持たざる者に幸あれーーー予選
「いよいよ、今大会の予選も中盤戦といったところでしょうか。この広い会場のあちこちで激しい戦闘が繰り広げられています。先程からちらちらと脱落者も出始めた様子、ますます今後の展開が楽しみですね。」
そう実況するのは、司会を終え会場の一角に設けられた実況者席に座るルルテアである。会場の熱気は冷めることはなく、時間が進むにつれますます勢いを増している。
「さて、この状況をどうご覧になられますか?特別解説の学園長。」
「あー、そうだね、面白いと思うよ。」
ルルテアの質問に対して、異例の初解説のマギナが全く興味が無さそうに答える。
「学園長、なんでその席すわってるんですか。」
あまりのやる気のなさに、さすがのルルテアも呆れてしまっている。
「さぁさぁ、皆さん気を取り直して!誰が最後まで生き残っているのか、目を見開いて見届けることとしましょう!」
ステージ上では、先程まで防戦にまわっていた光が、反撃に出ていた。が、観客からしてみればあまりにも反撃とは程遠いものに見えた。
襲い来る剣戟に光は、【檜】で受け弾き返す。受けては弾き、時々いなす。先程までと大して差のない展開かと思えた。
ただし、実際に剣を合わせている参加者は、皆戦慄を覚えたような顔をしている。
その異様な光景を見てとった一部の観客達は、その違和感の原因に気付き始める。
「なぁ、なんかあいつら変じゃねぇか?」
「あぁ、わかるぜ。『持たざる者』の空気が変わったかと思ったが特に大きな変化は見られねぇ。」
「いや、それもそうだがそうじゃねぇ。なぜあいつらはたったの1合しか剣を合わさないんだ?『持たざる者』が受けて反撃しようとしたらどいつもこいつも大きく身を引きやがる。」
「なにか警戒してるんじゃねえのか?」
「そうだろうか。警戒するのはわかるが、襲いかかった全員が一様に退いてやがる。一人くらい二撃目を試みたっていいとは思わないか?」
「言われてみればそうかもな。一体あそこで何が起こってるっていうんだ。」
観客達がそれぞれの考察を述べている。
「……ふーん。」
ふと、解説席のマギナが声をこぼしたのが聞こえた。
「膝が笑ってやがる…踏み込んで切り込んだはずなんだ…どうして退いてやがる…」
相対する一人がふと零した。
光は、反撃を試みたいものの一様に退いていく参加者達を相手にむしろ攻めあぐねていた。
(どうしたもんかなぁ。もっとガツガツ来てくれると思ったのに。どうしてだろ……ちょっとしか本気出してないのに……踏み込んでるだけなんだけど……)
今一度構えを深く取り直し、再び剣を交えようとしたその時、
「この匂い!?」
「あぁ、もうめんどくさいや。」
ほぼ同時だった。辺りは、突然黄色い霧に包まれた。観客席からは大量の花粉が舞っているように見えたことだろう。参加者のほぼ全員が咳き込んだり、苦痛の表情を浮かべたり、倒れ込む者もいた。
「安心してよ。致死性の毒じゃあないからさ。ほんのちょっと苦しいかもだけど、これが一番手っ取り早くてね。」
その霧の正体はどうやらアルシアが原因だったらしい。
「ちょっと待て!ゲホゴホッ!なんなんだこれは!?ローデス家の期待を背負ったこのジャン様を相手になんて卑怯な!正々堂々戦わぬか!ゲホゴホッ!」
喚いているジャンをよそ目に、光は辺りをくまなく見渡していた。ほかの参加者とはまた違った焦り方をしているように見えた。
「この匂いは、ケホケホ…恐らく……不味いことになるかも……」
「くそっ!我は風の愧術は苦手なのだ!燃やせばいいのか?それとも、あぁ、わからん!」
ジャンは得意の炎と水の愧術で何とか対処しようと試みているが、どれも上手くいっていない。それに対して光は、姿勢を低くし未だ辺りを見渡し続けている。
神愧を過剰に使用することで、何とか持ちこたえている者が何人かいる程度で、大半が身動きできずほぼ戦闘不能になりつつある状況だった。だが、ルール上場外か気絶等による戦闘不能、あるいは降参でなければ退場扱いにはならないため、このままでは多くの参加者が苦しみ続けることになる。
