持たざる者に幸あれーーー本選
予選終了から一時間後ーーー
「いやぁ、なんとも壮絶な予選でしたねぇ。激闘を制し予選を突破した総勢16名による本選、決勝トーナメントに早速移って行きたいと思います。一応聞きますよ?学園長。予選をご覧になっていかがでした。」
「ん?あぁ、楽しみにしてるよ。」
「だーめだ。話聞いてないやこの人。」
もはや恒例となりつつある実況解説席の漫談を聞き、先程まで休憩のため落ち着いていた観客席も熱狂が取り戻され始める。
「さぁさぁ、気を取り直して決勝トーナメントのルール確認と参りましょう!本選は一対一の単純な決闘方式となります。勝利条件は相手を戦闘不能にする。あるいは降参のみ。審判役を務める教員がどちらかが戦闘不能と判断した場合、降参を認めた場合に試合終了となります。当然、武器や愧術の使用等なんでも良し。ただし命を奪う行為だけは原則禁止となります。」
ルールは至極単純、言わば強い方が勝つ。それだけの話だ。
本選までの待ち時間で行われたくじ引きにより、第一試合に登場することとなった光は、入場口の前で待機していた。
あぐらをかいて座り込み、背中を壁に預けつつ【檜】の棟を額に当て、目を閉じ瞑想している。光が集中力を高める時に良くする姿勢だ。棒切れを振り回していた頃、落ち込む度に取っていたその姿勢も、反省や考え事をする時の姿勢へとなり、今となっては集中力を高める方法へと昇華した。自分の過去の弱さと向き合い、自分がしてきた努力と向き合う。光にとっては大事な事の前には欠かせない。
今日以降、負ければ光に先はない。いわば命懸けだ。これより待ち受ける強敵達を前に神経を研ぎ澄ませる。森の獣達とは訳が違う。『愧人』という圧倒的な力を前に逃げることは許されず、己のチカラのみでぶつかり合う。想像するだけで武者震いが止まらない。
「それでは、決勝トーナメントの準備が整ったようです。本選第一回戦、出場者の入場です!」
ルルテアの声を皮切りに観客達が騒ぎ出す。
光はゆっくりとその双眸を開き、静かに息を吐く。【檜】を鞘に戻して立ち上がると、そのまま入場口を抜ける。
「まずは、一つ。」
入場口を抜ければ、視界が広がっていく。
日は高く昇り青々とした空が広がっている。会場を見渡せば、観客達はお祭り騒ぎも同然だった。それもそうだろう。『持たざる者』が本選の舞台に立ってしまっているのだから。弱者が苛まれる様を見届けようと、嘲笑おうとする者が大半だろう。だがしかし、一部の予選から光を見ていた者達は、この男が本選という舞台でどんな力を隠しているのか、見定めようとしている。騒々しい周囲とは裏腹に、光の心は波風立たぬ凪のようだった。
そして視線を下げれば、今回の対戦相手が既にステージ上で待っていた。小柄な体型には似合わず、背丈の倍もある薙刀を背負い仁王立ちしていた。光の一回戦の相手は、マーシャ・バイゼル。槍や薙刀などを得意とし、バイゼル流という長物武器を扱う名門家系である。
「あなたが噂に聞く『持たざる者』ね。どんな手を使ってこの舞台に来たかはしらないけれど、私の前に立った以上、容赦はしないわ。私の全力を持って、あなたの武勇をねじ伏せてあげる。」
光はマーシャの立ち振る舞いから、彼女が相当な手練であることは容易に想像がついた。光も当然手を抜くつもりなどさらさらない。マーシャの澄んだ水色の瞳を見つめ正面から答える。
「ありがとう。でも、俺が勝つよ。」
光の勝利宣言に、マーシャは顔をしかめ、会場からは多数のやじが飛ぶ。
「舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!『持たざる者』ごときが!」
「運良く残ってただけだろどうせ!」
光の耳には届かない。光はマーシャから片時も目を離すことなく、開始の合図に備えている。それぞれが持ち場に着き、マーシャは薙刀を構え、光は【檜】の柄に手を添え、両者臨戦態勢だ。
「さぁさぁ、両者用意が出来たようです!注目の第一試合!学園長、この試合どう見ます?」
「さぁね、わからん。」
「それでは、第一試合。始め!」
ルルテアが開始の合図を告げる。
すぐさま、マーシャが動いた。薙刀をゆらりと下段に構えながら、最短距離で突っ込んでくる。
対して光は深く腰を落とし【檜】の柄を軽く握った。
マーシャは踏み込み、一気に加速する。神愧を使用したその踏み込みにより光の眼前へと迫る。身体をねじ込みながら流れるように切り上げる。
ーーー刹那。
「我流剣術初伝ーーー雷」
あまりに一瞬の出来事だった。
「………」
「………」
「………」
誰しもが言葉を失った。観客席に集う群衆はもちろん、ルルテアでさえも。先程までの喧騒が嘘のように、会場は静まり返った。ある一人を除いては。
