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14.勝ち誇る令嬢



「戦勝記念日……」



 その言葉を聞いた途端、イグニスの眉間に皺が寄る。

 しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻っていた。

 アーベリアは壁に貼ってある(こよみ)に視線を向けていたので、彼の変化には気付けなかった。


「お城で毎年開かれる【戦勝記念日パーティー】も、もうすぐですわね」

「あぁ。バセロルト家は何彼(なにか)につけて毎年欠席していたが、今年は姉上が王太子の婚約者に選ばれた。出席しなきゃ駄目だろうな」

「お父様のもとへ招待状も届いている頃でしょう。お父様達には御足労をかけさせて申し訳ないですわ」

「いや、父上達は姉上に会えるから喜び勇んでやってくるだろう。王太子からはパートナーの誘いを受けたのか?」


 イグニスの質問に、アーベリアはコクリと首を縦に振る。


「えぇ、今日のお茶会の時に」

「そうか。あの様子では、伯爵令嬢をパートナーにすると言い出しそうだったからな」

「ふふっ。そんなことを言われたら、わたくし泣き濡れてしまいますわ」




✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼




「すまない、アーベリア。母上に頼まれてしまってね。今度のパーティーは、ジューンメリーをパートナーにするよ。君は適当にパートナーを見つけてくれ」


 【戦勝記念日パーティー】の開催まで一週間を切った、ライラックとアーベリアのお茶会の日。

 ライラックは当たり前のようにジューンメリーを連れてきて隣に座らせると、開口一番にそう言った。

 アーベリアとイグニスは、あくびれもせず告げたライラックに、一瞬言葉を失ってしまう。


「ごめんなさい、アーベリアさまっ。でもあたし、ライラックさまのパートナーになれて、すっごくすっごく嬉しいっ」

「ははっ、そうか。もちろん僕もだよ」


 ジューンメリーが笑顔でライラックに抱きつき、彼も微笑みながら彼女の身体を受け止める。


「ライラックさま、だーいすきっ」

「あぁ……僕もだよ、ジューンメリー」


 互いの顔を近付けて見つめ合い、前回より二人の親密度があきらかに上がっている。


「…………」


 アーベリアはそんな二人を、微笑みを貼り付けた表情で見ていた。

 やがて、彼女が静かに唇を開いた。


「……わかりましたわ。殿下の仰せのままに」

「ありがとう。僕のことを心から慕う君なら、必ず頷いてくれると思っていたよ」


 ライラックが、アーベリアの返事にさも当たり前というふうに笑う。


「…………」


 イグニスが眼鏡の下で、心底呆れた視線を放っていることに、頭がお花畑状態のライラックとジューンメリーはまったく気付かなかった。 



 ――その日のお茶会は、ライラックとジューンメリーの仲睦まじいお喋りだけで幕を閉じた。


 ちょくちょく恋人同士のように見つめ合い、ジューンメリーがライラックに身体を寄せて甘え、彼が優しく彼女の髪を梳く光景を、アーベリアはどんな気持ちで見ていたのだろうか……。


 その場に待機していた侍女のサラサ、ナナカ、リラの三人は、何もできない自分を責めた。


 ライラックが笑顔のジューンメリーと寄り添いながら去っていき、二人が見えなくなった後ゆっくりと席を立つアーベリアを、三人は居た堪れない気持ちで見つめていた。


「……あっ、アーベリア様!」


 我慢できないといった風に、サラサがアーベリアに思い切って声をかける。


「そ、その……。ど、どうか気になさらないでください! あの伯爵令嬢がかなりのとんでもない非常識なんです! 殿下も殿下ですよ! 婚約者のアーベリア様の前であんな……! 一体何を考え――」

「しっ。そこまでですわ」


 アーベリアがサラサの言葉を遮り、そっと彼女の唇に人差し指を当てる。


「王族に対する不敬の言葉は、決して口に出してはいけません。けれど、わたくしを心配してくださる気持ちはとても嬉しいですわ。ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですよ」


 美しく微笑むアーベリアに、サラサ達は頬を染めながら小さく頷く。


「サラサさん、ナナカさん、リラさん。いつもお片付けありがとうございます」


 アーベリアは三人にニコリと微笑み、「は……はいっ!」と元気良く返事した三人の声を背中に受けながら、イグニスとその場をあとにした。


「…………」

「…………」


 二人の間に、しばらく無言の時が流れる。


「……わたくしには、どう足掻いても彼女のようにはできませんわ……」


 ポツリと呟かれたその言葉に、イグニスの眉尻が微かに動いた。


「泣き濡れたいなら胸を貸そうか」

「――ふふっ。ありがとう、イグニス。大丈夫ですわ」


 アーベリアは立ち止まりイグニスの方に振り返ると、翠色の瞳を細めて笑った。


「それにしても、どうしましょう……。わたくしに殿下以外の殿方の知り合いはいませんし、〝悪女〟と呼ばれるわたくしを誘ってくださる方もいませんわ。ですが、あのパーティーは一人でも参加可能だったはずですから、わたくしも一人で大丈夫でしょう」

「…………」

「大丈夫ですよ、イグニス。わたくしは周りの目など気にしませんから。愛する人のためならば、これくらい耐えてみせますわ」


 イグニスにもう一度微笑んだアーベリアは、顔を前に戻すと再び歩き出す。


「…………」



 イグニスはアーベリアの背中を見つめ、小さく息をつくと、窓に映る空を見上げたのだった。




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