持たざる者に幸あれーーー視察
「やっぱり森の中が1番落ち着くわ。」
光は悠と別れてすぐ、森へと戻ってきた。
『剛力羅』への時間はあまり残されていない。少しでも多く鍛錬をしておきたい。今日もいつもと同じように剣を振る。『剛力羅』直前だからといって、特別な修行をする必要なんてない。何も変わらないのだ。これまで積み重ねてきた自分の力を信じ、やりきるだけ。それだけでいい。だから、今は、過去の自分と対話でもするかのように、剣を振るのだ。
「あいつ、腕切り落とされて間もないってのに、もう剣なんて振ってる。バカなの?少しは自分の体を労わろうとかないの?あいつには。」
そう独りごちるのは、光からやや遠く離れた所で身を隠して光を観察しているエルリカである。
スラム街や、商店街で買い物をする余裕がないエルリカは、食事のための肉や魚は、毎日狩りに来る。今日も夕飯用の肉を狩りに来ていたところ、偶然にも光を見つけ今に至る。別に身を隠す必要はなかったのだが、エルリカにとって敵視している光に自ら声をかける義理はない。
光は黙々と剣を振っていた。一振、また一振と間髪入れずに振り下ろす。
「なにあれ、息巻いてた割には闇雲に振ってるだけじゃない。バカみたい。」
エルリカには、ただ同じ動作を粛々とこなしているようにしか見えなかった。
ふと、光が剣を振る腕を止める。しばらく空を見上げ始めた。何を思ったのか、光は急に自分の頬をパシっと叩いた。そしてまた剣を振り始める。また静かに剣が風を切る音と、風が森を揺らす心地よい音だけが聞こえる。
今度は1度振ったら空を見上げ、また構えて振るを繰り返し始めた。何か考えているのだろうが、一振一振、エルリカに違いは分からない。
だが、どこか目が離せない。
集中して観察を続ければ少しづつエルリカにも理解できるようになってきた。光は本当にささやかなミスを一振一振修正しているらしい。
「今のは、重心が高かったのね。これはわかった。」
「あ、今度は踏み込みがさっきより深い!」
「???これは分からない。ダメだ。次もわかんない。」
最初の方は理解できることもあったが次第にエルリカでは気付けないほど光の動きは研ぎ澄まされていった。
程なくして、エルリカには到底理解できない風景となった。光が動きながら剣を振り始めたかと思えば、突然防御の態勢を取り始めたりと、不思議な光景だった。落ち着いてから観察を続けるとエルリカにもわかったことがあった。
どうやら見えない敵と戦っているらしい。人か獣かまでは分からなかったが、『剛力羅』直前でもあるため、対人だろうと予測しながら観察した。
「あ、項垂れてる。負けちゃったのかな。」
「動きが変わった!敵を変えたのかな。」
「今度は頭抱えてる。どれだけの強敵と戦ってるのよ。」
「あ、喜んでるみたい。ようやく勝てたのかな。」
どれくらいの時間がたっただろうか。
エルリカの集中が切れ、深呼吸をする。
そして、あることに気付き、驚愕する。
「なんなの、あいつ。」
エルリカは目を見張った。決して光が『愧人』のような特別凄いことをしていたわけではない。気付けば見惚れていた。いや、目を離せなかった。美しいからでもない。かっこよいからでもない。
「ただ見てただけなのに、この疲労感は何?」
エルリカの服はいつのまにか、汗で濡れていた。いつの間にか拳を固く握り締め、肩にも力が入っていた。
「冷や汗?私、もしかして……」
エルリカはようやく気付いた。これほどの距離が離れていても、光からのプレッシャーを感じていたことに。
改めて光を見る。
「どれだけ剣を振ったら、こうなれるの?」
エルリカの身体がぶるりと震えた。
そこで、光は剣を振るのを終えた。どこか満足気だ。
そして突然大声をあげる。
「おーい、いるんだろ?ずっと隠れてるじゃないか。挨拶くらいしたらどうなの?」
エルリカは困惑した。迷いと焦りで落ち着かない。周囲を忙しなく伺うも、他に人の気配はしない。
光が再び呼びかける。
「エルリカー!コソコソしてる暇があったら、剣を振った方がいいんじゃなーい?」
バレていた。きっと最初から。エルリカは思わず駆け出した。見つかったことへの焦りか、バレていたことへの羞恥か、はたまた恐怖か。
エルリカは駆けた。ただただ闇雲に。




