持たざる者に幸あれーーー水炎
『我が敵を喰らえ!炎牙!』
光は頭上から襲い来る炎の牙を後退することで何とか躱す。しかしすぐさま2つ目の牙による追撃が来る。
第二回戦は、名門ローデス家の子息、ジャンが相手だった。開始以降、ジャンの得意とする炎と水の愧術による猛烈な攻撃により、光は接近を許されずにいた。
『嵌りて沈め、拘束せよ!水泥』
回避したのは束の間、光の背後に泥の沼が展開され退路を絶たれる。
『穿ち貫け!蒼炎の蛇槍!炎蛇』
すかさず足元から炎の蛇が飛び込んで来た。光は苦し紛れに左へと回避するものの、右腕に蛇の牙が掠める。
「ぐっ、術の展開速度早すぎ!ずるじゃん!」
光はあまりの猛攻に焦りを見せる。
愧術による攻撃は『愧人』それぞれの思い描くイメージがそのまま術として行使される。ジャンの愧術は洗練されたイメージの元、放たれており、威力、精度ともに目を見張る物があった。流石は実力でリンデル愧人学園の門を叩こうとしているだけのことはある。
「何とかして間合いを詰めなきゃ。考えろ。考えろ。」
次々と襲い来る攻撃をギリギリのところで回避しつつ、思考を巡らせる。
攻撃の苛烈さに、光は【檜】を抜く暇もない。これも、おそらくジャンの戦術だろう。圧倒的な遠距離からの手数。近距離対遠距離の基本的なセオリーだ。
だが、ジャンが上手いのは手数が多いからだけではない。水と炎の使い分けが非常に上手い。光の動きを限定させ、追撃を放ってくる。
森で狩りを行う獣の群れと同じようだった。
霰のように降り注ぐ愧術を避け続けた。
「わかってきた。けど……」
これだけ手数を凌いでも、まだジャンの手札は多様に残っているように感じた。
「我が敵を喰らえ!炎牙」
「!?最初のやつ!」
1度見た攻撃、光は難なく交わす。が、
「爆ぜろ!水爆」
避けた先に設置型の愧術が仕込まれていた。咄嗟の反応で回避行動はするものの、直撃を免れることは出来ず、この試合で初めての痛手を負う。
「いってぇ……炎の爆発だったら、腕失くなってたかも……」
水の爆発により吹き飛ばされるのみで済んだからいいが、もしもを考えるとゾッとする。もう不用意に攻撃にあたることは許されない。
「ーーーでも、見えた。」
ステージのあちこちがジャンの愧術の影響で燃え広がっていたり、水が溜まっていたりするところができていた。この瞬間までの壮絶さを物語り、いかに光がジャンの愧術を避け続けてきたのかが明白だ。
「ようやく我が一撃を食らったか、『持たざる者』よ。逃げ足だけは褒めてやろうぞ。だが、それもここまで。貴様の負けは今ここで決まった!」
そう言うとジャンは、ぶつぶつと何かを唱え始めた。おそらくまた、設置型の愧術でも設置するのだろう。より一層、光の動きを制限するつもりのようだ。
あるいは、大技でも放とうとしているのか。
「なら……」
ここで、光がようやく前進を試みる機会が来た。隙を逃さず間合いを詰めようと肉迫する。
「阻め!炎滝」
「切り裂け!水刃」
直後、再び設置していた愧術が発動した。しかも同時に二つ。光の進路を阻むように炎の壁が吹き出し、背後からは水のかまいたちが飛んでくる。
「罠の方ね!それでもーーー」
光はあろうことか、炎の壁に突っ込んだ。追撃していた水の攻撃も炎の壁にぶつかり霧散する。
「ーー!?たわけめ。」
これには、ジャンも驚くが慌てた様子は無い。前もって設置していた愧術を発動させる。
「穿て!炎槍」
光が火傷を負いながら炎の壁を抜けると既に正面から炎の槍がせまっていた。
「まじかよ……」
光の回避は間に合わず、左腕に直撃。酷く焼けただれてしまう。
光の前進の好機は、ジャンの巧妙さに惜しくも止められてしまった。
「だぁ、くそ。簡単にはいかないよなぁ。」
左腕を負傷したこともあり、ここからは再び光の防戦一方になっていった。
前進することは当然叶わず、ギリギリの回避を続けるしかない。ジャンの攻撃の手も当然止まらない。圧倒的に不利な状況に光は手も足も出ないように見えた。
「落ち着け。落ち着け。考えろ。」
光は自分を鼓舞する。負ける訳にはいかない。
「避けてばかりで何ができる。よく耐え抜いた。もう降参したらどうなんだ?」
ジャンも避け続ける光の健闘を称えつつも、勝ちを譲るつもりはない。
光は左腕に視線を落とす。痛みはあるが戦いを放棄するほどではない。まだ右腕が動く。それだけで充分だった。
「まだ、戦える。やめないよ。ようやく。ようやく前に進めたんだから。」
そう言って再び光が仕掛ける。しかし、これも設置型の愧術によって咎められる。何度も挑むが突破口は見い出せず、光はステージを縦横無尽に動かされる。あちらこちらへとジャンに導かれるように。
しかし、なかなかジャンは決定打を与えることは出来ない。
(どうしてだ。誘導は完璧に出来ている。我の手のひらの上だ。では何故、決着がついていない。何故だ。)
ジャンは攻撃の手を止めることは出来ない。炎の壁に突っ込んでくるような光が相手だ。攻撃に隙が出来れば、きっと距離を縮めてくる。それは何としても避けたい。
光に攻撃すれば彼は動く。絶対に仕留める機会が来る。ジャンも自分の間合いを意識しながら、光に合わせて動き回る。
