債を抱えていたはずだからねぇ。家族も窮屈な暮らしを余儀なくされているんじゃないかな」

「伯爵が王妃に頼み込んで、延滞している納税を待ってもらっているそうですよ。ですが自分の娘が王太子と婚姻すれば、それもなくなります」


 ヒューガの言葉に、カロリナは軽く肩を竦めた。


「王太子妃の実家が借金持ちだなんて、体裁にこだわる王妃が許さないわよねぇ。あの女狐のことだから、借金と未納自体なかったことにするわね」

「だねぇ。伯爵が娘にやらせているのか、娘が自分で勝手にやっているのかは、現情報ではまだわからないけどさ。まぁ、両方の可能性も十分あるけど。息子溺愛の王妃が、王太子と伯爵の娘とのイチャイチャを黙認しているってことは、王妃も絡んでそうだねぇ」


 頭の後ろで手を組みながら言うラハンに、ヒューガは神妙に頷く。


「恐らくそうでしょう。その二人の仲睦まじい姿を王に見せつけ、『婚約者変更』の言葉を王から言わせるつもりかと。そして、アーベリアを嬉々として城から追い出すのでしょう。そこまでしてあの子を息子の婚約者にしたくないのでしょうね。私達の娘は、王太子より遥かに優れていますから。王妃も本能的にそれを感じ取っているのかと」

「『アタクシの大事な大事な息子チャンよりデキる女なんて息子チャンに相応しくないわ。息子チャンが一番じゃなきゃダメなのよ』ってところだろうね~」


 自分のつたない説明でそこまで推察できる三人に、イグニスは改めて脱帽する。


「わたし達に面倒と迷惑をかけたくないというあの子の意思をもちろん尊重するけれど、陰でこっそり手助けをする分はいいわよね?」

「それはもちろんいい。姉上のパートナーを探してくれるのか?」


 イグニスの問いかけに、カロリナは呆れた表情を彼に向けた。


「何言ってるのよ、イグニス。パートナーはあなたに決まってるじゃない」

「…………俺?」


 珍しく驚きの顔つきになったイグニスに、ヒューガは口元に笑みを湛えながら頷く。


「【戦勝記念日パーティー】は、パートナーについて、異性ということ以外特に決まりはなかったはずです。ですので、家族でもパートナーになれるということですよ」

「ちょっと待ってくれ。パーティーにはダンスがつきもの……王族主催のパーティーなら特にだ。俺はダンスがまったくできない。それは父上達もわかっているはずだ」

「だねぇ、ダンスの練習を全然しないで本ばかり読んでたからねぇ、キミは。ボクがあの子のパートナーになりたいのは山々なんだけど、その日は外せない用があってねぇ。しょうがないからキミに任せるよ」

「……俺がパートナーになっても、姉上に恥をかかせるだけだ。そんなことはできない」


 渋い顔をするイグニスの肩を、カロリナはポンポンと叩く。


「大丈夫、きっとなんとかなるわよぉ」

「根拠のない励ましはやめてくれ」



 イグニスが睨むようにカロリナへ目を向けると、彼女はアーベリアと同じ翠色の瞳を細め、ニッコリと笑ったのだった……。




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