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13.嘲笑う令嬢



 そんな中、イグニスはジューンメリーに対し呆れた眼差しを向けていた。


(本来は姉上と王太子だけの茶会なのに、遠慮をまったくせず居座り、姉上を無視し王太子とばかり話す、か。この娘、非常識にも程があるな。普通は遠慮して、王太子が許しても自ら離れるものだが)


 そのイグニスの思いが通じたのか、ジューンメリーは「あっ」と声を出しアーベリアの方を向いた。


「ごめんなさいっ。あたし、ライラックさまとずっと話しててっ。あたしもう行きますねっ」

「うん、わかったよ。またね、ジューンメリー」


 素直に頷き別れを告げたライラックに、ジューンメリーはあからさまにムッとした表情を浮かべた。

 

(引き止めてほしかったようだな。面倒臭い娘だ)


 ジューンメリーは椅子から立ち上がり歩きかけたが、その身体がフラリと傾き、座っているライラックの胸に(もた)れかかった。


「おっと……大丈夫かい?」

「うぅ、ちょっとめまいが……。あたし歩けないかも……」

「あぁ、それは大変だ。医務室に連れていくよ」


 ライラックが手を上げ護衛を呼ぼうとしたが、それをジューンメリーが即座に制止した。


「あたし、ライラックさまがいいの。ライラックさまがあたしを抱っこして連れていって?」


 桃色の目を潤ませながら自分を見上げてくるジューンメリーに、ライラックはすぐに頷いた。


「アーベリア、すまないけど……」

「わかりましたわ。わたくしのことは気にせずいってくださいませ」

「ありがとう。来週のお茶会も楽しみにしているよ」


 ライラックはジューンメリーを横抱きにすると、護衛と共にその場から去っていった。

 ジューンメリーはライラックにギュッとしがみつき、その表情を窺い知ることができなかった。


 しかし、彼女の顔に満面の嘲笑が浮かんでいることは、イグニスには容易に想像できた。


 アーベリアは侍女達にお茶会の片付けをお願いすると、イグニスの方を振り向く。


「いきましょうか、イグニス」

「……大丈夫か」


 あんなあからさまに婚約者と伯爵令嬢の仲睦まじげな光景を見せつけられたのだ。

 イグニスが問いかけると、アーベリアは切なそうに眉尻を下げた。


「わたくしもあんな風に甘えることができたのなら、愛する人の心をもっと掴むことができるのでしょうね」

「…………」


 悲しみを含んだその言葉に、イグニスが眉間に皺を寄せた時だ。

 片付けをしていた侍女達が、アーベリアにワッと押し寄せてきた。


「げっ、元気出してください、アーベリア様!」

「わ、私達はアーベリア様を応援しています!」

「王妃様の手前、表立って応援できないけど……、心の中で精一杯応援していますから!」


 アーベリアは微かに翠色の瞳を見開くと、嬉しそうにふわりと笑った。


「ありがとうございます、サラサさん、ナナカさん、リラさん。そのお気持ちだけで十分ですわ」

「……っ」


 三人の侍女は、アーベリアが自分達の名前を知っていたことに気持ちが高揚し、頬を赤く染める。

 アーベリアはもう一度三人に微笑むと、イグニスを連れその場をあとにした。


「……姉上」

「はい」

「貴女はそのままでいい」


 アーベリアは思わずイグニスの顔を見上げたが、いつもどおり無表情のままだ。


「……ふふっ。ありがとうございます」


 アーベリアは目を細めクスリと笑うと、自室とは正反対の方に足を向けた。


「どこに行くんだ?」

「侍女達が話していた怪談話が気になりまして」

「怪談話――あぁ、離れから呻き声が聞こえるとかいう噂か」

「えぇ、そうですわ」


 アーベリアは頷くと、離れに向かって歩き出す。イグニスもすぐそのあとを追った。

 時刻は夕方で、陽も少しずつ沈みかけていた。


「あの伯爵令嬢のせいでだいぶ遅くなってしまったな」

「えぇ。ですが、怪談の時間帯には丁度良いですわ」


 廊下の角を曲がって離れが見えた時、二人の耳に微かに音が入ってきた。

 イグニスは即座に反応し、アーベリアを自分の背にサッと隠す。

 その音は途切れ途切れだが、獣の低い唸り声のようだった。


 それは二人の視線の先――離れから聞こえてくるようだ。


「本当に聞こえてくるとは……。侍女達の言うとおり、魔物か野獣が住み着いてるのか?」

「幽霊でしたらどうしましょう?」

「悪霊だったら炎魔法か聖魔法でさっさと成仏してもらう。まぁ俺は信じないがな」

「誰だっ!!」


 そこへ突然怒声が聞こえ、騎士が一人駆け寄ってきた。


「……ん? あなたはアーベリア様ではないですか。あなたの部屋はここから正反対ですよ。どうしてこちらへ?」

「あぁ、申し訳ございません。侍女達が離れに幽霊がいると噂をしておりまして。好奇心でこちらまで(おもむ)いてしまいました」

「幽霊……ははっ、あなたもそんな噂を信じるんですか? そんなのはデタラメですよ、デタラメ。ここには何もいません。唸り声がするとか騒いでいるようですが、大方隙間風の音と間違えたのでしょう。本当に何もいませんよ」

「えぇ、そのようですわね。大変失礼いたしました、自室に戻りますわ。お仕事お疲れ様です」


 アーベリアは騎士に向かって優美に微笑むと、踵を返し来た道を戻る。


「離れに王直属の騎士、それにあの言い方……。確実に『何かいる』と言っているようなものだ」


 アーベリアの部屋に戻ると、イグニスは呆れたような声音で言った。


「…………」


 アーベリアはイグニスの言葉に返答せず、顎に指を当て何か考え事をしているようだった。


「どうした?」

「……あぁ、ごめんなさい。それに関してはまた後日調べましょうか」


 アーベリアは顎から指を離し微笑むと、ふと思い出したように再び口を開いた。



「今日のお茶会の時に話が出たのですけれど、もうすぐこの国の【戦勝記念日】でしたわね」




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