攻防が、そして会場がヒートアップしていく。最後の瞬間を待ちわびているかのように。
ーーー気付けば追い込まれていた。
背後には、ジャンが放ち続けた炎の愧術の残り火が未だ高く燃え盛っている。
退路を絶たれた。常に最善の選択肢を選び立ち回ってきたはずだ。相手の動きを読み、丁寧に丁寧に時間を掛けて。一瞬だって隙を見せてはいない。それなのに、どうしてーーー
この間にも敵の攻撃が迫り来る。
「封じ、捕らえろ!水牢」
ジャンは自身を水の檻で囲う。もう、近くに都合よく設置されている愧術は残っていない。
「荒波よ、うねりて押し流せ!水波」
ジャンの背後にあった炎の海を、呼び起こした大波で鎮火させる。
背後の炎に気付いた時、ジャンはほんの一瞬だが動揺してしまった。その些細な隙を光に突かれ、前進を許してしまった。ここまで最も警戒していた間合いを詰められてしまう。
正面からは光が迫っているはずだ。水牢をそのまま突き抜けてくる可能性は十二分にある。背後の炎は鎮火し、退路は確保した。この小さな水の牢屋に光を誘導出来ればそれでいい。
ジャンは光が突撃して来る方に背を向け、檻を抜ける。
しかし、目の前にあった光景は予想を遥かに裏切るものだった。
地面すれすれであるかのように低く腰を落とし、拳に力を溜める光がそこにいた。
「ーーーっかっっっ………」
縮めた身体を一気に伸長し、体全体を使った渾身の一撃。
鳩尾を貫くような拳打が、ジャンの内臓を揺らした。為す術もなく膝を折る。
「我流護身術中伝ーーー一角」
先回りされていた。動きを読んでいたのは光の方だった。
苦し紛れに顔を上げるが、そこに光はいなかった。
光は、ジャンの横を通過して背後へと回っていた。
ジャンは光の影を目で追うばかりで身体は動かない。ゆっくりと歩いているようにさえ見えた。
先程までの長い戦闘が嘘のように、その一連の流れはジャンにとってひどく長く感じた。
「我流護身術上伝ーーー雷掌」
光が振り下ろした手刀がジャンの後頭部へと直撃する。雷が落ちたような衝撃が、ジャンの脳を襲った。
ジャンの意識はそこで潰えた。
「決着〜〜〜!長い長い激闘を制したのは、またしても『持たざる者』!いやぁ、明らかにジャン君の優勢で試合が進んでいたように見えましたが、蓋を開けてみれば追い込まれていたのはジャン君でした!」
ルルテアが興奮冷めやらぬ様子で決着を告げる。会場からは罵声の嵐だ。イカサマを疑う声や意味もなく罵倒する者。『愧人』らしい見事な戦いをしていたジャンが負けた事が大層気に食わないらしい。
「逃げ回るだけに見えた『持たざる者』でしたが、後半、炎の壁を抜けてからというもの、一歩、いや半歩程だったかもしれません。回避をしつつ微かな前進を続けていたように見えました。ジャン君も必死だったのでしょう。それに気付けていれば彼の勝利は固かったはずです。」
ルルテアや俯瞰して見ることが出来ていた者には、光の狙いは見抜けていたのかもしれない。しかし、光は対するジャンにはそれを悟らせる事は最後までなかった。必死にもがき続け、確かに掴み取った勝利と言える。
「学園長、どう見ましたか?これ程の激戦。流石に少しは解説してください!」
マギナはルルテアの方を面倒くさそうに一瞥した後、重いため息と共に口を開いた。
「はぁ………ジャン少年は自分の強さと賢さをよく理解していた。それが敗因さ。」
「えぇっと、学園長?ど、どういうことですか?」
珍しく解説をしたマギナだったが、ルルテアを始め、会場の誰しもがその言葉の意味を理解できなかった。
「ルルテア君、君にはジャン少年が攻め続けているように見えていたかい?」
見かねたマギナがルルテアに質問する。どこか楽しそうに見えた。
「初動から愧術を連続して使用し、『持たざる者』の前進を阻止するどころか、上手く罠にはめて攻撃出来ていたように思いますが。」
「事実、間違いではない。彼の愧術の技量を信じた作戦と立ち回りは完璧だったと言っていいだろう。詠唱の短い愧術を用いることで手数を増やした。彼の技量ならば大技を使うことだって出来たはずだ。しかし、そうはせず、徹底して手数で押し通した。彼の接近を許すことなく倒すという彼の作戦に準じているのだから当然だろう。だが、それは決して攻めてなどいないのだよ。光少年の抜刀を恐れていた。ジャン少年はずっと守っていたのだよ。」
マギナは早口で自分の見解を述べる。会場の皆が聞き入っていた。当然だ。七色神王が解説をしているのだから。
「恐れているからこそ、攻めていたのではないのですか?」
ルルテアが会場の皆の意見を代弁する。観客の大半が、うんうんと頷いている。
「ジャン少年が恐れていたのはきっと、『雷』であって、光少年ではなかったのだろう。つまり、ジャン少年が選んだ作戦は、『愧人』である自分を信じた安全策だ。愧術使いとしては非常に合理的な作戦であり、それを徹底すれば勝ちを手にするだけの技量が確かに彼にはあった。しかし、私情ではあるが、安全策を私は攻めとは呼びたくはない。最後まで諦めず好機を窺い攻め続けたのは光少年だ。攻めた方が勝った。それが結果だ。」
マギナは空を見上げる。
「ーーー『雷』を放った時点で、彼は既に勝ちを手にしたのかもしれないーーー」
そう独りごちた。




