持たざる者に幸あれーーー対話
「やっと、目を覚ましましたか。まったく、その程度の怪我でどれだけ眠れば気が済むのですか?」
光が目を覚ますとすぐ、さざなみのような綺麗な声で悪口が飛んできた。
「これだから、持たざる者は嫌いなんです。ほんの少し怪我をしただけで重病人のように眠るのですから。貧弱もいいところです。」
声がする方を見れば、シャルヴィだった。
「そこまで言われるとは。俺はどのくらい眠っていたのですか?」
光が尋ねると、シャルヴィは酷く呆れた声色で答えた。
「3日ですよ。自分でも呆れるのではないですか?」
「3日もですか!?そんな、シャルヴィさんって見かけに寄らず冗談とか言われる方なんですか?意外にもユニークな方なんですね。」
光は驚きのあまりにふざけた返答をしてしまう。当然、シャルヴィの琴線に触れた。光の喉元に白杖が突きつけられる。
「今すぐそのふざけた口を塞がなければ、その繋がった腕を改めてむしり取った後で殺しますよ?」
なんとも爽やかで美しい笑顔と共に、殺気を向けられる。
「えっと、本当にすみません。おふざけが過ぎました。確認なんですけど、腕を切り落とされてから3日という認識であってますよね?」
「それで言うと違いますね。腕を切り落とされてからだと5日です。腕がくっつくまで治療室で2日、この部屋に来てから3日になります。」
「い、い、い、5日!?ということは、明後日、『剛力羅』当日ってことですよね!?どうして起こしてくれなかったんですか!?」
謝罪もそこそこに、現状確認をすればあまりにも驚愕の事実を知らされ、光は取り乱す。喉元に突きつけた白杖を下ろしながら、シャルヴィは再び呆れた声で答えた。
「私は、リンデル愧人学園の副会長ですよ?入学すらしていない、ましてや持たざる者に気を回す程暇ではないのです。すぐに目を覚ませなかった自分自身を責めることです。呆れすぎて殺す気も失せました。」
「そんな、、、当日まで修業しようと思ってたのに、、、今日含めて2日だけかぁ。」
5日も寝ていたという現実に嫌気がさす。落胆していたのもつかの間。
「光さん、会長から話があるようなので、この後お時間頂きますがよろしいですか?お時間ないところ申し訳ないのですが。」
シャルヴィから要件を伝えられる。顔に傷をつけたことを怒られるのだろうか。そんな事で呼び出すようなひとには見えなかったが。
「要件をこの場でお聞きしても?」
「それは本人から直接聞いてください。私は呼んできてほしいと言われただけですので。」
「はぁ、それって断れます?」
「今ここで死ぬ覚悟があるのなら。」
まぁ、彼女ならそんな感じのことを言われるだろうとは思っていた。皮肉なものだ。
「分かりました。時間もありませんので早くむかいましょう。」
口答えは諦め、大人しく着いていくことにした。正直なところあの強さの秘訣とかを聞き出せるなら有難い話ではある。
「では、こちらへ。」
シャルヴィはこちらに目を向けることもなくそそくさと病室を出ていった。
さて、何が待っていることやら。
「連れてまいりました。」
早足で歩くシャルヴィに着いてきてみれば、そこは小高い丘の上、大きいともいえないがどこか凛とした木の下、あの綺麗な女性が小さく座っていた。
「お疲れ様。ありがとう、シャルヴィ。後はこちらで話します。」
凛とした声でそう告げる。
シャルヴィは何も言わず、こちらをひと睨みした後再び早足でその場を去っていった。
「えーっと。ご要件をお伺いしても?申し訳ないのですが、剛力羅に向けて時間もあまりなく、できれば手短にお願いしたいのですが、、、」
なれない丁寧な言葉で話を催促する。
「こちらに来て、私の横へ座ってください。」
この人はこちらの話を聞いていないのだろうか。時間がないと伝えたのに座れとは、どうしたものか。
「いえ、時間がないのです。どうか手短に。」
長話なら尚したくない。強さの秘訣が聞ければなんて思っていた少し前の自分を怒ってやりたい。今は少しでも多く、剣を振りたい。
が、風がなびくとともに凛とした声で彼女は続ける。
「お願いです。どうか、こちらへ。」
声が震えていた?ような気がした。風のせいだろうか。どこか座って話を聞かなければ行けない気がした。仕方ない、ここは従うとしよう。
「分かりました。」
そう言って彼女の隣に腰を下ろす。
気まずさもあり、微妙な距離感になってしまった。
光が座ったのを確認した彼女は下を向いたまま話し始めた。
「まずは、手短に要件から、あなたの『剛力羅』へのエントリーが学園長により、正式に認められました。それに伴いあなたの入学条件を学園長と協議してまいりました。本来は予選を突破で、入学確定。ベスト16で特待生制度の適応となります。ですが、あなたに限り優勝、つまりは『剛力羅銀王』になった場合のみ特待生として、入学を認めます。」
いきなり、嬉しい内容でちょっと驚いたがすぐに喜びの大波に襲われる。
「え!!!!いいんですか!!!!俺、てっきりあなたに切り伏せられたから出場はさせてあげるけど、入学はできないものかと思ってました。」
こちらの歓喜とは裏腹に、相も変わらず下を向いたまま彼女は話を続ける。
「最初は、その方向で話が進んでいましたが、学園長が私に傷を付けたことを気に入ったらしく、優勝する気概を見せたら入学させてもいいだろうという話になったのです。学園長に感謝することですね。」