「すまない、みんな!色々考えてみたけど、僕にはこれしか思いつかなかった。すこしだけみんなに痛い思いをさせることになると思う。でもこうするしかないんだ!」
そう言った青年は、神愧を溜め始めた。
「ここで、アルシアさんの恐らく毒霧でしょうか、それにより状況が一変しました。参加者の多くが身動きを取れない状態です。ただ、神愧の扱いが上手い、愧心の器が大きい者は力技でなんとか持ちこたえているようです。そして気になるのは突然謝り、力を溜め始めた今回の有力候補、ハンさんですね。学園長、彼は何をしようとしているのでしょう。」
「あ?ああ、見てたらわかると思うよ。」
「聞いた私が間違いでした。」
ステージ上の壮絶さとは相反して、実況解説席は穏やかな様子だった。
会場が一瞬笑いに包まれたその時、光とハンが同時に動いた。
「やっぱり見つけた!……警戒しといて正解だ!」
光は何かを見つけ駆け出した。ハンは、神愧を溜め終わったらしく詠唱を始めた。
「我が剣は我が志がため、我が志は世が太平のため……」
大剣を正眼に構え、言葉を紡ぐごとに大剣に神愧が纏われ肥大化していく。一音一音に力が宿っていく。ハンの周囲だけ、毒霧が霧散していく。そんな膨大な力を尻目に光は姿勢を低くしたまま、ただ一目散に駆ける。
「心音は響き、剣心は育む。天は与えん、世に太平を。地は与えん、我に大志を。」
気付けばハンの大剣は、身の丈の五倍程になっていた。観客からはどよめきが起こる。
今にも振り下ろされんとする大剣の横を小さな光がすれ違う。
神愧を纏った大剣は大気を震わせ、黄色い霧を霧散させながらゆっくりと振り下ろされる。光は駆ける。静かに、疾く駆ける。
「志剣天閃」
ハンの巨大な剣が地に触れる。
「間に合った!」
光は駆けた勢いのまま、一人の女性に覆い被さる。
ハンの一撃により暴風が吹き荒れ、毒霧を吹き飛ばすだけでなく土煙を巻き上げる。会場は大きく揺れる。ステージを破壊するほどの一撃は、破片とともに毒霧により力の入らない参加者を次々と場外へと追いやっていく。
「おおっと!これはなんという一撃でしょう!実況席までその衝撃が襲っています!激しい土煙により詳細は分かりませんが、轟音と共に何人かの参加者が土煙から飛び出して来ています。これほどの一撃、ハンさん以外の参加者全員が吹き飛んでいてもおかしくありません!」
「やるじゃない。」
この一撃には、学園長も感嘆をこぼす。
揺れと土煙が収まるとその惨状が少しずつ見えてきた。
ステージは大きく二つに割れ、参加者の大半が場外に飛ばされ、ステージ上に残されていたのは20人程だろうか、しかし皆が満身創痍に見えた。
光も飛ばされないように【檜】をステージへと突き刺し、女性を庇いながら何とか食い留まっていた。破片が幾つか掠めたことにより身体には傷が付き、出血している。そんなことには目もくれず、庇っていた女性に声をかける。
女性の呼吸は酷く乱れ、泡を吹き、痙攣していた。
「お姉さん、これを飲んで。苦しいのはわかる。命に関わるから、早く!」
光は懐から、なにやら薄汚れた緑色の塊を女性の口元へと運び飲ませる。
強引に飲まされた女性はより一層、苦痛の表情を浮かべもがき始めた。
「大丈夫。落ち着いて、深呼吸。ほら、ね。」
女性はなんとか息をする。汗が止まらない。しかし、何度か呼吸を繰り返すと少しずつ和らいできた。
「よかった。間に合ってよかった。」
光は女性の上から離れ、傍らに膝を着く。
その首筋に、背後から短刀を突きつけられる。
「貴様……」
「そこまで!!!予選終了!!!」
実況席より予選終了が告げられた。光が静かに振り向くとそこにはアルシアがいた。
その目は光を見ておらず、背後にいる女性の口元から手元の緑の塊へと移される。
「ふん、命拾いをしたな。」
そういって、何事もなかったように去っていく。
「ステージ上には22名残っていますが、六名の気絶を確認しました。よって、残った16人が予選突破となります!」
観客が今日一番の盛り上がりを見せる。光はふうと息を吐き、腰を下ろす。
「危ねぇ……」