「ふーん。おもろいじゃん。」
マギナ。その人だった。
「降参かな?」
光がそうマーシャに尋ねる。
からんっと音を立ててマーシャの薙刀の刃が地面へと崩れ落ち、マーシャの首筋には、光の【檜】が寸止めされていた。
どれだけの人がそれを目撃出来ただろうか。
光がぽつりと呟いた直後、抜刀しそのままマーシャの薙刀を両断しつつ【檜】の切っ先を首に添わせた。
攻撃そのものは至って単純。極端な話、剣を抜き放っただけだ。だが、それらの一連の動きは稲妻が走るような洗練された一振だった。
マーシャは首元に突きつけられた【檜】を一瞥した後、切り落とされた刃先に視線を落とす。
バイゼル流において、最速の一撃を放った。速度も威力も申し分ない。完璧な一振だった。しかし、結果はこの有様だ。負けた理由は、目の前にいる光と剣を交えたマーシャが一番よくわかっている。ただ彼は合わせただけでしかない。迫り来るマーシャの一撃に、正面からぶつけた全力の一撃に。彼はただ剣を振るっただけだ。寸分狂わぬ一瞬を見極めて。
マーシャは光の目を見る。そこで、ようやくマーシャは勝てなかったのだと改めて思い知らされる。敵を追い詰めて尚、警戒を解くことのないその瞳に。勝ち負けの先、命のやり取りを見据えた深く黒いその双眸に。初めから勝つことなど叶わなかったのだと。
「ああ、私の完敗だ。」
マーシャの一声を皮切りに、会場に歓声と罵声が戻る。
「まさかの決着!マーシャさんの降参が認められ、『持たざる者』が勝利を手にしました!あまりにも早すぎる!不肖ルルテア、何が起こったか分かりません!」
そこでようやく光は【檜】を下ろす。マーシャに一礼をして、早々にステージを立ち去る。
「あいつ!何をしやがった!?」
「バイゼル流が『持たざる者』なんかに負ける訳がねぇ!」
観客達は勝利した光に対して言いたい放題だ。光にはそんな声気にする暇もない。次の一戦に備え早足で入場口へと戻って行った。
マーシャも敗戦の結果を受け止め、静かに入場口へと戻る。
「あなた、雑草野郎に負けたのね。」
突然声をかけられた。物思いにふけっていたマーシャは声がした方へ顔を向ける。
そこに居たのは、第二試合のため控えていたエルリカだった。
「助けられただけでは飽き足らず、瞬殺されるなんて情けない。」
「助けられた?」
マーシャは一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。
「覚えていなくても当然か。気を失っていたんだもんね。あなたを予選の毒霧から守ったのはあの雑草野郎よ。」
第二試合参加者の入場を促すアナウンスが聞こえた。
「じゃーね。」
そう言ってエルリカは、入場口の光の中へ入っていった。
「まさか、彼が命の恩人だったとはね……」
マーシャは入場口に背を向け歩き出す。
命の恩人と一戦交えるとはとんだ神の悪戯だろうか。再び彼の双眸を思い出す。
「そうか、あれは……」
改めて理解した。彼の眼に宿る命のやり取りの正体を。彼の眼は命を奪うことに躊躇うことのない者の眼だった。だが、それと同時に命を守る者の眼でもあった。
マーシャは所詮武人の域を出る事は出来ないのだと思い知らされた。マーシャには到底辿り着けない領域だ。己の武を極めることにのみ人生を捧げてきたのだ。今まで考えたことなどなかった。命を賭けた戦いをすることなど。誰かを守るための戦いをすることなど。
やはり最初からマーシャに勝ち目などなかった。乗り越えて来た修羅場の数が違いすぎる。どうすればあそこまでの眼になれるのだろうか。
「あれは『持たざる者』なんかじゃない。ーーー化け物だよ。」
そう独りごち会場を後にする。
次戦がエルリカの試合であることを知っていた光は、入場口の通路から少し試合を観察することにした。
「覗き見されてたんだし、ちょっとくらい覗き見しても許されるでしょ。」
第二試合の参加者が紹介され、すぐに試合が始まる。
エルリカにしては落ち着いた立ち上がりだった。光はてっきり闇雲に突っ込んで行くものだと思っていたため、少し驚いた。
「あれ?思ってたより丁寧に剣を振ってる。というか、重心の位置がよくなってる。すご。」
スラム街で相対した時とは別人のようだった。踏み込みの深さ、間合い。まさに剣士の立ち回りになっており、野蛮さは全く無くなっていた。
一振一振に迷いが無くなっており、神愧を利用した『愧人』らしい力の籠った戦い方だった。
「いい感じじゃん、エルリカ。」
この数日の間に著しい成長をしたらしい。光は心の中で拍手を送った。
「うん、これなら負けないな。」
これ以上、この試合を見続けることに意味はない。
そうして、背を向けその場を後にした。