淡々と話している。正直気に食わない。まぁ、立場上顔に泥を塗られた相手が出場どころか、入学のチャンスを手に入れたのだから不服なのは当然なのだろう。
「要件は以上ですよね。とりあえず、優勝すればいいんですか。分かりました。なら、尚更早く剣を振りにいかなくちゃ。もう行ってもいいですか?」
立ち上がってその場を離れようとすると、慌てふためいた様子で彼女が光の服をつかんだ。
「ちょ、ちょっと待って。お願い、行かないで、、ください。」
目と目があった。泣きそうな顔をしていた。
彼女は座り直し、また下を向いた。そのまま彼女の横を手のひらで、ぽんぽんと優しく叩く。光も座り直せということだろう。光は何も言えず、腰を下ろした。何故か立ち去ろうとは思えなかった。
しばらくの静寂があって、彼女がようやく口を開く。
「自己紹介が、まだでしたね。まずは改めてあなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」
先程の泣きそうな顔からは想像できない、やはり凛とした声だった。
「俺の名前は、烏原 光です。」
「そうですか、素敵な名前ですね。いくつか質問をしてもいいですか?」
素敵な名前だなんて初めて言われた。なんだかむず痒い。
「えっと、質問の前に、お姉さんの名前は?」
彼女が一瞬ビクリとした。少しの硬直。そして何事も無かったかのように話し始める。
「私はこの学園の生徒会長です。あなたが入学できればいやでも知ることになります。名前を知りたければ、優勝して勝ち取ってください。」
どうして素直に教えてくれないのだろう。少し腹が立つ。
「名前くらい教えてくれてもいいじゃないですか。あなた、とか、お姉さんとか変じゃないですか。」
少し語気を強めて聞いてみる。帰ってきたのは弱々しい声色だった。
「そもそも『持たざる者』であるあなたに名乗る名前などないのですよ。甘えたことを言わないでください。」
「そんな酷いこと言わなくてもいいじゃないですか。」
相当嫌われているようだ。もういいや。めんどくさい。結局この人も他の『愧人』と同じなんだ。
「では質問をいくつか。腕の状態はいかがですか?」
ちらりと光の腕をみて質問してくる。
「腕、ですか。学園の技術で治したのでしょう?なら、問題ないのでは?特に違和感もありませんし。」
「そうですか。」
そう言って彼女はまた下を向く。
淡々と質問という名の会話が続く。
「生まれはどこですか?」
「東の島国です。思い出したくもありませんが。」
少し間があったあと、彼女は服の袖をキツく握ってから、一つ息を吐き質問をする。
「、、、どうやって今日まで生きてきたんですか?」
「普段は森の中ですね。当然人里なんかには出ませんよ。あなたが想像しているような事しか起きませんからね。自然は気持ちいいものですよ。水も美味しいですし。森は気持ちいいところもありますが、当然危険もありました。凶暴な動物や、不幸な事に『愧人』と遭遇すれば戦うことは避けられませんでした。」
そこで、彼女がまたビクリとした。光が目を向けるとふるふると頭を振っている。話を続けろということだろう。
「その度に我流で剣を覚えようとしました。ただ闇雲に、剣とは到底呼べない棒切れを振り回して。生きるために必死にもがいてきました。今の俺の剣術はその成れの果てです。ただ優しい人もいたんですよ?言葉とか生き方みたいな基本的なことを教えてくれた人がいて。俺と同じで、『持たざる者』でした。ただ戦う力を彼は持っていなくて、ある日、俺が狩りをして貯めてた動物の肉を盗んで居なくなりました。怒るにも怒れませんでしたよ。懐かしいなぁ。」
ここでも少し間が空く。光の答えを噛み砕いているのだろう。彼女はぎゅっと目を瞑っている。
彼女は恐る恐る目を開けてさらに質問をしてきた。
「そうですか。好きな物はあるんですか?」
「急に普通の質問ですね。好きなものですか。自然と水ですかね。長く森に居すぎたせいですね。はは。」
いくつか質問に答えた。何が知りたいのやら。
「では、最後の質問です。どうしてリンデル愧人学園に入りたいのですか?」
「それはですね。会いたい人がいるんです。ずっと探してて、俺の生きる理由なんです。名前も顔も分からないけど。別にリンデル愧人学園に入学したからといって、会えるわけではないんですけどね。強くなって『七色神王』にでもなったら、向こうから気付いて会いに来てくれるかなぁなんて。だから、まずは優勝します。」
「『七色神王』だなんて。無謀な夢ですね。」
「ちなみに探してる人とはどんな関係ですか?もしかしてお肉を盗んだ方ですか?」
「ははは、違いますよ。会いたくもありません。会ったらきっと怒りで殺してしまうかもしれません。冗談ですけど。」
「探してるのは、俺の姉です。こんな俺に生きろと言ってくれた。優しい人です。多分ですけど。」
彼女は、ようやく顔を上げたかと思うと遠くを見つめ始めた。目が右に左に泳ぐ。
どうしたんだろう。
「姉、、、ですか、、、」
彼女は、口を開いては閉じるを何度か繰り返す。
「、、、見つかるといいですね。」
寂しそうだった。
「では、以上です。引き止めてしまってすみません。優勝出来るといいですね。」
最後まで目が合うことはなかったなぁ。そう思いながら光は修行に向かうことにした。
「せめて期待しといて下さいよ。裏切らないので。」
目が合わなかった腹いせに最高の笑顔で言ってやった。
なんだか清々しい。どうしてだろう。声を思い返すだけでやる気が湧いてくる。
「ええ。」




